第61話 汝は◯◯なりや
村への入口には看板があり、申し訳程度の柵で囲まれている。一応鑑定しながら進む。
今のところは何も無いようだ。しかし中に入るとさざめく声が聞こえる。
そして街の中を薄っすらと黒いモヤが蠢いている。
「旅人かい! うちで飯を食っていかないか、うまいよ!」
「こんにちは、旅人さん!」
あるぇ~……なんか、フレンドリー?
一応挨拶は返しとくか。社会人生活で学んだ。挨拶は大事。
「こんにちは~、通過するだけの予定ですけどお邪魔しますね、いい村ですね!」
「うふふ、そう言わずにゆっくりしていけばいいのに」
黒いモヤに返事を返すと、どこからともなくまた言葉が返ってくる。
「グリセルダ、おタヒ、黒いモヤ以外何か目に見えたりする?」
魔力1=霊感ゼロの俺にはマジで何も見えない。
「私には黒いモヤにしか見えぬな……」
「うーん、私も黒いモヤしか見えないけど、ちょっと、チケン鑑定しなさいよ」
おタヒは眉間にシワを寄せて周囲を見ている。本当に黒いモヤしかいないんだろう。俺は言われたとおりにすると、驚きの結果が出る。
『↓ヴィルステッド村/ ヴィルステッド王都で死んだ住民が自主的に集まって作った村。他の国の住民も割といる』
『→ジョーンズ/ 亡霊。生前は料理人だった』
『←マリー/ 亡霊。生前は針子』
『←ユリシーズ/ 亡霊。生前は聖騎士だった』
…………。
俺は鑑定結果を二人に伝える。すると、グリセルダが難しい顔になった。
「あの手帳の令嬢は、ヴィルステッド王都と言う場所に住んでいた令嬢ではないのか?」
「そういえばそうだったな……」
「チケンとグリセルダが拾った令嬢の遺品ってやつよね?」
「どうしよう、聞いてみるか……?」
しかし、ちょっと悩んだ。実は危ないやつではないのか?
俺は、スフォーのおっさんと王太子の亡霊は見た。しかしその二人共俺や俺達が悪霊と戦わなくても済むようにしてくれて、結果として本物の悪霊というのを見たことがない。
つまり、この黒いモヤのような人々が善良なふりをしているだけのただの悪霊な可能性もあるわけだ。出るのは主に夜らしいが、昼に出ないとは書いてないんだよな。
やめてくれよ、俺人狼とか超苦手だったんだ……。俺、格ゲーもFPSもRPGもやるけど、この手の推理ゲーム超不得意。
「チケン、随分と悩んでいるようだな」
「俺頭良くないからこう言う考え事苦手なんだよ……」
「ふむ……では助言をしようか」
グリセルダが俺を甘やかしてくれる!? 嬉しい!
こう言う普通のご褒美も大好き!
「常に最善を選べ。外れであった時に納得できる選択肢を選べ。それだけだ」
「難しいこと言うな! 俺はアホなんだよ! もっと優しくわかりやすく教えて! 何なら代わりに考えてくれ!」
「はぁ……自ら考えることを放棄するのは人であることをやめるようなものだぞ、良いのか。見栄えの良い幼女の猿だぞそれでは」
「それでいいです。ウキーウキーウキー。俺はおさるのチケンくんだよ!」
俺は疲れ果てているのでグリセルダの言葉をそのまま演じて見せた。俺は人間だ、とかいう気力もなかった。
するとグリセルダは今までに見せたことのないような、例えば、床に張り付くGの死体をみるかーちゃんのような目をしていた。
あー、心に染み入る……でも今はもうちょっと塩分薄いほうが良いかな……。
「私も考えるからチケンも考えろ、良いな?」
「ウキー……」
「返事は!」
「はい!!!!」
ああ、グリセルダの叱咤。嬉しいのに何故か嬉しくない。
うう、考えるか……。ここに来てから判断をすることが多すぎて、判断力を消費しきっている。何かで回復させないとやべえな。
「おタヒは良いのかよ」
「あれは本物の幼女であろう」
「ぐぬぬ……」
「私も考えてるわよ。うーん、倫理的な問題と安全的な問題の二重構造よね。確かに悩ましいわ。悪霊と普通の亡霊の見分け方についての書籍を見たことがないから……というか害のない亡霊ってさっき初めてみたけど確かに悪霊に似てるのよね」
おタヒは俺より真面目に考えてくれていた。
俺も真面目に考えるべきだろうと思ったが、頭が動くのを感じなかった。何をやってもだめな時ってのがある。今がそれだ。
こういう時に何かを決めるとろくなことにならない。俺は諦めて現況を自白することにした。
「あのさ、正直に言う。休憩が欲しい。判断力も体力と同じで、ステータスには出ないけどリソースを消費する作業なんだ。ずっと判断力を試され続けてそれが今枯渇している。俺は元が普通の勤め人で、基礎体力もなければお前らみたいに考える技術もない。本当にただの下々の平民なんだ。なので俺は休憩を要求します。時間が少ない中、大変申し訳無いと思っています」
俺は諦めて自分の実情をさらけ出し、長文お気持ちを述べた。正直この数日間、判断力というリソースは死ぬほど消費している自覚がある。
恥ずかしいが無理をしても悪い方向に行くだけだろうからな……。
「本当に悪いとは思う……でも今の俺の頭で決めてまともな決断ができると思えん」
「そうか、そうだな……。チケンが経験豊富故、頼りすぎてしまった自覚はある……すまぬ」
「まあしょうがないわよね、チケンは私みたいな神童でもなんでもないんですものね」
ああ~グリセルダの申し訳無さそうな顔に加えておタヒがナチュラルに見下げてくれてる~嬉しい~……はずなのに、今は喜べない。
言葉から何も味を感じない。本当に心が疲れているんだな。食べ物の味がしない時は無理に食べないほうがいいと俺は思っている。
さっきまでの王太子とか、ここ数日の疲労が今どっと来てしまったのだろう。
俺はあそこで死んでもアンデッドナイトを倒すつもりで実はいたんだ。アンデッドナイトの中身が王太子で本当に助かったけれども。
本当に疲れた時は水分だけ摂って寝てしまうのが良いのを思い出した。何かを食べるのにも消化するだけの体力が要るからだ。
今はその位気持ちが疲弊している。多分緊張の糸が盛大にブチ切れたんだろう。肉体は疲れていないはずだが、心がそうとは限らない。
それを自覚してしまうと、全身をどっと疲労感が包んだ。ステータスにも『状態異常:極度の疲労』と出ている。
俺は残された気力で村はずれまで移動してチョークで結界を張る。
「……大変申し訳無いけど、あえて寝ます。おやすみ。一時間くらい経ったら起こしてくれ」
俺は有無を言わさず地面にマントを敷いて適当に寝転んだ。すると一瞬でまぶたが落ちて眠りに落ちる。地面でもどこでも寝られる体質で良かった。
次に目が覚めた時、俺は室内で小綺麗なソファーに横たえられていた。
「あれっ!? 結界は? ねえ?」
「ああ、起きたか、おはよう」
「ふぉふぁよぉー! ふぉやふふぁへる?」
「こら、おタヒ。口に食べ物を入れながら喋るな」
おタヒは口いっぱいに焼き菓子を食らっていた。どこから湧いてきた焼き菓子だ!?
俺は一瞬で目が覚め、背中にゾッと悪寒が走った。
もし、あれに毒が入ってでもいたら……!
「おタヒ、鑑定もしてない食べ物を食うんじゃない!」
「大丈夫よ、ちゃんとした人からもらったやつだし」
「どういうことなんだよ」
黒いモヤがこちらに近づいてきた。
「お疲れのようでしたので、お茶とお菓子をお出ししました……ちゃんと作ったのは数年ぶりでしたけど、お口に合いまして?」
「おいひい!」
「うむ、上品な甘さに舌の上で淡雪のように解けていく口触り、見事なものだ」
「まあ、褒め上手なお嬢様たち!」
黒いモヤはご機嫌のようだった。
で、このモヤ、誰?




