第170話 インターネットの煮凝り
爆発と炎上から一時間。まだ外は活動できるような温度ではない。
最初は泣いていたカハールカさんもバリアがあると全然余裕であることを理解すると落ち着いた。
「チワワちゃん! 落ち着くまでマ◯カしないっすか? チケン氏も」
「よくわかんないけどする! 面白そう!」
「いや、流石に今はやめとけよ…………」
「カハールカさん、流石に勤務中は駄目ですよ~」
「ただ待ってる時間辛いっす~!」
吉田さんにも突っ込まれている。カハールカさんはあのヴェレルの下で二十年以上働いていただけあって、中々図太いな……。
清野さんとエト姫は周囲のモニタリングを続けており、それを俺とグリセルダは後ろから見ていた。
「いやーしかし、本物のチワワちゃんとグリちゃん、実物マジメロいっすね……萌え~!……」
SNSの煮凝りみたいなことをいうカハールカさん。うーん、俺より若そうなのに、インターネット老人会兼任でもある。怖い人だ。
「グリちゃん……その呼び方は辞めよ」
グリセルダが心底不快そうな顔で呟いたが、カハールカさんは気にした様子もなかった。
「ローレンツェンと蘇芳の開発チーム皆の愛称だったっす! チワワちゃんもグリちゃんも、何故かハピエンルートが一件も上がってこなくて、珍しくチーム全員でルート作りましょうよ! この二人可愛いじゃないですかって抗議したんすけど、駄目だったんすよね……」
そんな裏話があったのか。知らんかった。そりゃ、それ以外の全員にルートのあるゲームで、一人だけないって明らかにおかしいもんな。
「社長曰く、その二人は悪だから幸せになれないほうが現実味がある、とか主人公のサラと対比してサラの清らかさを際立たせるためだからとか言われてたんすけど……で、現地スタッフで勝手にDLC作ろう! っていって完成直前までいったところで社長に怒られてデータ消されたって言ってたっす。私がテオデジに出向した後に友達に聞いた話っすけど」
ヴェレルはろくなことしないな。そういや、匿名掲示板にほぼコテハンのサラカスとかいう奴がいたけどもしかしてヴェレルじゃねえのか。と、ふと思い出した。
いや、さすがに承認欲求の鬼でも匿名掲示板を荒らすほど暇じゃないか……。国の長官で社長で闇企業のボスで忙しいんだし……。
「それマジでやりたかった……グリセルダとおタヒのハピエン超見たい……!」
「っすよね! 私も見たかったし、作りたかったっす! だから、せめて現実だけでもお手伝いしたいなって。私にできることがあればっすけどね……」
「わかる! すげーわかる! 俺もその気持で今ここに居るから!」
「やっぱそうっすよね?! この二人にもハッピーエンドは必要なんすよ!」
カハールカさんと俺は解釈一致、つまり同担と言って過言ではないようだった。これが同志というやつか! いやー同担がいるのは心強い。しかも開発者側にいる幸せ!
二人でローレンツェンと蘇芳のネタで盛り上がっていると、二人が俺達を不審そうに見つめている。
「……あのカハールカという者、悪意がないのはわかるのだが若干不気味だ……」
「わかるわ、グリセルダ。めてくえの話をするチケンみたいで気持ち悪いわよね」
容赦のないお言葉が素晴らしい。流れ弾で被弾するというご褒美もあるのか……!
なお、同志カハールカは全く気にしてないようである。流石だ。テオネリアの人はメンタルが強いのかな……。
微妙な空気が流れ始めた頃、ようやく爆発の影響で高熱だった室温が活動できる程度まで落ちた。
「そろそろ行くぞ。地図は頭に入れたな? 初期目標は第一キャンプ予定地の従業員休憩室だ。カハールカは遅れず着いてくるように。無理そうなら無理と言え。とはいえ、おタヒ姫でも着いてこられるペースで動くから大丈夫だな?」
「ど、どうかな、わからないっす……」
エト姫の問に明言できないカハールカさん。十一歳に体力で劣る可能性のある成人。不安だ……。
壁の周辺からはほんのりとパネルヒーターのそばにいるような温かさが伝わってきた。物理軽減五割の障壁があるので不快には感じないが、実際は大分熱いんだろう。そして、周りは煤だらけだ。
扉は自動ドアなのに開かなかった。インテと清野さんが力を合わせて鍵開けを試したものの失敗。おそらく鍵自体を破壊されているとのこと。
「壁などは触るなよ、まだ熱い。ヨシュア、出番だ」
「はーい!」
エト姫の言葉に晴れやかな笑顔で、吉田さんがバールのようなものを構える。バールのように見えるが、バールにしてはでかすぎるし先っぽが鋭い。そして、何かバールより重そうである……。
「破片が飛んだらごめんなさいね、えい!」
かわいい掛け声とともに硬そうな金属製の扉に一発で数十センチめり込ませることに成功した。更に数回バールのようなものを打ち下ろすと、ロック部分が壊れたのか力なく分厚いドアが左右に空いた。
ドアが開くと、ふわっと冷たい風が流れ込んでくる。眼の前に広がったのは目が痛くなるほどの白を基調とした、メカニカルでさみしい機械だらけの世界だった。
俺の元職場も殺伐としていたがもうちょっと色とかはあったと思う。危険な機械には黄色と黒の警戒標識や赤いパトランプや警告灯、オレンジのライト、目に優しい色に塗られた床などだ。あまりにも白すぎて目が痛い。
本当にこれは人間が働く前提の施設なのだろうか?
「……なんだか殺風景ね、もう少し色をつけてほしいわ」
「上質ではあるが好みではないな」
「工場にしても、なんか人間のいる感じがしねえな」
俺達三人が適当に感想を述べていると、電子音が鳴り響きアナウンスが流れた。
『不法侵入者を発見しました。刑務作業者、およびエリアキーパーは速やかにこれを排除してください、繰り返します、不法侵入者を発見しました――――』
アナウンスが流れ終わると、ガシャガシャと足音を立てて何かが近づいてくる音がする。俺達は武器を構え、それらを迎撃することにした。
俺は適当にナイフを構えたが、すっかり暴力沙汰に慣れてしまっている自分に気がついてしまう。
こんなんで、日本に帰って社会人として生きていけるんだろうか、不安だ……。




