第44話 ダイイングメッセージ
「あのさ、俺、ちょっと試したいことあるんだけど」
「何だ?」
俺はちょっとだけ言い淀んで、思い直して告げる。
「ほら、あの昨日の【幸運の祈り】だけど。あれ、手袋越しでも出来ないのかな?」
「……やってみればよかろう」
許可をもらったので、グリセルダの手を取りスキルを使う。しかし、発動しなかった。
「うーん……やっぱ素手じゃないと駄目かぁ。俺は幸運は死にステじゃないと思ってるけど、止めとくか……」
数秒の間をおいて、グリセルダが口を開く。
「いや、チケンさえ良ければ頼む」
「いいのか!?」
「構わぬ。運の悪さがこれでなくなるならやるべきだろう。私はあまり運が良くない自覚はあるのだ」
「……そうだな」
俺は下心が入らないように、心を無にしてグリセルダの手に触れて幸運の祈りスキルを発動する。
あんな事を聞かされた後では否応でも緊張してしまうが、俺はグリセルダにはただの推しでいて欲しい。と思っている。
「グリセルダが幸せになりますように!」
素手だと難なく発動した。よかった。
グリセルダの今日は昨日より幸せであって欲しい。
その後、自分にかけて、もう一度グリセルダにかける。相変わらず効果は万全に発揮されていた。熟練度もよく見ると上がっているので、回数を重ねれば効果か使用回数のどちらかが増えるだろう。
幸運を上げる儀式も終わったので出発する。下心は出さないようにしたと思うが、オレの心はほっこりしている。今日もグリセルダの手は暖かかった。
「幸運になっている自覚はないが……おそらく、生死を繰り返しているときよりも今のほうが幸運なのだろうな。感謝しよう」
グリセルダはわずかに口角を上げて謝意を伝えてくれた。
俺は顔が緩むのを必死に耐えながら気にするな、と伝えた。平静でいるように見えたか自信はない。
三層の入口まではすぐだった。
数分歩いている間に、コウモリと小さいヘビが出た程度で特に問題もなく出口と思われる広間に付く。
二層のときと同じくやはり床から天井に光の柱が生えており、その手前に看板がある。
『この先:洞窟 火山地帯へ行く場合は東南出口へ』
「なんか無駄に親切だな」
「……拍子抜けするほどだな」
気がつくと、部屋の隅になにかがいる?
薄暗いのと存在感がなくて気が付かなかった。
光の向こうの部屋の角に、何か大きな物体がある事に気がついた。
グリセルダとともに近寄ってみると、それは壁に向いて崩れ落ちている大柄な裸の男性だった。
「あれはなんだ?」
「えっ、どういうこと!? 裸のおっさん?」
「わからん……」
「もしもーし、生きてますか?」
暫く待ったが返事はなく、呼吸をしている様子もなかった。一応鑑定してみる。
『人間の死体/ 同士討ちで死んだ哀れな男』
やっぱ死んでるなあ。
「鑑定したらこのおっさん同士討ちで死んだっぽい。可哀想に」
「チケン、これは何だ?」
俺の目線だと気が付かなかったがグリセルダの目線に、血で文字が書いてある。
『FUCKING GERMAN
NEVER FORGIVE』
大文字で、英語?
スフォーのおっさんのくれた本の文字も、さっきの令嬢の文字とも違う。明らかにアルファベットだ。
これは俺には読めるが、グリセルダには読めないようだった。
「ええと……クソドイツ人絶対許さん……みたいな意味かな、俺英語あんま自信ないけど……」
「ドイツ?」
「俺の世界にある国の一つだよ。結構大きい有名な国だ」
「ふむ……お前の世界の者か」
しかし、英語を使ってるってことはアメリカ人とかイギリス人か?
いや、英語が母語の国いっぱいあるからわからんな……。
男は茶褐色の髪の毛を短く刈って、身長はグリセルダよりも高く大柄だった。治験モニターと言うよりは、筋骨隆々で格闘家が似合いそうな男だ。
「令嬢のつぎはおっさんかぁ……」
俺はこわごわおっさんの死体をひっくり返すと、背中側からは見えなかった腹にざっくりと傷跡がある。
刃物で一撃を食らったのだろうか。
ゾンビや鹿狩りのお陰で死体に耐性がついたのかも知れないが、それでも同族の死体は気分がいいものではない。
「なんか腹にナイフでも突き立てられたような跡だな」
「裸でこんなところで何をしていたのだ?」
「装備も何もないな」
周囲を軽く見て回ったが装備や遺品らしきものは発見できなかった。
「全裸で到達できるほど甘い場所ではない、ここでこの男は装備を全て剥ぎ取られ、殺されたのだろうよ」
「うーん、その犯人がそのクソドイツ人ってことかなあ」
そこまで言って俺は思い出した。
「そういえば、俺のやってる治験は日本だけじゃなくて、別の国でもやってるって言ってた」
「ならばチケンと同じ職の者か」
「そうかもしれんけど、俺達はただ7日間ここで暮らせって言われただけだし、殺す意味がないんだよなあ」
「違う目的の者がいるのかも知れぬな」
どちらにせよこの先に進んだドイツ人は、平気でPKをするような人間ということだろう。警戒しなくてはいけない。
この男の死骸をどうしようか迷ったが埋葬できそうな場所もなく、申し訳ないけどスライムに処理してもらうしかなさそうだった。
ナイフで床にせめてお悔やみの言葉を書いておく。
『R.I.P American』
俺は手を合わせて冥福を祈った。このおっさんが死んだのはゲーム内だけであるといいのだが。
「モンスター以外にも気をつけないといけないのか、面倒くせえなあ」
「火山地帯を回るか?」
「うーん……」
もう一度二人で地図と図鑑を見て協議する。
何度見てもこの二層の迷宮からは火山か洞窟の二択だ。
そして、おそらく追い剥ぎは洞窟に行った。
追い剥ぎが地図を持っているかどうかは不明だが、持っているならまず火山地帯にはいかないだろう。持っていなくてもここで殺したのならすぐ側の光の柱から三層の洞窟に逃げたはずだ。
「よし、洞窟に行こう。火山はどう考えても無理だ」
図鑑によるとレッドドラゴンがいてファイアーブレスを吐いてくるらしい。
エリア攻撃と回避タンクは相性最悪そうなのがな……。実際やってみないとわからないことではあるが。
俺一人なら隠密行動で逃げられるがグリセルダがなあ……。
地図によれば通路が狭いので俺でタゲ取ってグリセルダに後ろに回り込ませるのも厳しそうだ。
グリセルダをブレスから護る適切な手段があれば倒せるかも知れないが、今はどうしようも出来ない。
「洞窟には追い剥ぎがいるかも知れぬな」
「いると思う。最悪、相手がわかれば結界張って中から遠距離攻撃するとかもありだと思う。相手を視認できればだが……でもあんまりやりたくないな」
「良いものを持っていると知られれば追い剥ぎの良い的になるであろうからな……」
一番いいのは追い剥ぎに発見されないように進むことだ。
だが、同士討ちをしてまで追い剥ぎをするような奴だ、どこに潜んでいるのか解ったもんじゃない。そういう奴なら絶対に【隠密行動】スキルを取っているはずだ。
このスキル、初期で選べるにしてはあまりにも強すぎるんだよな。俺以外が選んでいてもおかしくない。
やっぱ発売時にはナーフされるんじゃないかな。
「プレイヤー相手だと【隠密行動】を持っている可能性があるのがなあ」
「ああ、それは手強いな……」
グリセルダも隠密行動を使った眼の前にいる俺を探そうしても見つけられないくらいだから、多分俺もその追い剥ぎを見つけるのは無理だ。
たとえ周囲1メートルの範囲にいても隠密行動持ちを見つけるよりも某ファミレスの間違い探しのほうが簡単だと断言できる。
さて、どうしたものか。
普通の敵ならグリセルダと俺の二人で対処できるんだけども……。




