第29話 一方的な再会
背の高い人物はうつむき、泉の周りの石に座って立てた剣にもたれかかっている。
ミルクティーみたいな色の長い髪を後ろでまとめていた。
顔はわからないが、仕立てのいい軍服のような服を着ていて、疲れ果てて浅い眠りに落ちているようだった。
そして、その仕立てのいい軍服には明らかに返り血がべっとりとついている。新しいものも、乾いたものも。
つまり、この人間がこの周辺の獣を皆殺しにしたのだ。
うーん、どうしよう、話して分かりそうな人物なら話して見るんだが、この積み上げた死骸の意味がわからない。どう見ても戦闘能力だけでいうと俺の数十倍はありそうだ。
話しかけて理解しあえればいいが、うっかり話しかけたせいで俺が死骸の仲間入りする可能性もある。それは御免被りたい。
俺は一旦その場を離れ、カバンから浄水石入の水袋を取り出した。隠密行動と幸運のおまじないをかけ直し、再度そろりと泉に近づく。
ゆっくり、慎重に動く。
この軍人が起きないことを祈って、俺はできるだけその軍人から遠い場所で静かに水袋に水を入れることに成功した。
(よ、よかったー……起きなくて……よし、とっとと逃げよう)
水袋に蓋をして、そろりと離れようとしたその時だった。
「キー!」
鋭い鳴き声がした。あ、そうだ。コウモリ……。
コウモリはスキル【音声視覚化】を持っている。俺の行動がごまかせるわけがなかったのだ。
しくじった。血糊やスライム、虫を踏んで音を立てないようにはしていたが天井までは観察していなかった。
「何奴!」
軍人は一瞬で目を覚まし、反射的な動きだろうか、一瞬で俺に気が付くと高速の速さで剣を振る。
剣を振る速さで風圧が生まれ、周囲にいたスライムが哀れにも吹き飛んでいく。直撃したら即死を超えてミンチになりそうだ。
……やっぱ完全回避型にしてよかった、俺の選択は間違ってなかった!
よし、次の手を打とう。
「待って! 殺さないでくれ!」
俺はプライドなんかないので、余裕で命乞いをした。雑魚っぽいな。
いや、実際雑魚だけど……。なかなか攻撃の当たらない金属スライムみたいな感じの。
「我が剣の一撃で沈まぬとは……その形は異人の盗賊か、我が剣にて果てよ!」
軍人は低い声の女だった。凄まじい速度でショートソードを振り俺に襲いかかる。
泉周辺は狭い。腰に佩いたサーベルではなくショートソードを選ぶあたり戦い慣れているようだ。
だが、ここに来るまでに俺は素早さはカンスト、幸運は70を超えるまでに成長している。
それにスキルの幸運のおまじないを足すと完全回避がほぼ完璧なものになる。
通常の回避と完全回避が合わさり、凄まじい剣技を難なく回避していく。それに加えてさらに追加で幸運のおまじないを使っている。
よほどでなければ俺に当てることは出来ないはずだ。
「逃げるな、下劣な賊め!」
「待てよ、話を聞けって!」
俺は上に、下に、斜めに、女軍人の剣を変幻自在に避ける。
だが女軍人も剣さばきが凄まじい。下に振ったかと思えばいきなり俺が逃げそうな斜め上に切っ先を飛ばし、数ミリの差で死にかけることが何度もあった。
こんなことをしながらでも俺は【幸運のおまじない】のことを思い出して時々かけ直す。このスキルの持続時間は数分だが、重ねがけが3回まで出来る。
幸運が高いほど攻撃を避けやすい。そして、3回目の重ねがけをしたとき、ある事に気がついた。
「あっ、ローレンツェン!」
俺の叫びに女軍人は目を見開いて驚愕している。剣の動きは止まっている。
思い出した、顔つきが暗く険しく、服が血で汚れているから気が付かなかった。
こいつ、ローレンツェンのグリセルダだよ!
声と髪の色、身長が同じだ!
「あんた、グリセルダだろ!」
「……共和国派の手のものか!?」
剣をとり、体勢を立て直そうとする女軍人の前で俺は、腰に下げたナイフを床に置き、カバンも革鎧も、水袋も置いて両手を上げた。
「見ての通り、俺は何の武装もしていない。何なら検査してくれてもいい」
女軍人、おそらくグリセルダは油断せず俺を睨みつけている。いつでも殺せる、と言わんばかりの顔だ。
「お前からすれば俺は異人種の賊だろう。だが、お前は剣を持たぬものには手を上げない。たとえそれが自国民の反乱者でも。それがグリセルダ・フォン・リーフェンシュタール、だろ?」
「お前は誰だ!」
初めて厳しい声を上げた。焦りを感じているようにも見える。
「俺の名前はチケン。お前を一方的に知ってるだけのただの無職だよ」
「無職が何用だ」
「グリセルダたんには何の用事もないけど……」
「ならば、何故追ってきた」
「追ってないです。あの、その……そこの泉。水、汲んでもいい?」
きょとんとした顔をしてグリセルダは俺を見つめる。こんな顔、ゲーム中じゃ一回も見なかったな。いい顔だ。
「……私の命を狙いに来たのでは?」
「何で俺がそんなことを。俺はここの地下に向かいたいだけだよ。それで、水を汲んで第三層への入口を探すところだったんだ」
「何故普通に水を汲まないのだ」
うーん、周囲の異常さにグリセルダは気がついていないのか……。
「こんな大量のモンスターを殺したっぽいヤツが泉を守ってるんだもん。そりゃ隠れて水を汲むって選択肢になるよ。俺、その死骸の山の仲間になるの嫌だもん」
「……ああ、なるほど。理解した……」
グリセルダはショートソードを鞘にしまうと、疲れ切ったかのようにまた泉の縁の石に腰掛けため息をついた。
「すまない、好きなだけ汲んでいくがいい。迷惑をかけたようだ……」
素に戻ったグリセルダは力ない顔で俺に謝罪をした。何となくこのキャラらしくないな、とは思った。それに顔色がすごく悪い。
「何か顔色悪いけど、大丈夫? 飯食ってる?」
俺は思わず実家のかーちゃんみたいな声掛けをしてしまった。
「飯、か……。いや、ここに来てから水しか飲んでいない。もうここに来てから何日経ったかもわからないが……」
「えっ、ちょっと待ってろ!」
それは、流石にスルーできないよなぁ……。相手がNPCだとしても、見捨てるのは落ち着かない。
俺はカバンから携帯食を取り出し、コップにバランス栄養食みたいなビスケットを砕いて泉の水でふやかして僅かな塩を入れて松明の火で温め、ごく薄いおかゆっぽいものを作った。おかゆと言うより重湯に近い。
空腹で普通食を食わせると死ぬ、というのは豊臣秀吉が教えてくれたので薄くした。
ゲーム内だから大丈夫かもしれないが、もし駄目だった場合俺が食わせた物でグリセルダ死ぬのは、あまりにも受け入れ難いからだ。
「あんま美味しくないかもだけど、食べなよ」
俺はコップに入った薄い重湯っぽい何かを差し出した。
少なくとも普通の食べ物を原料にして、加熱して、それから冷ました。味はともかく食えはするし、食中毒は起こさないだろう。
グリセルダは、少し迷っていたが、俺の手からコップを受け取り、ゆっくりと飲み始めた。本当にゆっくり飲んで、ふう、と深い息をつく。
心なしか、顔色は少し良くなっている気がする。
「温かいものを食べたのはどれくらい振りだろうか。……チケンとやら、貴公の好意に感謝する」
グリセルダはコップを俺に返すと、華麗に一礼した。やっぱり、こいつグリセルダだよな。自分からは名乗ってないけど。
「別にそのくらいはいいけど。……あんたグリセルダだろ?」
「その通り、我が名はグリセルダ。リーフェンシュタール公爵家の者である」
「なんでそんな公爵令嬢がこんなところにいるんだ、おかしいだろ」
というか、そもそもこのゲームの中にいるのもイレギュラーな気がする。
ローレンツェンのゲームの会社の関連会社が作ったゲームではある。
しかし過去この手のコラボをしたことはなかったはずだ。
「……確かにそうだな」
グリセルダは暗く、力のない顔をして俺の言葉に肯いた。
ゲーム内では厳しい氷のようだが、張り詰めた、精気のある顔だった。
その面影は、今や見る影もない。




