第55話 間話3:茅原家と某所
関東のとある県。こぢんまりとした街の片隅に茅原家がある。
「うーん、レンちゃんの部屋、そろそろ準備したほうがいいかしら。断捨離してお部屋を片付けて……」
「お義母さんありがとうございます。でも、気が早くないですか? まだ一歳ですよ」
「でもねえ、ケンイチ全然帰ってこないでしょ。あの部屋を空けてレンちゃんの可愛い部屋を作ってあげたくて」
ケンイチの母恵美子はニコニコしながら嫁と孫のレンに話しかける。
「レンちゃんもお部屋ほちいでちゅよねー?」
「うー?」
1才児は何を言われているのかわからず、笑顔で返す。その様子に祖母は胸をかきむしられるような強烈な愛情を感じる。
孫。孫がこんなに可愛いとは……! 貢ぎたい、全てを!
孫に比べたら家に寄り付かない息子の部屋の一つや二つ!
祖母はそんな気持ちになっていた。
「お義母さん、ご厚意は嬉しいのですが荷物はせめてご本人の承諾を得てからのほうが……ああいうマニアックなアイテムはプレミアついてて、買い戻せないこともあるんですよ」
「あら、じゃあ売って部屋の改装資金にするのもいいかしら。使ってないんだし……」
「母さん、そう言う問題じゃなくてね……母さんのアイドルコレクションで同じことやられたらどうする?」
ケンイチの弟ケンジが助け舟を出す。
「鉄拳制裁するわ」
「そう言うことだよ、母さん……」
弟は、孫というもののエネルギーの恐ろしさに怯える。
たしかに息子は可愛いが、この調子だと自分にも魔の手が伸びそうで怖いと少し思ったのだ。彼は古書のマニアなのだ。勝手に売られてはたまらない。
兄ケンイチは暫く仕事で電波の届かないところにいるらしい。
交渉の末なんとか、連絡がつくまでは処分しないことで決着した。ここで人のものを勝手に処分する癖をつけさせてはならない。
弟であるケンジは母に似ず常識的で冷静だった。
「しょうがないわね……メッセージを送っておいたわ。次に返ってくるときには荷物全部どうにかしなさいよ、っと」
弟もメッセージを送る。
『兄ちゃん、母さんがやばい。孫に狂って断捨離始めたから早く帰って荷物回収したほうがいい』
いつ既読が付くかわからないが、早めに連絡がつくよう、弟は祈った。
その頃:某所にて
「あのクソハゲ絶対殺す!」
「どうしたんですか、主任、悪意ある事実陳列は積徳励行法に反しますよ」
珍しく主任と呼ばれる女が荒ぶっている。セーレはそれをなだめるべく、主任の好物であるクッキーを差し出す。しかし、主任はそれには手を付けず、怒りを吐き出すかのように口を開ける。
「あのボケ爺、よりにもよって犯罪者送り込んでるのよ、完全な規則違反よ」
「えっ……やばくないですか?」
主任がセーレにとあるデータを示す。それは人間のデータであり、敵のデータとも言えた。
『ジョン・ベッカー 42歳 自称元軍人 犯罪歴有り』
『フィン・ハイデガー 15歳 無職 運動能力が特に高い。犯罪歴有り』
「……ちなみに、どんな犯罪を?」
「ベッカーは傷害と麻薬、飲酒運転、銃の不法所持。ハイデガーは婦女暴行、殺人未遂、窃盗、詐欺ね……多分、後者は表に出ないやつがいくつかあるみたい」
「うげ……こっちはまともな人員を送り込んだのに」
「だからといって、こっちもまともじゃない人物を送り込むわけにも行かないわ」
「姫を救ってもらうためですもんね……」
二人はため息をついた。この犯罪者たちが姫に遭遇したとき何をしでかすか想像がつくからだ。犯罪者たちが返り討ちに合うほうが可能性が高いが、万が一の事態がある。
「そういえば、ヨシュアは?」
「容疑者徴用の準備中です。あっちに邪魔されないように」
「ううー、なんで私達だけ正攻法で戦わないといけないのよー!」
「はいはい、主任。座ってクッキーを食べましょうね」
セーレが主任の口に隙を見てクッキーを放り込む。仕方なく主任はそれを咀嚼し、出されたコーヒーを飲む。その数分で自分がヒートアップしてたことを悟り息をつく。
「美味しいでしょ? 落ち着きました?」
「美味しい……。はぁ、落ち着いたわ。で、あっちはどう?」
「もう三層の出口近くまで到達したようですね」
「三層、いつも死者が出るのよね……アンデッドナイトが強いのはわかるけど、なんで絶対一人は死ぬのかが全然わからないのよ」
「どうにかなるといいんですがねえ……」
その時、ドアが開きヨシュアが帰ってきた。
「主任~困りました、どうしましょう」
ヨシュアはいつもの呑気な顔から一点、困り果てた顔になっている。
「今度は何?」
「ほら、例のカレの通信傍受したんですけど家族からの連絡があるっぽいですね……」
「ゲッ……」
「マジですか、勘弁してほしいんですが」
セーレと主任は揃って顔色を悪くする。部外者への介入は法律により許されていないからだ。そして、彼らは現地の法律にも従わねばならない。
「捜索願とか出されたら詰みますよ……一発でうちと繋がりますもん」
「はやく、早く作業を終わらせるのよ! この際早ければ多少イリーガルな業者に頼むのも許可します!」
「ふえー、もう姫、なんで単騎で出動しちゃうんですか~! 姫のバカ~~~~!」
ヨシュアの、普段なら不敬罪ともとられかねない言動を、二人は咎めなかった。
なぜなら全く同じ気持ちでいたからである。




