第47話 被害報告
まず、事態を把握するか。
「しかし、どこで盗まれたんだ、荷物を」
「昨日ここにたどり着いて、道がわかんないけど式神に探索させて安全そうなところがあったからここにしようと思って寝てたの。起きたら荷物がなくなってたわ」
「寝てる間式神は?」
「寝てる間も使ってると法力がなくなっちゃうから、使ってなかった……」
「追い剥ぎはこんな幼い子どもからも容赦なく盗んでいくのか、呆れた輩だな……」
グリセルダもため息を着いた。
「いや、生命があっただけ良いだろ。この状況なら殺されないだけ良かったよ。上の層で追い剥ぎにあったやつ、殺されてたからな」
「……」
おタヒの顔色が悪くなった。そうか、こいつ自分が死ぬ可能性は考えてなかったのか?
「うう……」
おタヒがポロポロと涙をこぼす。
「もうやだ、死にたくないよぉ……もう十回は死んでるのに、これ以上こんな場所で死にたくない……邸に帰って白梅に会いたいよぉ……」
おタヒはそう言って、わんわん泣き始めた。それを見たグリセルダの顔色も少し変わって、俺と目があった。
おタヒの言うことに思うところがあったのだろう。
おタヒが泣き止むまで俺達はそれを見守ることにした。
「落ち着いたか?」
「うん……」
俺の手ぬぐいを涙と鼻水でべちょべちょにしながらおタヒは目を真っ赤にして肯いた。まあ、手ぬぐいは洗えばいいから……。
「その盗まれたやつを探す方法があれば良いんだがな……昨日盗まれたのなら、まだ盗んだやつは三層にいるかも知れない」
「うう……紙と筆さえあればどうにか出来るんだけど、紙も筆も墨も盗られちゃった……」
紙はともかく筆と墨がないな、困った。
「……そういえば、貴方達、誰? 私を知ってるみたいだけど……」
今更かよ。もっと早く気がつくべきなのでは?
「私はグリセルダ。グリセルダ・フォン・リーフェンシュタールという。ローレンツェンという国にいた。私は貴公とは初対面だ。はじめまして、だな」
「……はじめまして」
グリセルダが直球の挨拶をして、おタヒが珍しく素直に受け答えしている。デカくて威圧感あるからかなあ。
「俺はお前を知ってる。俺はチケンだ、日本と言う国から来た。でもあんたのことなんて呼べば良いんだ、本名は駄目か」
「本名はダメに決まってるじゃない!」
「じゃあなんと呼べば」
「皆私を斎宮様って呼ぶわ」
「あー、斎王だったんだっけ……」
「そうよ! 偉いのよ! ひれ伏しなさい!」
うーん、この強気ガール。俺の好みとはベクトルが違うし、年齢が若すぎて俺の守備範囲ではないが、嫌いではない。
「12歳だっけ?」
「そうよ! よく知ってるわね、さすが私。あまねく世に名を響かせる稀代の姫なだけあるわね!」
グリセルダが微妙な顔をしておタヒを見ている。何を言ってるのかさっぱり解ってないし、この態度も理解できないんだろう。
「……まあいい。それで斎宮とやら、この後どうするつもりなのだ」
グリセルダが呆れた顔でおタヒを見ている。
「えっ、決めてない……とりあえずあの無礼者から紙と筆と墨は回収したいわ」
「そうか、頑張れよ」
「えっ、あなた達が着いてくるんじゃないの?」
「意味がわからぬ」
「だって私皇族だもの。そもそも何で流刑になったかもわからないけど、少なくともここでは一番位が高いはずよ。正二位だし」
「何を言っているのだ、お前は……」
知らない文化圏の言葉に困惑するグリセルダに、俺はおタヒがおタヒの国では皇太子の腹違いの妹であること、位が高いこと、そして神に仕える巫女的な存在であることを教えた。言葉は通じるけど俺は通訳みたいになってるな……。
「なるほど。教育がなってないのはそのせいか……よほど甘やかされて育ったのか?」
グリセルダに比べればまあ、大体の人は甘やかされて育ってると思う。俺含め。
それでもおタヒのわがままパワーは半端ないが。
「は? 私は国で一番頭良かったわよ!」
「駄目だなこれは……知識の話というわけではない、お前に行儀を教える者はいなかったのか?」
「私がここで一番偉いんだから、私が礼儀そのものよ! 頭が高いわ!」
うーん、駄目だ、飴の効果で疲労回復されたせいか、ギャンギャン喚くチワワモードになってきた。ちなみにチワワは開発者ブログにあったおタヒの愛称である。
「はいはい、いいかおタヒ、よく聞け」
「は!? おタヒ!?」
「まずな、ここは東の国じゃない」
東の国というのは、蘇芳宮での日本ライクな異世界の名称だ。
「……つまり、私は、ここでは皇女ではない……と言いたいわけ?」
「理解が早いな。そういうことだ。地位で優位に立ちたかったんだろうが、ここはそういう地位とかなんにも意味ないからな。ここにはお前の臣下はいないんだよ。迷宮の管理者から見れば等しく罪人だろうよ」
そう言うとまた半べそになるおタヒ。
「うう……ぐすっ……皇女の地位がなかったら、私に残されるのは符術が得意で法力は国一番で求聞持の力を持つ人の千倍くらい賢いただの子どもじゃない……」
うーん、自慢なのか自虐なのかわかんねえ……。
ちなみに求聞持の力というのは見たものを忘れない記憶能力である。興味のないものには発揮されない。
「充分じゃね?」
「………そうかしら……法力があっても、千巻の経を諳んじて見せても、童女の分際でって兄君に怒られたわ。女のくせに符術や書物にうつつを抜かすなって、歌でも詠んでろって兄君にいつもぶたれるもの」
「歌が詠めるよりもここでは符術のほうが役に立つから気にすんな」
そういうと、ぱっとおタヒの顔が明るくなった。
おタヒが唯一苦手にしていた分野、それは歌だった。無機質な歌をしたためるたびに周囲の公達や女房たちの笑いものになっていたのだ。
「ここでは歌を詠めとかいうやつはいないから気にしなくていいぞ。それより紙と筆と墨を回収するほうが先だろうな」
そこで、様子を見ていたグリセルダが口を開けた。
「……その紙と筆は特別な工程で作った、などの条件があるのか?」
「ない。書きつけられれば何でも大丈夫……な、はず」
グリセルダが俺に顔を向ける。
「チケン、スフォーの御仁のカバンになにか無いのか?」
「あ、そっか。探してみる」
とりあえず、時間がかかりそうなことを悟った俺はチョークで結界を作り、ゴソゴソとカバンを店開きしてまだ探してないエリアのものを探す。
すると、案の定ノートとペンがあった。あと、なんかお菓子もいくつかあった。一応鑑定してみる。
『ノート/ 高級文具店謹製ノート』
『ペン/ 書き損じた時はペンをひっくり返してなぞると書き損じが消える』
『焼き菓子/ 長期保存可能なパッケージ入り。食用可』
最近流行りのペンだな……。まあこれでもいけるか?
「これ、使えるか?」
「初めて見る紙と筆ね……墨は?」
「筆の中に入ってるから、蓋を外して」
「この紙、このくらいの短冊に出来る?」
そう言われたので俺はノートを点線から破り取ってそれを三分の一にしてナイフで切って三枚の紙にした。




