第38話 気まずい二人
握手会が終わり、次のポイントを目指していく。
あと2つ大きい部屋があるはずだが、その一つ目が近い。
地図を読みながらこそっと【視界拡張】を発動し、グリセルダの様子を見る。
なんとも言えない表情の読めない顔になっている。
ほんの少し眉をしかめているような、困惑しているような、そんな顔だ。
俺の姿をあえて視界に入れようとしていないのが分かる。
元からそんなに喋る方じゃないが、さらに口数が減っている気がする。
もしかすると手袋を脱ぐとなんかあるとか、俺の知らない風習起因とか、俺の手なのが嫌だったとか、まあ色々考えられるな……。
しかし、ちょっと気まずい。申し訳ないことをしたな。
最下層をクリアするまでの予防接種だと思って耐えて欲しい。
俺にはこのゲームの幸運は死にステではない確信があるのだ。
スフォーのおっさんともグリセルダとも、幸運のおまじないのおかげで出会えたと俺は思っているし。
次も嫌そうなら諦めるか。
それでも、最下層に行くという目的は俺と同じくしているし、目的を達するまではスキルを使用できれば良いんだが。
いや、グリセルダが自炊やサバイバルを覚えて巣立っていくならそれはそれでも良い。俺は隠密行動で逃げまくって到達するという戦法に戻るだけだしな。
俺の願いはグリセルダがこのゲームでは悲惨なエンドを迎えないこと、次点がスフォーのおっさんの願いを叶えてやること。
期限は一週間……いや、もう二日過ぎたからあと五日か。
全然清野さんや四方さんと連絡は取れないままだ。俺、戻れるんだよな……?
不安を感じないというと嘘になる。
こんな時スマホがあればなー、なんかSNS見て気を紛らわしたり、メテクエして気を紛らわしたり時間を潰したり調べ事したりするんだが……。
と思ったが、今は俺の後ろにグリセルダがいる。
そんなことをするわけにもいかないか。
そういえば、グリセルダはなにか啓示があったと言っていたが、それはこんなダンジョンに入れられて、最下層を目指すに足る理由があるのだろうか。
気になるが、今の関係では聞き出せないだろう。
暫く歩くと、聞き慣れない音がした。そろそろ、第二の広間に付くはずだ。
「グリセルダ、ちょっと中覗いてくる」
俺は小声で話しかける。グリセルダは頷きで返してくれた。先程までの微妙な雰囲気はもうどこにもなく、戦闘に備える軍人の顔に戻っていた。
【隠密行動】を発動させる。それでも余計な物音を立てないようにしながら慎重に進むと、体育館ほどのホールに巨大なカマキリがいた。
身の丈3メートルには届かないがそれでもかなりでかい。他に敵ははおそらくいないと思うが……。
おれは戻って小声で伝える。
「中はすごく広くて、カマキリがいた。クソでかいやつ。グリセルダよりも俺一人分くらい大きい感じかな」
メートル法が伝わるかわからなかったので、俺はそのカマキリの頭の高さまで、軽くジャンプして壁に印をつけた。
それを見たグリセルダは難しい顔をする。
「うーむ……どうするか、槍でもあれば良いのだが」
カマキリの問題は攻撃力もあるが、硬い外骨格と持ち前の鎌による長いリーチだ。
まあ、俺が思いつくのは先程と同じ戦法だ。
「まあ、さっきと同じで行こう。俺がカマキリのターゲットになる。適当に走り回る間にグリセルダがパワースラッシュを撃つ。ここを通過できないようだと、多分最下層にもたどり着けないだろうな」
「……そうだな」
「よし、行くか。10数えてから中にはいってきてくれ」
「解った」
そして、俺はあのカマキリの前に立ちはだかり、ついでに現れた巨大なハチの群れも倒す。
そして話は元に戻る。
この長い話を休み休み、そして俺にとって都合の悪いシーンは注意深く取り除いてグリセルダに語り終えた。
流石にスクショを撮りたくて興奮してるところとか、握手券スキルのくだりは変態過ぎるからな……。自分の下心は自覚してるのでできれば隠し通したい。
話が終わる頃、熱々で飲めなかった白湯は、もう水に戻っていた。
「なるほど……」
グリセルダはふう、とため息を付く。納得したような、納得してないような顔だ。
「貴公が風体にそぐわぬ高級品ばかり持っているのはそういうわけだったか」
「はい……」
まあ怪しいよな、俺みたいなやつの姿は……。
グリセルダはほんの数ミクロンだけ表情筋を緩める。
「責めているのではない、貴公の人徳であろう」
「そうかねえ、本当に、文字通りの意味で運が良かっただけじゃないか?」
あのおっさんと出会ったのは【幸運のおまじない】のおかげな気がしてならないしな。
「そのスフォーとやらも、チケンが邪悪ならおそらくそれを託さなかったであろうよ」
「そんなもんかね」
「私はそう思うが。まあ、人を見る目がないので大きな事は言えぬ」
グリセルダは何度もゲーム中で裏切られ、死んでいるんだった。
見る目がないと言うよりは、運がなかっただけだと俺は思うが。ガチで幸運が1だったしな……。
「それで、チケンはその治験とやらをしていると。まだ連絡は取れぬのか?」
「取れないんだな、これが。本格実証実験に入るまでは、ちょいちょい連絡取れてたんだけどなあ」
本当に、まだ連絡は来ない。一体今はどうなってるんだろうな、あの病室。
「多分、体は死んでないから大丈夫だと思う」
「なら良いのだが……」
グリセルダが俺のことを気にかけてくれている。素直に嬉しい。
「それにしても、私は架空の存在である、というが、私には現実に記憶がある。本当に私が架空の存在だったら、どれほど気が楽か、とは思う」
本当に失礼なことを言ってしまった自覚はある。でも本当のことを話すという約束だったから……。
「だが、存在があやふやなりに私にもやらねばならぬことがある」
「……それは俺が聞いて良いことか?」
「まあ、構わぬだろう。おそらくチケンの手を借りねば私もここにたどり着けなかっただろうしな」
グリセルダもすっかり水になった白湯を一気に飲み干した。
「そう、私も何度も死んだ。その記憶が全てある。まだ時間があるのなら、話をしようか」
ステータスの時計を見ると、まだ20時ほどだった。話を聞いてから寝ても、十分睡眠は取れるだろう。




