第32話 チケンの疑念
ステータスの時計を見ると、眠ってから30分ほどが経っていた。
時刻は16時25分とある。やっぱり清野さんや吉田さんからの連絡はなかったな。
横を見ると、すぐに動ける姿勢で剣を持ったままグリセルダがウトウトとしていた。ずっと仮眠しかしてなかったんだもんな、少しは休ませてやりたいところだ。
しかし、俺はそろそろ出発するべきかもしれない。
一週間の期限で最下層まで行けるかが解らないからだ。
しかし、置いていって大丈夫だろうか。グリセルダって自炊力なさそうなんだよな……。NPCなのかもしれないが、だとしても心配になる。
この先どうするかを考えつつ、結界の中に入り込もうとしているスライムや虫をベシベシと処理して軽いレベリングをする。しばらくするとグリセルダが目を覚ましたようだった。
「おはよう」
「ああ、おはよう。久々にまともに寝た気がする」
「……ならいいけど」
いやいや、1時間も寝てないだろ……。
「なあ、グリセルダ。俺はそろそろ出発するけど、お前はどうするんだ?」
「…………」
グリセルダは何か言いたそうだが、言い出せないような、そんな顔をしていた。仕方ない、話してみるか。
「グリセルダ、聞きたいんだけど」
「何だ」
「食料とか調理器具とか水袋持ってきてる?」
「無い」
「最初に持ち物選ぶ時もらわなかった?」
「剣を二振りと砥石と手入れ用具だけだな」
ああー、いい感じに脳筋だなぁ……。
こんな状況じゃなければ、これぞグリセルダだよって喜ぶんだが、今は喜べない。
「動物の解体やったことある?」
「無い」
「鑑定スキルもってる?」
「無い」
「だよなぁ」
うーん、ちょっと思ったより状況が悪いな。
グリセルダがポンコツというよりは、システムを何も理解していないせいだろう。なんでこんなお嬢様をダンジョンにぶち込もうと思ったんだよ、制作会社は。
こんなんじゃただ野垂れ死ぬだけじゃないか。
「俺って小柄で力がないだろ?」
「……そうだな。驚くほど身軽なことには驚かされたが」
「そんでさ、よかったらなんだけど」
「何だ?」
「俺と一緒に最下層目指さない? モンスター倒す担当がいると心強いんだよね」
俺の言葉にグリセルダは少し目を見開いたが、すぐに平静な顔に戻る。
「正直言って、私では貴公の足手まといになるのでは?」
ちゃんと自分のことを把握してるのはグリセルダの美点だ。
ローレンツェンの中でもできないことはできない、ときっぱり言うタイプのキャラだったもんな。
ローレンツェンの名言を思い出す。
『私とて出来ぬことはある。貴様を清潔にすることだ』
マッチョ先輩へのお言葉である。ああ、素晴らしい。でも、ベクトルが違うな……こういう一面もあるのか。
「生活面ではそうだな。でも俺は基本戦闘無しで最下層まで行くために、全部の敵から回避で逃げていく基本戦略だったんだ。だが、本によるとこの先、オオカマキリとか、大蜘蛛とか、アンデッドナイトとかの隠密行動が通じなさそうな敵がちょくちょくいるらしいんだよ。だから、パーティーを組めると、比較的安全かなと思うんだ」
「……私と、パーティーを?」
「そう。仲間になってくれたら安心かなと」
グリセルダは俺を値踏みするような目で見ている。うーん、こういう顔たまらん。好みだ。
「ただ、グリセルダにも事情があるだろうし、俺の中身は本当に三十路のおっさんだし。マナーもクソもないおっさんが嫌がる令嬢につきまとうのは申し訳ないと思ってるから、無理強いはしない」
俺、ガワは幼女だが中身と声と本体はめちゃくちゃおっさんである。
下心がありそうと思われるのも嫌だし、自分に下心がないとは一ミリも思わない。だからこそあまり強制は出来ないんだよなあ……。
この体じゃなんにも出来ないし、逆に何かしても返り討ちに合うんだろうけども。
このグリセルダがいつの時期のグリセルダかはわからないが、16~20歳の間くらいだろう。学園入学が16で、王太子と結婚したのが18、死んだのが20だから。
流石になぁ……大人っぽいとはいえ、こんなに若い女の子を誘うのは気が引ける。けど、放置も出来ねえんだよな……。
我ながら面倒なおっさんだ。
俺が放置した結果、ローレンツェンの酷いエンディングみたいになったら一週間くらい落ち込みそうだし。でもグリセルダが嫌だったら諦めるしか無い。
暫く経ったがグリセルダは口を開かず何かを考え込んでいた。
誘わないほうが良かったか。変な気を使わせてしまった気がする。
しばし重い沈黙が流れる。手持ち無沙汰になった俺はその間、さっきいぶしていたネズミの燻製の様子を見ることにした。薄く切って燻しただけだけど、火は通ってるっぽいし大丈夫だろう。多分。一応鑑定もしてみるか。
『オオネズミのジャーキー/ 手作り。ペットにも安心の薄味。食用可』
味見をすると、本当に薄味のジャーキーだった。でも、以外にツタの煙がいい味をつけてくれている。犬猫の餌とかに出来そう。やる犬も猫もいないんだけど。
俺はカバンの中に入っていた空の弁当箱っぽいケースにネズミジャーキーをしまう。
とりあえず、グリセルダの返事がない。嫌な感じで恩を売って困らせてしまったのかも知れない。申し訳ないことをしたな。
一人で出発するしかなさそうだ。せめて残りのまともな携帯食を置いていくか……。
グリセルダのことは心配だが、本人の意志に逆らうわけにも行かないしな。
「グリセルダ、何か無理なこと言ってごめんな。俺、そろそろ行くから」
そう言って立ち上がろうとする俺に、グリセルダはようやく口を開いた。
「いや……貴公さえ良ければ同行したい」
「えっ、いいのか? 謎のおっさんとパーティー組んで」
ここまで待たされたので、てっきりお祈りされたのかと思っていた。
「ふふ、おっさんと称しても見た目は童女だ……成人の義務として童女を放置するわけにも行くまいよ」
「だからおっさんなんだって。そういう見た目の種族で俺は三十なんだってば!」
グリセルダは、初めて面白そうに笑った。こんな笑顔を見るの初めてで、俺はちょっとだけドキっとする。すげー可愛いんだが……!
「ははは、解った。チケンは三十路の童女だ。理解したとも」
「わ、解ってねぇー! いいのか、おっさんと寝食をともにして!」
「構わぬ。少なくとも見た目は女だ。……それに、少なくとも私一人では最下層にたどり着けぬことはここ数日の生活で把握している。己の力量は解っているつもりだ。先達がいるなら従うべきだろう」
グリセルダは冷静だった。よかった。現実に戻った時に後味の悪いエンドを見る確率は減らせそうだ。
よかった。少なくともコウモリを黙って食ってくれるくらいだし、ダンジョンでも何かしら食わせてやれるだろう。こんなところで死骸の山に囲まれてじわじわと飢え死にするよりは、きっとマシだと思う。
グリセルダは俺の前にひざまずいて、俺に手を差し伸べる。
「これからは仲間だ、宜しく頼む」
「おう! 宜しくな!」
俺は、グリセルダの手を取った。グリセルダの手が大きいと言うよりは、俺の手が小さすぎてまるで、子供と大人の握手だ。
実際には、俺のほうが大人なんだけれど。グリセルダの手は手袋越しでも、なんとなく暖かかい。
それが本当に実在の人物であることを感じさせてくれて、すごく嬉しかった。




