第172話 贅沢なスマホの使い方
俺は意図的にゆっくりと深呼吸をした。脳に酸素を回し、思考を回復させねばならない。
ヴェレルが美少女なりきりオタクであるということに、一瞬で思考が停止したのだ。脳が理解を拒否している。
だって、ヴェレル社長って写真見たことあるけど(ゲーム雑誌のインタビューにはよく出ていたので)眉毛が濃くて、体格が良くて、スーツでバッチリ決めてる男性ホルモンムンムンのTHEおっさん! って感じの見た目だ。
金! 権力! 女! って感じの外見だがその最後の女がTSとか思わねえじゃん?!
「……キモオタじゃん」
「厄介オタクっすよね……まさか、サラに元ネタがあるなんて勤務中は全然知らんかったっす……スフォー長官に教えてもらったんすよ」
「匿名掲示板ではローレンツェンも蘇芳もサラという女に振られたヴェレル社長の狂気の結晶とか言われてたよな。ある意味当たらずしも遠からずってとこか。サラカスって荒らしもいたけど、熱狂的ファンかなんかなのかなあ」
それを聞いてカハールカさんは沈痛な面持ちになった。
「社内では有名な話だったから、まあ言ってもいいっすよね。その匿名掲示板で荒らしまくってる通称サラカス、それ、ヴェレル社長なんすよ……しかも、自分でスマホいじって荒らしてるんす……」
それを聞いて俺は目を丸くした。
何度か匿名掲示板は情報集めのために覗いたが、確かにサラカスとかいう頭のおかしい半コテハンがいたのは覚えている。
文章が特徴的すぎて俺みたいな外野から見てもわかるのだ。
「うっそだろ、サラカスって匿名掲示板に二十四時間張り付いてる基地外じゃん!」
「よく考えてみて欲しいっす、金持ちならいくらでも副運用体を作れるんすよ。会社に荒らし専用のヴェレル社長が二人いるんすよ、なんなら本体も時々荒らしに行くんすよ……」
「金の無駄使いすぎるだろ!!」
それを聞いた吉田さんも清野さんもエト姫も目を見開いて驚愕していた。
匿名掲示板とは? とグリセルダとおタヒに聞かれたカハールカさんは、スマホを取り出して過去ログを見せていた。翻訳機能が有るので一応二人にも文字は読める。
「ほら、ここの赤くなってるとこが全部サラカスというか、ヴェレル社長の発言っす……」
今まで意味がわからず静観していた二人の眉間に今までにないシワが寄った。そのログを見た三人は頭を抱えるような表情をしている。
「カハールカ氏これ事実?! 今まで聞いた中で最高に頭悪い使い方なんだけども! いや、内偵報告で上がってたけど、アホすぎて嘘だと思ってスルーしてた……」
「宇宙で一番無駄な副運用体の使い方ですね……」
「まだ金をドブに捨てたほうが拾った人が幸せになる分マシですね。サラカスってAIにやらせてると思ってました、私……」
上からエト姫、清野さん、吉田さんのお言葉である。吉田さん、匿名掲示板のことまで知ってるのすごいな。
「ねえ、副運用体とやら、どのくらいの金子で作れるものなの? 価値が全然わからないわ」
おタヒの意見に同じくである。俺も具体的にいくらするか知らない。安くはないんだろうが……。
「うーん、星ごとに価値観が違うからねえ。ちょっとした高級車一台分かな、貴族用の馬車や牛車と思ってもらえれば。もちろん牛や馬も込の値段で。庶民にはちょっと手の届かない金額だね」
「そうなんすよねー、だから星間司法庁の勧誘にのってしまったわけッス……一体で二百年は使えますからね。二馬力で働けば元は取れるんすけど、最初の一体目が中々……」
説明を聞いて二人と俺も納得した。ヴェレルはとんでもなく金持ちで、とんでもなくバカだ。スマホを運用するために、まず人間から作る。こんな贅沢な使い方はどこの国の王様だってしないだろう……。
「なるほどねえ……確かに金持ちのようね、使い方が間違ってると思うけど」
「大金をそのようなくだらぬ行いに使っているのか……」
俺はそこで誰にも言ってないことを思い出した。インテは知っているが。
「なあ、それで思い出したんだが、あの巨大ロボットいたろ? テオデジが作ったロボットゲームのデータを流用して作ったとかいう……」
「あったな、ファビエが珍しく怒ってたよ」
「うっ、トラウマをえぐるのはやめて欲しいっす!」
カハールカさんの言葉を無視して俺は続ける。
「コックピットに入るのに、パスワードが必要だったんだけど、それがこっちの言葉で『神々しく美しいサラ』だったって話、信じるか?」
そういうと全員がすごい顔になった。良かった、こんな秘密俺一人の胸に納めておくにはあまりにも辛すぎる。皆でこの辛い思い出を共有し、負担を軽くしたい。
皆俺と同じ気持ちになぁれ!
「ぱすわあどって、合言葉ってことよね……?」
「そうです、難しくて長いほど良いとされていますが……確かに、パスワード強度は高いが……嘘だろ……」
「マジっすか、内務庁やめてよかったって今心から思ってるっす……」
「……誰だ、あいつを内務長官に任じたのは」
「姫の父君ですよ…………」
「そうだったな。父上ぇ……」
よかった、皆ドン引きしてる。あれに引いたの俺だけじゃないんだ、良かった!
何にもよくないけど良かった!
不幸も幸福も全部お裾分けしていくぞ、俺は!
しかし、流石に落ちてきた爆弾が巨大かつ連続すぎたのか(一個は俺が落としたんだが)、場がお葬式のムードになってきた。なんであんなアホに振り回されてるんだろうという顔をしている。エト姫ですら。
ここは誤魔化していこう。
「そうだ、皆、シャワー浴びたら飯食おう。八尺様が美味しい弁当作ってきてくれたから!」
「そうだな! 茅原氏もたまには良いことを言うな」
「そうですね、姫、お先にどうぞ。ちゃんと着替えてから出てきてくださいね」
そうして、二つあるシャワーブースで代わる代わるシャワーを浴びた後、俺はインテと夕食を準備することにした。最初の爆発の煤が結構付いてたからな……。
盛り付けや配膳なんかは吉田さんも手伝ってくれる。看護師さんとしても働いてたからか、そのへんは流石に手際が良い。清野さんも手伝ってくれて、人数の割には簡単に準備が済んだ。
こんな殺風景な場所でも温かな汁物や、美味しい食事がとれるのは気分転換になる。おタヒは醤油味と塩むすびにごきげんだったし、グリセルダはレプティリアンのローストを美味しく食べていた。
もちろん、エト姫ももりもり食べていたが三回目のおかわりをしようとした時に吉田さんに(姫、スフォー長官が見てますよ♡)と耳打ちされて食べるのをやめていた。
吉田さんやっぱりつええな。自分の上司兼お姫様にもその態度で行けるんだ……。
その後、軽く明日の打ち合わせをする。まだ時刻は21時くらいだがおタヒはもう眠そうだ。
「明日はここから近い材料貯蔵庫か資料室から回りたいところだ。できれば手分けして回りたいところだが、この攻撃量だと厳しいだろうな……」
エト姫が思い悩んでいた。
「俺が隠密行動で見てくるのは?」
「うーん、悪くないんだけど茅原氏が見ても何がおかしくて何が駄目か判断できないだろう?」
「インテがいるじゃん」
「はい! 判断条件を事前に頂ければ私が替わりに判断いたしますよ、なんなら動画配信もできますし」
じゃあそれで行くか、と決まりかけた時、異議が出た。
「駄目よ! チケンは私達といるのよ!」
「チケンを一人にしてもし死んだらどうする」
「死なないと思うけどなあ。俺、隠密行動の熟練度レベル高いし、回避も幸運もカンストしてて通常の攻撃じゃまず当たらないぞ?」
それでも二人は不服そうだ。過保護すぎる。うーん、困ったな。




