第162話 俺と光源氏
おタヒは数えで十二歳、満十一歳の深窓の令嬢だ。
それにしては荒事に長け、流血沙汰も恐れないが。
魔を祓い国家安寧を祈願する斎王だからという事情はあるだろうが、置かれた環境が過酷だったのだろうな、という気もする。
日本ならまだ小学生で子供でいる年齢だ。
もっと本当は、大事にされて後ろにいてしかるべきだと思うのだが……本人がそれを望むかどうかはともかく、もう少し大事にしないといけないのだろう。
まあ、レベルだけなら俺とグリセルダより高いのがおタヒなんだけど。
「チケンは最下層についたら何をするの?」
「前と同じ生活に戻るつもりだ。今度はガチャは控えて普通の生活をして老後のために金を貯めて、健康にゲームができれば最高だな」
「なんだか地味ね。嫁を十人娶るとか国守になりたいとか野望はないの?」
「やだよ、面倒くさい。十人もいたら毎日奥さんのご機嫌取りで一日が終わりそうだし、日本はそもそも一夫一婦制で重婚なんてしたら犯罪になっちまうよ」
おタヒは不思議そうな顔をした。なんでみんなが欲しがるものをこいつは欲しがらないのか、という顔だ。
「まあ、そんな国もあるのね。そのほうがいいわ、平和だもの。でも、病気や呪詛で跡取りが絶えたら大変じゃない?」
「今の日本はそんなに子供が死なないから、一人か二人を大事に育てるのが主流だよ」
そもそも俺に跡取りなんか必要ないんだが、そこは黙っておく。
「チケンは嫁は取らないの?」
「ないない。本当の俺は冴えないおっさんなんだ。女心もわからんし、見た目はしょぼいし、金もないし、結婚するにも相手が見つからないだろうな」
俺は正直に現状を話したが、本当にどこにでも要る三十歳の冴えないおじさん。それが俺である。貯金もなく婚活するにも軍資金がない。ゲームの時間減るの嫌だからする予定もないけど。
「じゃあ、終わったらうちの国に来ればいいじゃない。話や碁の相手でもしてくれれば嫁をとれるくらいの給金は出すわよ」
知らん外人にぽんと船一式と渡航費とお宝を渡すお姫様の屋敷に就職する話には夢がある。しかし、俺の人生に大事なものがそこにはない。
「いや、俺はゲームがしたいから、移住するつもりはないなあ。……俺のやりたいゲーム無いしな、東の国には」
「ゲームって気になるわね、見てみたいわ。そんなに面白いの?」
「面白いぞ! 世界中の相手と碁が打てるゲームもある」
「うそ! すごいじゃない!」
おタヒの目がキラキラしたものに変わる。そうか、こいつテーブルゲームとか好きなのか。
「人間相手だけじゃなくて、インテみたいな賢い機械が人間よりもえげつない頭脳で打ってくる碁とかもあった気がする。あとお前が知ってそうなゲームだと、将棋とか双六とかもできるんじゃねえかな……」
「すごく楽しそう!」
PCでもスマホでもけっこうそのへんのゲームはカジュアルに遊べるんだよな。
「俺の国に来たら遊ばせてやるんだけどなー。でもお姫様をお迎えするような部屋がないな、今は……やっぱ仕事見つけないとだわ」
「じゃあ、最下層についたら良い仕事が見つかる護符をあげるわ。いい仕事が見つかったら遊びに呼んでね!」
「そんなもん作れるのか、すげえな」
無邪気な顔でおタヒが嬉しそうにしている。やっぱこいつ、遊ぶ相手いなくてさみしいんだろうな……。
休みの日ならいくらでも遊んでやりたいが、そもそも元の世界に戻ったらこいつと連絡が取れるんだろうか。
「そうだな、連絡が取れたら遊びに呼ぶよ。お前と遊んでみたいゲームがあるんだよな」
「どんなの?」
「双六で領地を奪い合って友情が壊れるゲームとか、俺とターボ婆ちゃんの戦いみたいなやつとかあるんだ。ああいうのやったら、お前エグいプレイをしそうで見てみたいんだよな」
「ふーん、双六はいいわよね、好きよ!」
多分おタヒが思っているのはバックギャモン的なやつで、俺が話しているのは桃太郎で鉄道なアレと、配管工のレースゲームだ。
でも、絶対楽しいと思う。俺が勝ったら悔しがるおタヒを見れるし、おタヒが勝てば俺はご褒美の煽りをいただける。Win-Winである。
「お前がいたら連れてってやりたい場所もあるんだけどな、日本。ワンフロア全部墨と筆と紙の店とかあるし、おタヒ絶対好きそう」
「なにそれ! 絶対行きたい!」
「お前のお眼鏡に叶うかはわかんないけど、いっぱいあるから見てるだけでも楽しいんじゃないかな」
おタヒは目をキラキラさせている。やっぱこのくらいの子供は、こういう顔をしているべきなんだよな。でも、一瞬でその顔が暗くなった。
「でも、あの兄がいる限り無理かもしれないわね……。あの兄じゃなくて、チケンが春宮だったら良かったのに。そしたらいっぱい遊べるのに……」
おタヒはゲーム中、常に兄に苦しめられていた。負けずに兄にやり返しても、やはり皇太子と末の姫では場数も味方の数も違う。最終的にいつも負けていたのはおタヒだった。
本っ……当に胸糞が悪く、下半身に脳を支配された性格をしているのに地位があって顔がいいと言うだけで人気になるのだから、世の中は辛い。
二次元限定だと思いたいが……。
「ああ、あの光源氏みたいな兄な……。それにそれだと俺が帝になっちまう。遊んでばっかりで国が滅びるぞ」
「政は私がやるわよ。ちなみに光源氏って誰?」
おタヒの国にそもそも源氏物語はなかったな。俺は古文の教科書で印象に残ったひどい部分だけ教えた。紫式部に恨みはない。強いて言うなら召喚に応じてくれなかったことだ。
「光り輝くようなイケメンで高貴な身の上なんだが、女好きで義母、未成年、人妻とかに手を出して死人も出たけど最終的に上手いこと収まったって俺は全然好きじゃないタイプの話の主人公だ……」
「うわ、私の兄そのものじゃない……」
「やっぱゲーム内だけじゃなくて、本当にそうなのか……」
「視界にはいる女人は全部自分の私有物だと思ってるのよ。嫌がる既婚の女官や年端も行かぬ女童にも手を出すんだもの、始末に負えないわ」
源氏物語は平安時代で、しかも架空の物語だから許されることであって、現実にいたらいけないタイプの人間だよな、光源氏って。それが実在するとはなあ……。
「お前も日本に来れたらいいのにな。それに、日本ならお前の好きな職業なんだっけ学者? にもなれるし、頭さえ良ければ奨学金も出るだろうし、お前なら囲碁や将棋のプロもなれそうな気がする」
思うようにならない人生も、居る場所を変えるだけで解決することがある。
こいつの立場だと難しいかもしれないがそういう方法もある、ということは教えておきたい。
「チケンの国ってなんだか楽しそうね……でも、白梅を置いてはいけないもの。白梅と相談してから考えてみる!」
すっかりおタヒの目がいつもの強気なお姫様の目に戻って、俺はほっと胸を撫で下ろした。たしかに、育ての親であるところの乳母白梅さんも大事だろう。良く考えて決めて欲しい。
俺ができる範囲で手伝えることがあれば、手伝うつもりだ。
その後しばらくおタヒの好きな楽器の話やお香の話、宮中行事の話などを聞いた。まるで古文の教科書の現代文訳を聞いているようで興味深い。
「俺だけじゃなくてスフォーのおっさんとかも相談に乗ってくれるだろうしな。俺と違ってお前は若いし、まだ楽しい事いっぱいあるだろ」
「そうね! うふふ、楽しみになってきちゃった」
「でも、そろそろ寝るか。明日も何かあるっぽいしな」
「そうね、明日からバリバリ働いて、サクッと最下層につくわ! お休み、チケン!」
そう言って、おタヒは自分に符を貼ると一瞬で寝落ちした。
俺は空調を少し弱くしておタヒとグリセルダの間に戻り、毛布をかぶってゆっくり寝た。こうやって一対一で話すのも、たまには楽しいもんだな。




