第24話 おっさんとの出会い
俺は【隠密行動】をかけつつも小さな林の中を眺めて回る。
夕暮れ時かと思いきや、数時間経っても周辺の明るさは全然変わらないのは助かるが、いつ寝ればいいんだろうな……そして、どこで寝ればいいんだろう。悩むな。
食いでの有りそうなものや役に立ちそうな物を探したが今のところカブトムシと樹液しか見つかっていない。樹液を水袋にいれるわけにも行かないので、今のところ戦利品はカブトムシだけだ。小学生男子かよ。
持てるだけカブトムシを持って(要らなくなったら捨てればいいので)俺は小さな林の外に出てウロウロする。途中、スキル熟練度を上げるためにもMPの許す範囲で幸運のおまじないもかけまくる。
気がつくと俺の前に黒いモヤが立っていた。
「うわああああああ!?」
「ええええええええ?」
叫び声を出すと流石に隠密行動は解ける。相手も叫んでいたような気がする。
俺は霊に対応するスキルも武器もない。慌てて逃げ出すと、後ろからモヤが俺に声をかける。
「待って! そこの『カブトムシの天敵』の若者、ちょっと待ってくれ!」
ん? もしかして、プレイヤー、もしくはNPCか……?
黒いモヤは途中まで俺を追ってきたものの、ある一線から先に進まず、ただ俺を叫んで呼び止めていた。後ろを見ると、黒いモヤがある一線に立ったまま手招きをしている。
「君、ちょっとこっちに来てくれ、何も悪いことはしないから!」
いやー、どうだろうな……でも序盤だしな……。
しかし、ダンジョンの情報が少しでも欲しいことは確か。俺はギリギリ黒いモヤが届かない場所まで近づいて話しかけることにした。
「何か用か?」
「いやー、人に会うのは5、60年ぶりくらいでね、話をしたかったんだよ、話を!」
なんか黒いモヤは呑気なおっさんのようだった。
こんな状況で出会って話す余裕があるのか。
「俺はこの地下12層まで行かなきゃいけないんだけど……おっさんはどの種族なんだ? キャラメイクのときそう言う種族はなかった気がするんだけど」
「おじさんは人間だよ、ここでうっかり野垂れ死んだのさ!」
「えっ……ご愁傷さまです……。線香でもあればあげるんだけどな、持ってないんだゴメン」
俺は一応手を合わせて拝んでおいた。呪われたくないし。
「いやー、ここにね、もう他では絶滅している巨大な虫がいると聞いてやってきたんだけどね。あの鹿いるでしょ? あれに背中からざっくりやられて死んじゃってねえ。ここは魂の墓場だから、外に出ることも出来ないし」
やっぱあの鹿やばかったんだな。明らかにドリル状の角に殺意がみなぎってるもんな……。常に隠密行動を使ってて正解だったわけだ。
「巨大な虫って、クソでかいカマキリとか?」
「いや、そこまででかいのは趣味じゃないかな……。おじさんが探していたのはでかいカブトムシだよ。ここではまだ絶滅してないって聞いて観察に来たんだけど、見当たらなくてねえ」
「カブトムシってもしかしてこれか?」
俺がさっきのメープルオオカブトの死骸を袋から取り出すと、おっさんは黒いモヤなのにどことなく目を輝かせているようだった。
「こ、こ、これだよおおおおおおお! うひょー、メープルちゅぁあああああああん! 会いたかったよおおお!」
あまりに喜びすぎて俺はちょっと引いた。喜び方のレベルがカブトムシ見た小学生低学年と同じレベルなんだよ。
「ほら、こんなんでいいなら持っていきなよ、まだまだあるし……」
俺は袋を逆さにしてメープルオオカブトを全部おっさんの拾える場所に落としてやった。すると、おっさんは目を輝かせてカブトムシを全部懐に入れた。
モヤは後ろが透けて見えるのに、カブトムシはどこかに吸い込まれるように消えていった。
どうもこのおっさんに俺を攻撃する気はないらしい。
「はー、これを標本にするのがおじさんの夢だったんだよ。できれば生きているやつも見られればいいんだが……」
「いる場所近いよ、一緒に来る? 暇だし案内するぞ」
「それがねえ、地面見て。地面に薄い白い石が埋まってるでしょ」
よく見ると、まるで道路のセンターラインのように白い石がかなり長い距離、切れ目なく埋められていた。
「これ、おじさんが生前に作った結界なんだけど、結界の外で怪我して結界の中に逃げ込んで死んだら、出られなくなっちゃったんだよね……」
このおっさんドジっ子属性があるのか……。
「石引っこ抜いたらいけない?」
「君、魔力ある?」
「自慢だけど1だぞ」
「あ、はい。じゃあ無理かな……これはおじさんが作った結界なんだけど、おじさんは生前法術師だったんだよ。特に霊魂を封じ込めるのが得意なタイプの……。おじさんレベルの魔力がないと多分抜けないよ」
死んだら自分が一番の敵になったって、可哀想なおっさんだな……。
「じゃあさ、おっさんちょっと待ってて、ここにいなよ」
「わかった」
黒いモヤのおっさんは大人しくそこに座り込み、地面に黒く丸いモヤが生まれた。
「んじゃちょっと行ってくる。【隠密行動】」
すると、おっさんの視界から俺が消えたのか、おっさんはキョロキョロと俺を探しているようだった。これ、霊体からも見えなくなるのか。良い情報を得たな。
俺は【隠密行動】のお陰で歩いて10分ほどで先程のメープルツリーの林に到着し、樹液に夢中なカブトムシに袋を被せて無事捕獲した。
ブブブブブブブブブ! と袋の中で勢いよく飛び回り始め、隠密行動が解ける。現実の俺の握りこぶしくらいの大きさだけあって、俺の細腕では制御不可能なほどの暴れっぷりだ。慌てて俺はさっきのおっさんのところに走って戻った。
「おおおおお! これが生きてるメープルちゃん!」
モヤのおっさんが袋の中に手を突っ込んでなでまわすと、カブトムシは大人しくなったようだった。袋から出すと、モヤのおっさんの上で大人しくしている。
「いやあ素晴らしいね、生きているメープルオオカブトがこの手の上にいるとは……うん、君にはなにかお礼をしたほうが良いかな」
「お金とか?」
「ダンジョンに店はないんじゃないかな」
「あるダンジョンもあるんだよ」
「それは知らなかったな……まあ君なら結界を越えられるか。ついておいで」
おっさんが反転して襲いかかってきてもカンストの素早さで逃げて隠密行動すればいいだろう。とやや疑い気味で俺はおっさんについて行った。
少しでもこのダンジョンについて情報を得たい気持ちもある。
おっさんについていくと、そこには立派な服とりっぱなカバンを装備した骸骨がそこに横たわっていた。
立派な服の背中には、血の跡があり大きな穴が空いている。なるほど、あの一角鹿にやられた跡か……。
「これね、おじさんの死体」
モヤはそう言って骸骨を指さした。
そんな、自分の死体をミキプルーンの苗木みたいな軽さで言わないで欲しい……。
VRとはいえ、フルダイブ型だ。生々しい現実感のある遺骨に、俺はちょっとうろたえる。
「あはは、君は人の死体を見たことがないんだね」
「あるわけないだろ! こちとら一般人やぞ!」
「一般人がこんな場所に来るもんかねえ……」
モヤのおっさんは小首を傾げているようだった。




