第53話 蜘蛛の糸
迂回をするか、ここで蜘蛛を倒して大幅ショートカットするか。
俺もグリセルダもおタヒも地図とモンスター図鑑を見ながら悩みに悩みぬく。この時間も惜しい気がしてきた……。
「あっ、そうよ、雨!」
「雨?」
おタヒが急に声を上げる。
「雨の後の蜘蛛の糸って、雫がついて見やすくなるでしょ? そこにこのスキルツリーにある【エリアライト】って魔法で照らしたら、光って見えるようになるんじゃない?」
「それだ!」
「雨をどうやって降らせるかが問題だけどね」
「洞窟内だしな……」
今度はグリセルダが口を開けた。
「それならば私がやろう。元から散水の魔法を持っている」
「なにそれ?」
「えっ、何でそんなの持ってるんだ?」
なんで公爵令嬢のグリセルダがそんな園芸向けの魔法を持ってるんだろう。
「士官学校で習うのだ。戦場で陣地を整える際に、整地の魔法を使うのだが土埃が立つ。土埃などは兵士の目に入れば害だからな。累を及ぼさぬように整地に並行して魔法で散水するのだ。これは士官学校の初年の授業でやる魔法だ」
元から魔法が出来るってすげーなー……。羨ましい。
「じゃあそれでやってみるか、おタヒとグリセルダが入口から魔法をかけて、俺が松明でも持って糸を片っ端から切り落として、それから蜘蛛を集めてグリセルダが剣でなぎ払う。そんな感じでいいかな?」
「いいだろう、できれば炎の魔法剣などあればいいのだがな……」
「あー、確かに。ナイフだと糸が張り付くし、松明を振り回すのも危ないしなあ」
「あ、スキルポイント余裕あるから取れるわ、属性付与ってやつ」
スキルポイントに余裕あるの羨ましいな……。いや、俺も余らせてるけどおタヒほど盛大に余らせてるわけじゃないので。
とりあえず、細かい打ち合わせもした。なぜなら俺達は一回も一緒に戦ったことがないからだ。何かもうちょっと程よい敵でスキルアップしたかったが、ぶっつけ本番でやらざるを得ないことなんて人生でいくらでもあるからな……。
蜘蛛以外の動物がいないことを確認し、グリセルダを先頭におタヒ、続いて俺という感じで中に侵入する。
「【水よ、天井に降り注げ!】」
水袋から水を上に向かってぶつけ、グリセルダが魔法で天井方面に向かって雨を降らせる。すると、洞窟内ではありえない雨に驚いた巨大蜘蛛が右往左往し始めた。急に巣が雨で振動して慌てているらしい。
「【エリアライト】!」
おタヒが取り立ての魔法を唱えると、まるでこの洞窟内のホールすべてをあまねく太陽が照らしているかのような強烈な光が天井に発生した。薄暗闇から急転直下の眩しさに、蜘蛛は更に動揺している。
そして、計画通りに蜘蛛の糸のきらめきが見えた。
これなら行ける。
「おタヒ、エンチャント頼む」
「【火属性付与】!」
ナイフで長さが心もとなかったので、グリセルダのショートソードを借りている。エンチャントをもらうとショートソードが赤熱する。それを確認し、俺は一気に蜘蛛の巣へとジャンプした。
「おらああああああ!」
近くで見る蜘蛛の糸は、少なくとも縫い物に使えそうな程度の太さはあった。それを俺は火属性をまとったショートソードで天井近くから床まで切り落とす。
幸い、洞窟だけあって足場には事欠かない。足場があれば俺はこのホール程度の広さなら地面につかず移動することが出来た。
何度も斬撃を繰り返し、目に付く蜘蛛の糸を片っ端から切り落とす。
ショートソードが糸に触れるとタンパク質の焼け溶ける、嫌な匂いと音がする。
常に前方にショートソードを掲げることで、行く先々全ての蜘蛛の巣が光熱で焼けて地面に捉えていた獲物と蜘蛛の巣、そして巣の主をぼとぼとと地面に叩き落していく。
何度か往復し終えたときには、全ての大蜘蛛のターゲットは俺に向いていた。
大蜘蛛はシュッという音を立てながら、見かけよりは機敏に俺に糸を吐きかけ拘束しようとする。
糸が俺に着く直前まで引き止めてからさっと逃げる。これを繰り返すうちに、蜘蛛は自分の糸に絡め取られていた。
「グリセルダ、頼む!」
その頃にはグリセルダのタメ時間は終わっていた。
「【パワースラッシュ】!」
閃光とともに衝撃波が自らの糸に絡め取られた哀れな蜘蛛を襲い、次の瞬間には蜘蛛たちは全く動かなくなっていた。
そして俺のレベルが1つ上がり、経験値のゲージはレベルアップ直前まで増えていた。
経験値うめえ……。
グリセルダやおタヒは全然上がらないらしい。若者だけの特権だからいいんだ。
悔しくなんか……ある! が、どうしようもない。
ふと、細い小部屋のような隙間があるのに気がつく。
俺達は恐る恐る小部屋を覗き込むと、そこにはたくさんの白骨、そして蜘蛛が消化しきれなかったのであろう遺品が残っていた。
「ひっ……」
おタヒは式神にしがみついて目を閉じた。それがいいと思う。子どもに見て欲しい光景じゃないからな。
「おタヒ、ちょっと離れてあっち向いてろ」
「そうだな……これは、何人分の骨だ?」
「わからん……」
俺達は人類学者でも医者でもないので、骨を見ただけでは詳細はわからない。
ただ、大柄な骨は少ないので、子どもや女性が多いことだけはわかる。たまに大きな体の骨もあるが、少数だ。
遺品は高価そうなネックレスや、ボロボロだが上等そうな靴、服の一部と思しき虹色に光る貝のボタン、小さな護身用のナイフ、杖、革の鞄。……どことなく、人となりの伝わってくる遺品がボロボロと詰まっていて悲しい気分になる。
鞄の中を一応チェックしてみたが、身元が解りそうなものはなかった。
「どうする?」
「……残念だが放置しておくしかあるまい」
「そういえば、最下層には法務官と言う役人がいるらしい。まともな役人の類なら通報したらどうにかしてくれると信じるか……」
蜘蛛は餌を食っているだけだが、その餌を運んだ人間がどこかに絶対にいるはずだ。それが追い剥ぎなのか、そうでないのかはわからない。
追い剥ぎが二層から三層、そして下層へと向かってるから多分、人間を蜘蛛に餌として投げ与えるような最悪なやつが別にいるんだと思う。そういう最悪な奴が何人もいてほしくないものだが……。
「うう……せめて冥福を祈るために経を上げてもいい?」
「いいよ、俺も手を合わせとく」
「私も冥福を祈ろう」
おタヒが生前諳んじていた短めのお経を上げ、俺も手を合わせる。
宗教が同じかどうかはわからないが、何もしないで去るのは流石に心が痛む。手の一つくらいは合わせておきたい。
手を合わせ祈りを捧げるおタヒは流石に皇女の風格があった。俺なら成仏しそう。
「うーん、しかし、ここが荒らされないようにしておきたいものだが」
「じゃあ、禁域の符でも貼っておくわ。式神以外の符術は特に回数を決められてないもの」
またノートを1枚ちぎっておタヒに渡すと、おタヒはサインペンでサラサラと呪符を書き、壁に貼ると、たしかにそこにあるはずの遺品や骨が視認できなくなった。
俺の【隠密行動】みたいなもんかな。何かうまいこと使えそうだ。覚えておこう。
一応ここを去る前に、蜘蛛の死体を鑑定する。
『ジャイアントケイブスパイダー/ 神経毒をもつ毒袋と糸の素が採取できる。食用可』
「毒袋と糸の素はなにかに使えそうだから採っておくにしても、蜘蛛なぁ……美味いって聞いたことあるけど、こいつらが何を食ってたのか考えるとなあ……」
「やだ! 私絶対食べない!」
「私も流石に食べる気はせぬな……」
「ですよね……」
三人の意見が一致したので、ショートカットも成功したことだし、今度こそ三層出口に向かうことで意見は一致した。




