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第5話 脳チップ

「あはは、違いますよ。当社の技術は世界最新なんです。脳にチップなんてそんな野蛮なことはしませんよ」


 技師の人は笑って否定した。

 新開発の素材を使って、首の後ろと手首足首にナノミリメートル単位の細い無痛の針を刺し、それと新型のVRゴーグルで神経と脳に接続。

 それによって視覚と聴覚だけではない、五感で感じられる仮想環境を提供できる、とのことだった。


「動物実験ではそういう仮想環境で現実の環境に慣れてから病気の治療を行おうと予後が良いなどの結果も出ておりまして、現在FDA……アメリカの厚生労働省みたいなものですね、そちらでも承認のための治験を同時進行中なんです」

 

 なるほど、動物実験はもう終わっているのか。そりゃそうか。

 いきなり人間でやる実験怖すぎるもんな。


「安全そうですけどそれでも治験なんてしないと駄目なんですか?」


「それはそうですよ。脳に直接影響を及ぼす機械ですからね。健康な人が使って何も問題はない、ということを示さないといけないんです」


 確かに健康な人がダメージを受けるようなものでは病気の人に使うのは危険か。


「それで、脳に影響するということで不安を受ける人も多いため、負担軽減費も高めの設定にさせていただいています」


 なるほど、疑問は概ね解消した。危険だから高いとかじゃなくてよかった。


「どうしますか、検査を受けていかれますか? 辞めても大丈夫ですよ。もちろん追加の負担軽減費もお支払いします」


 ここで帰っても32500円もらえるのか。そりゃ不安な爺さんとかは32500円もらって帰るのも理解できなくはないな。


 俺も10秒ほど考えたが、治験に回すアイテムはすでにある程度の安全性が確立されているというのを治験サイトの案内で読んだ。そして俺は今金に困っている。


「やります」


 他の選択肢は俺にはなかった。

 ビビる気持ちもわかるが、なんとかなるだろ。動物実験もセーフだったんだし。


「ご協力ありがとうございます、助かります!」


 技師の人は笑顔で立ち上がる。と、機械のセッティングを始めた。

 カートに乗せた、よくわからない機械(高そう)を俺の近くまで押してくる。


 技師さんは俺の両手首にリストバンドのようなものをはめた。


「それでは最初のテストです。目を閉じてじっとしていてください、なにか感じますか?」

「あれ? 音楽が聞こえます」


 先程まで室内は無音だったのに、まるで高級イヤホンで聞いているような立体感のある音楽が流れてきて、一分ほどで止んだ。


「いいですね、次のテストです」


 次はその高価そうな機械に繋がれた大きなヘルメットのようなものをスポッと頭に被せられた。


「まだ目は閉じていてください。それではカウントダウンしますね、0になった時に何が起きたか教えて下さい。3,2,1,はい!」


 すると、目を閉じているはずなのに一気に世界が広がった。


「うお! 富士山!? あと風が吹いてる?!」


 そう、目を閉じているはずなのに視界いっぱいによく写真で見るような富士山の画像が広がった。そして首から下は先程と全く変わらない環境なのに、全身をそよ風が撫でるような爽やかさがあった。


「えっ!?」


 思わず目を開くと、ピーという電子音が流れ、ヘルメットのバイザーがオープンした。


「あはは、やはりびっくりされますよねえ」

「現実かと思った……」

「そうなんです、それを体験していただくための機械なんですよ」


 本当に現実としか思えないくらい富士山がはっきり見えたのだ。視覚だけではない、触覚にまで影響があるとは……。


「テストはこれで終わりです。お疲れ様でした、後ほどコーディネーターさんからメールでご連絡があると思います。研究棟の入口の受け付けて負担軽減費を受け取ってからお帰りください」


「あ、ありがとうございます、わかりました!」

「このテスト内容も極秘ですので、ネットへの書き込みなどに気をつけてくださいね」

「はい!」


 俺は驚く気持ちを隠せないまま、言われたとおりに受付でお金をもらって家へと帰ることにした。


 これはネットに書き込みたくなるのが分かる。解かるが渋沢3人貰って約束を破るのは俺の主義ではない。……契約違反したら違約金がが怖いというのももちろんある。


 こんな治験をしているのは大企業に違いない。そんなの敵に回したくない。



 でも、良い小遣い稼ぎになった。

 俺は満足して現金で受け取った32500円のうち、1000円で牛丼とお茶のペットボトルとグミを買って帰った。

 小金が入ったからと言って贅沢するわけにもいかないが、ささやかな贅沢である。


 なんとなくネットに書き込む気も起きなくて、その日はメテクエのデイリーを消化して、退去の準備……と言っても、軽く掃除などをして漫画を読んで寝てしまった。



 翌朝、治験事務局からメールが届いていた。本当に仕事が早い。


茅原ちはらケンイチ様

 先日は検査の受診誠にありがとうございました。

 検査の結果、茅原様に新規医療機器のモニターをお願いしたくメールを差し上げました。

 一週間の入院の上、更に二週間の本格運用テストを予定しております。


 一週間のみの場合175,000円、三週間の運用テストまでお願いできる場合574,800円の負担軽減費をお支払いする予定です。

 詳しい日程をご相談したいので以下のメールフォームに────』


 お、当選した! 新しいゲームハードに当選するより嬉しい!


 てか、日数で割ると微妙に事前に聞いてた金額よりも合計金額が高いな……。しかもなんか金額が半端。なんか計算式みたいなのがあるんだろうか。


 いや、日数で割るのはともかく、合計金額が高い。

 社会保険費なんかが入っていないにしても、今の俺にはありがたいまとまった金だ。

 引っ越しするにしても元手が要るからな……。


 俺は三週間希望にチェックをしてフォームの送信ボタンを押した。


 また翌朝メールが届き、詳しい日程の案内が送られてきた。

 来週の月曜から三週間とのこと。持ち物や入院案内なども書いてあるが、スマホは使用時間と場所に制限があるらしい。


 ……仕事だと思えばしかたないかあ。

 メテクエはサ終したからやらないといけないことは何も無いのが幸いだ。

 これがイベント期間中だったら治験どころじゃなかったもんな。

 親には明日から三週間バイトでちょっと忙しいから連絡取れないとメッセージを送っておけばいいだろう。


 親からは『わかった、お土産よろしく』と解ってなさそうな返事が帰ってきた。なんでバイトに行ってお土産を買って帰るんだよ。



 治験が始まるまでの間、一応俺も求人を探してみたが流石に今回の工場のような、超ホワイト物件はない。


 超ホワイトでなくてもいい、ブラックでなければ良い……と思ったのだがどことなくブラックの香りただよう求人が多く申し込む気になれる求人はない。


 結局、求人アプリとゲームを往復しつつ、時々掃除や同じ寮の同僚との雑談を挟んで月曜までの時間は過ぎていった。




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