第40話 グリセルダの話 上
もう一度お湯を沸かし直して、またお湯を飲みながら俺とグリセルダはお互いの話をしている。
なんかお茶らしいものがあれば良いんだが、いまいち何も無い。
植物はツタくらいしか生えてなかったもんなぁ。
あのバベラの葉っぱでももぎ取っておくべきだったかもしれん。鑑定しときゃよかった。
今度はグリセルダの話す番だ。
「そうだな、何度も何度も同じ人生を繰り返した、という話は確かしたな」
「聞いた。俺もゲームで見た」
そのたび俺も悲しい思いはしたが、本人の辛さに比べれば大したことはないだろう。
「私は何回も死んだ。そして、気がつくと大体は16歳の、学園入学の半年前、謎の病気で姉が死に王太子の婚約者が決まらず、私にお鉢が回ってくる、その時に戻るのだ」
過去を思い返すグリセルダの顔は憂いを帯びて美しかったが、その顔を長く見ていたい、とは思えなかった。
「謎の病気?」
「そう、昨日まで健やかにしていた姉が急に苦しみだし、数日苦しみ抜いて死んだ。医師によると毒殺という見立てだった。だが王家からの意向で流行り病、ということにさせられた。表向きは」
「なんでそんなことに」
グリセルダだけじゃなく、姉までそんな目にあっていたのか。
「私も詳しいことは聞かされていない。ただ、王太子妃を狙う家はいくらでもあるし、そのうちいくつかの家は王家とも親密だ。なにかのやり取りがあったのかも知れぬが……」
だとしてもおかしいよなあ。それでグリセルダが王太子妃になるのもおかしい話だ。
「他の王子を王太子に据えたいものの仕業だったのかも知れぬし、私が王太子妃になれば軍務大臣を継ぐものがいなくなる。私は婿を取りその者が軍務大臣を継ぎ、私が補佐するはずだった。だから、そちら方面の可能性もある」
「政治、めんどくせえ! 貴族大変すぎるだろ」
「……ふふ、本当にな」
俺の心からの感想を、グリセルダは笑った。
「最初は死んだのが悪い夢だと思っていた。なので同じことを繰り返し私は死んだ。次からは流石にこれが夢ではない、と思い二回三回と王国崩壊を防ぐべく動いてみたのだが、まあ小娘の浅知恵だ。ろくに何も出来ぬまま最後は大体、私が死ぬ」
そこで思い出したことがあった。
一個だけ死なないエンドがあったはずなのだ。
「あれ? グリセルダが死なないエンドを見た気がするが。『一般企業に就職!』ってやつ。魔法を活かしてヒール屋のエースになってチヤホヤされるエンドだったよ」
「光の愛し子が就職した時、私は政敵の陰謀で監獄で尋問を受けていたからな。その件は表には一切出ていないはずだ。幸い、私が死ぬ前にその時は最初に戻って、初めてこの現象に感謝した記憶がある」
多分、ただの『尋問』ではなかったのだろう。
「……なんか、ごめん……」
「いや、構わぬ」
グリセルダ、心広いな……。俺が軽率に踏んだ地雷は怒っていいのに……。
「今にして思えば、最初の方は敵を作るばかりの学園生活だった。私は貴婦人としての教育を受けたことがなく、大変にガサツで、貴婦人としての持って回った喋り方など何一つ出来なかった。最初は婚約者として選ばれた運命を呪った」
「えっ、俺から見たら大分行儀良いし、強いし、大体言ってること正論だしで結構好きだったけど!?」
結構好きというか、大好きですが。それは本人を前にしては言えない。
「それがな、貴族相手ではそうもいかぬのだ……」
グリセルダ曰く、ローレンツェン、及びその周辺地域では貴婦人は正論を言ってはならないのだそうだ。
機微を効かせた独特で回りくどい言い回し、そして沈黙こそ褒められるものであり、正論でぶん殴るのは言葉の暴力として疎まれるものだったらしい。
まあ、日本でもその傾向はあるからわからんでもないが……。
「私は6歳の時に二つの道を選ばされた。40歳年上の辺境伯に嫁ぐか、陸軍幼年学校から士官学校へ行って、軍人の道を選ぶか、二つに一つだった」
「6歳!?」
いや、6歳って。そんな、読み書きすらやっとじゃないか。
そんな子ども40も上のおっさんに嫁がせるとか、正気か!?
「そう、6歳。一応、見合いもした」
「ええええええ!?」
6歳と46歳の見合い。狂ってるにもほどがある。
「その46歳のおっさんの息子と結婚とかじゃなくて?」
「いや、その辺境伯は妻を無くし子どもはいなかった。相手は乗り気で16になったらすぐにでも、ということだったのだが、流石に私の祖父がそれを憐れんでな。軍人になるという逃げ道を作ってくれたのだ」
あまりにもしんどい。俺だったら絶対暴れるやつだこれ。
「一応、私には兄が二人姉が二人いたのだが、長女は他国の王族に嫁ぎ、次女は王太子妃に。そして私は余り物だったからな。だから、辺境伯に嫁にやってつなぎを作っておきたかったのだろう」
「ええ……あまりにもなんかこう……」
貴族大変過ぎる。絶対なりたくない。
巧くハマれば美味い汁だけ吸えるんだろうが。
「一応見合いをして、相手が良さそうなら私も考えたんだがな。だが、無理だった。当時の私にはその白髪交じりの男と結婚、というのが全く想像できなくてな。それで士官学校の道を選んだ」
「兄ちゃんがいたんだろ? 兄ちゃんは何をしてるんだ?」
「兄上か、兄上も二人共死んだ。一人は私が八歳の時に、もう一人は十二歳の時に。戦死だった。年の離れた兄だったが、たまに会うと私をかわいがってくれたものだ」
「貴族でも最前線に出るの?」
「ローレンツェンでは貴族出身の士官でも一度は前線任務を経験することになっているのでな。次兄は王太子付きの護衛兵だったが王太子を狙ったテロから王太子をかばって死んだ。お陰で国葬は出してもらったがな……」
だ、だめだ。聞けば聞くほど地雷を踏んでしまう……。
幸運スキル、仕事をしてくれ。と思うが、流石にこんな場面では生きないか……。
「それで、結局士官学校を卒業したあと、婿を取ることになった。しかし姉が急死してな……私の親は婿を取らせ家を継がせるか、私を姉の代わりに王太子妃にするか。悩んだ末に王太子妃にさせることになったのだ」
「士官学校ってどうだった?」
「うーん、厳しかったな。軍務大臣の娘だから甘やかされるというわけでもなく、逆に政争相手の子女から不出来を責められるから必死に勉強して体を鍛え、首席をキープし続けるのに必死だったよ。お陰で、体は鍛えられたが、礼儀作法は全くでな……」
「士官学校って礼儀作法教えられるんじゃないの?」
「軍人の礼儀と貴婦人の礼儀は全く違うからな」
それもそうか……。
それで、少しグリセルダのことを理解できた気がした。ほんの少しだけだが。
何故あんなにも強い身体能力を持っていて、心が強いのか。
ただ、他に選択肢がなかっただけなだろう。
ゲーム中の辛いイベントスチルを見る万倍くらい、聞くのが辛い話だった。




