第34話 撮れないスクショ
すぐ寝られる、と思ったんだが。
うとうと……と寝落ちする直前、俺は気がついてしまった。すぐ横にグリセルダの寝顔がある!?
ゲーム内で結婚しても一回もグラフィックのなかった寝顔が!?
グリセルダはすやすやと、穏やかな寝息を立てていた。
ああああああああああ、聞いたことのないボイスうううううう!
録音したい! 誰かこれ録音して動画共有サイトにアップしてくれ!
このゲーム録画機能ないのか!?
俺はカッと目を見開きたいのを我慢して、恐る恐る、不自然でないようにゆっくり薄目で横を見る。
疲れ果ててやっと落ち着いて寝られるからか、今までで一番警戒心のない顔で寝ている。さっきの仮眠や最初に見た泉に腰掛けているときのグリセルダは睡眠中でも警戒度MAXといった趣だった。
野良猫を保護して家猫になると警戒心の塊だったのが穏やかな顔になるっていう、そんな例えがぴったりかもしれない。
警戒心に溢れた顔が、あんな穏やかな寝顔になるとは……。白いローブにくるまれて、長い髪の一部が顔に垂れているのも美しい装飾にすら見える。
なんかそう言う名画がルネサンスとかにありそう。
俺、メカクレ属性無いけど、今湧いてきた。今ならメカクレの何が良いか分かった。全てを理解した気持ちになる。
うぼぁああああああああああ!
俺は絶叫したい気持ちを唇を噛み締めながら耐え、代わりに心の中で絶叫した。
超レアイベントスチルだぁああああああ!
スクリーンショット! スクリーンショット!
俺はスクショをするべくもう一度隅から隅までステータス画面や各種ウィンドウを舐めるように探したが、やはり全然見つからなかった。
このクソバグがよおおおおおお!
プログラマーのバカ! アホ! おたんこなす!
千載一遇のチャンスだろうが、今スクショ撮らんでいつ撮るんだよボケぇえええ!
(PrintScreen! Win+PrintScreen! Win+Shift+S!)
(電源ボタン+音量下ボタン! サイドボタン+音量上ボタン!)
いくら念じてもソフトウェアキーボードも出てこないし、スクリーンショットを撮影しましたという表示も出ない。このクソゲーが!!
うう、辛い……。
今の俺、行動に移してないけどまさに不審者だな。
グリセルダ、パーティーメンバーが変質者になっててごめん……。
そして良かった、今の俺がハーフリングの幼女の姿で。だって何もついてないから。
人間のおっさんの姿だとあまりにも何が起きるかわからない。この姿なら何とか本能に抗える……はずだ……。
今の姿なら力で絶対グリセルダに敵わないので、最悪返り討ちにしてもらうことも出来る。少なくとも俺が彼女を傷つけることは出来ない。
駄目だ、全然落ち着かない。
そうだ、こういうときは素数を数えよう。漫画で読んだことある。
1、2,3,5,7、13…………103……107…………223…………
そうやって、固く目を閉じて素数を数えるのに飽きた頃、なんとか俺の意識が眠りに落ちた。
気がつくと、泉の上から明るい光がこぼれている。グリセルダはすっかり身だしなみを整え、血糊のついた衣服も清潔になっていた。グリセルダに渡したローブもきれいに畳まれている。
洗濯する魔法とかあるのかな。
「おはよう、チケン」
「おふぁよう……もう朝か」
「疲れていたのか? ぐっすり眠っていたな」
「まあな……」
言えないよな、スクショを撮りたくて悶えて興奮してた疲れたとか。
今まで俺の人生において圧倒的ナンバーワン推しであったメテクエのエト姫に並ぶくらいの順位に追い上げてきたグリセルダがすぐ横にいて、穏やかに寝ている(ゲーム中では一回もなかった)なんてことがあって、まともに寝付けるわけがないのだ。
なんか思い出すだけで興奮する。落ち着こう。深呼吸をする。
少なくともあと数日は一緒だ。それまでの間にバグが修正されスクショを撮るタイミングがあることを全力で神に祈ろう。
ふとガサガサベチョベチョという音が聞こえて、見ると二重になった結界の外側にだけスライムや虫がたかっていた。
「本当にすごいな、この結界は。二重にするまでもない堅固さだ」
「だよなー」
俺は我が事のように自慢したが、実際はスフォーのおっさんの手柄である。
すまんな、おっさん……。俺がいいところだけ持っていってしまって。
とりあえず、朝飯はなんか食ったほうが良いな。今日も結構歩く予定だし。
時間は朝5時。少なくとも7時間くらいは寝ていたんだろう。俺はまだ眠いけど。
「なんか作るから、ちょっとまってて……ふわぁ……」
「……宜しく頼む。なにか出来ることはあるか?」
「火、焚いといて欲しい」
「承知した」
キビキビしたグリセルダと対象的に、俺はしょぼしょぼした目をこすりながらカバンを探す。グリセルダが元気そうになっていてよかった。
俺は寝付きは良いのだが寝覚めは悪い。なので、実際に行動するよりも早めに目を覚まさないと通勤すらままならない。
寝付きは悪いがスッキリ目が覚めるのとどっちが良いんだろうなあ。
鞄の中にある食えそうな物は、昨日のネズミジャーキーとバランス栄養食だ。バランス栄養食は7日分持ち出したので、まだ多少余裕がある。
それとカブトムシがまだ2,3匹入っていた。あれは甘くてどっしりした、メープルシロップ味の土という感じだったから、最後の最後の非常食にするか……。
結局悩んだ末にネズミのジャーキーを薄く切って出汁をとり、それをそのまま具にして塩を入れた薄いスープを作り、それとバランス栄養食を二つに割って、大きい方をグリセルダに渡して食べた。
ネズミ肉はすっかり出汁が抜けて味はしなかったが、柔らかく消化の負担になるような硬さではなくなっていた。
俺は体が小さい分、そんなに食べなくていいだろう。グリセルダには足りないかもしれないから、大きい獲物を取って食わせたいところだ。
この迷宮、植物の類が全然ないから本当に困る。健康を考えると野菜類も摂りたい。まあ、無理か……。
「ほい。材料がネズミだけど……食えなくはないよ。あとビスケットね」
「いただくとしよう」
グリセルダはスープを受け取ると黙々と食べ始めた。
もともと口数が多いタイプのキャラじゃないのでそんなものかも知れない。でも、食べ方に生気があるように見える。
昨日は重湯のような何かを飲むのも精一杯のような、そんな感じだったから。
元気が出て何よりだ。
「……不躾なことを聞くんだけどさ」
「何か?」
「ネズミとか、コウモリとか、食べるの嫌じゃないのか? 腐ってもお姫様だろ、グリセルダ」
「……出されたものは食べる。そう教えられた。それに、今それにこだわって飢え死にしたら、目的が達せられぬからな」
貴族は式典とかパーティーに出るのが仕事だから、確かにそうかも知れない。相手側が用意した料理が微妙でも、口をつけないのは失礼に当たることも多いだろうしな……。
「多分しばらくそう言うゲテモノが続くだろうから、先に謝っとくな」
「自分で作らない者に何も言う権利はなかろう、構わぬ。これからも頼りにしている」
俺の薄い自炊能力(たまにカレーや目玉焼きやナポリタンを作ってサバイバル料理動画を見る)でも、多分グリセルダの自炊力よりは高いんだろう。
記憶の奥底から色々掘り出してなんとかしていきたいところだ。




