第43話 告知事項
血となにかの体液で汚れたであろうハンカチに、手帳の表紙と同じ紋章が丁寧に刺繍されている。持ち主は最後まで手帳とハンカチを握りしめていたのだろうか。
「……私やチケンだけではなかったのか」
「いや、俺は望んでここに居るからそれはいいんだが。だが、グリセルダ以外にも、望まずにここにぶち込まれた人がいる、ってことだな……」
「それは……流石に看過できぬな」
グリセルダがしかめっ面をする。こういう顔も似合っている。が、理由が理由なので、萌えられない。
「あ、そういや、スフォーのおっさんもいるな」
「そのカバンを寄越した御仁か」
「そう。そういや二層の入口に看板があってさ。100年周期で一層に救助隊が来るらしい。だから、救助希望者は二層にいかないように、ってボロボロの看板が立ってた」
「……私のときはなかったな」
「だから、スフォーのおっさん俺にカバンを託してくれたのかな、と思うけど。でもよくわからんな……」
「まあ、最下層に着けば分かることであろう」
「そうだと良いんだけどな」
なんか、思ったよりも問題がぐちゃぐちゃにこじれている気がする。
これが凝りに凝ったシナリオだとしても、こんなアクションRPGにここまでシナリオを詰め込むだろうか。こういうRPGは戦闘のやりこみや作り込みに力を入れるはずだ。
グリセルダ一人にかける手間が明らかに異常だし、この令嬢の遺品もフレーバーアイテムにしてはあまりにも生々しい。
「この手帳、どうしよう」
「そのカバンに余裕があるなら、最下層に持っていって、法務官とやらに託すのが最善ではないか?」
「そうするか。他にないよな」
幸い、おっさんから貰ったバッグはマジックバッグだからな。今の十倍入れても空きはあるはずだ。
この令嬢の家に届くと良いんだけどな、せめて。
「よし、寝るとするか」
「そうだな」
寝る前に、もう一度結界チョークに隙間がないようにチェックして、薄っすらと青く光る浄火のランタンを置いた。なんか、チルい雰囲気が出る。
コーヒーとか飲んでくつろぎたいところだが、水しか無いし、もう寝るしか無い。そもそも寝る前にコーヒーはないか。
俺は睡眠用のローブとマントを取り出し、ローブをグリセルダに手渡して、俺はマントにくるまって横になった。
「美しい灯りだな」
「浄火のランタンだってさ。いい色だよな。幽霊を寄せ付けないんだと」
「そんなものまで持っているのか」
「俺が持ってる素晴らしいアイテムは、大体スフォーのおっさんの持ち物だよ。本当に金持ちなんだろうなー」
ゆらゆらと揺れる青い炎は熱もなく、ただ周囲を穏やかに照らしている。その向こうにいるグリセルダの顔も青い光に染まって、やや穏やかそうに見える。
「誰かとこうしてゆっくり寝るのは幼年学校の相部屋以来の気がする」
グリセルダが穏やかに灯りを見つめていた。俺はそれを灯りを見つめるふりをしつつ眺めていた。グリセルダの話ならなんぼでも聞いていたい。
「手袋は」
唐突にグリセルダが言葉を発する。
「我が国では貴族の子女は、外では基本的に素手を見せぬ。手袋を外して異性に触らせるのは、医者に脈を取らせるときか、婚約を受け入れた相手だけなのだ」
「!?」
ブホッ! ゲホッ!
俺はいきなりの情報に驚愕し、唾液が気管に入って激しくむせた。
えっ、やっぱり俺地雷踏んでた。死刑。
俺がグリセルダ推しで、それを知って別人がそんなコトしてたら発狂する。
土下座して謝ろうか、と思ったときだった。
「まあ、よく考えればチケンの見た目は童女であるし、異国人だからな。ルールもマナーも違うのだろう。お前のあれはただの親切心だった。あの時は気にしすぎて変な態度を取ってしまった。それだけが気にかかっていたのだ。済まぬ、許せ。……ではおやすみ」
そう言って、グリセルダは俺に背を向けて今度こそ寝た。
「ふぁい……おやすみ」
俺は天井を眺めつつ、素数を数えて寝ようと思った。
だが、素数は7までしか数えられず、グリセルダの声が脳内でリフレインしている。
頭が真っ白になって、脳がフリーズしたまま気がつくと意識を失っていた。
「チケン、チケン?」
「……はい!!!!!!!!」
いきなりかけられた声に驚いて、俺は飛び起きた。なんか寝た気が全然しない。
「あ、おはよう、グリセルダ……」
「うむ、おはよう。どうした、挙動不審だが」
「……いつもだ」
「そうかも知れぬな」
納得されてしまった。まあ良いだろう。
俺は大きく伸びをして、ふわーっとだらしなくあくびをする。ステータスの時計によると6時15分だ。22時には寝たと思うので、睡眠時間は確保できているはずだ。
相変わらず寝起きは悪いが、これは体質なのでしょうがない。
「今日はどうするんだっけ……」
「三層に行くのだろう、しっかりしろ」
寝ぼけまなこで朝食を作ることにする。
グリセルダに魔石でコンロを用意してもらい、昨日作った乾燥ヘビ肉を水で煮込んでスープっぽいものが出来ないかチャレンジする。ついでに、ネズミジャーキーとかも細かくして入れてみる。
幸い、ヘビ肉の僅かな脂も相まって、過去一番マシなスープ的な何かが出来た。出汁的なものは相乗効果を生むのかも知れないなあ。
熱々のスープとわずかなビスケットで朝食を済ませる。
パンでも米でもいいけど、穀物系のなんかも欲しいなあ……無理か。
あと、調味料……。なんか敵がドロップしないかなあ。でも、モンスターの落とした醤油とか味噌とか、使いたくねえな。賞味期限も気になるし……。
「今日は三層に突入かな」
「そうだな、ちょっと緊張する」
「チケンも緊張する等ということがあるのか」
「あるに決まってんだろ、どう見えてんだよ俺が」
「……面白い童女」
「ひでえ! だから三十路の男なんだって!」
「解っているとも、ふふ」
グリセルダに会うまではそんなに緊張しなかったんだけど。
あってからは緊張続きなんだよな。
最悪一人で逃げられるか否かってのは選択肢を厳しく制限する。
俺一人なら最悪死んでも良いやーってなるんだけどな。
グリセルダに、あの手帳の令嬢みたいな最後は迎えさせたくない。
だからこそ、その緊張があっても俺は一緒に行くことを選択したのだ。それは必要経費と思って諦めよう。
火の始末を終え、荷物をまとめて俺とグリセルダは最後の広間に向かう。
そこに、三層への入口があるはずだ。




