第160話 間話15 二人のサラ
「生きてる……」
金髪の美少女は胸を撫で下ろした。自分の天敵が先程まで襲いかかってきていたのだ。安堵せずにはいられなかった。
「舐めプしすぎたわね」
「そうね……」
「あと五回攻撃が当たったら死んでたわ」
「危なかった……」
黒い髪の美少女のつぶやきに金髪の少女は頷く。これは先程チケンから逃げてきたばかりの自称神子こと、ヴェレルであり、サラであるところの二人だ。
二人は普段は思考を共有しているが、有事の際はどちらかが死んでも生き残れるように、あえて二人に分けている。
ヴェレルにとって、グリセルダと乙橘皇女はまるで火にも聖属性魔法にも強いゾンビのような存在だった。魂をどうにもできなかったから生存できない場所に捨てるしかなかった。
どんなに弱らせても、殺しても、魂が思う通りにならないのだ。思う通りにさえなれば、様々な使い道があると言うのに。
しかしその辺に捨てるわけにもいかない。自分のしていることは世間体が悪いことである自覚はある。
だから自分の領地とも言えるこの迷宮に捨てた。
あの二人の数少ない弱点は生活能力の無さだ。惨めに飢えて獣の餌にでもなればいいと思って、何体も副運用体を犠牲にしながらダンジョンに放り込んだ。
「でもよかった! あの客たちが私達の肉壁になってくれて」
「客がいなければ逃げ切れなかったわね」
「お金を頂いて肉壁になっていただけるなんて」
「でも大した時間稼ぎにはならなかったわ」
グリセルダとおタヒにボコボコにされていた客の事を思い出すと、思わず笑みがこぼれる。まるでコメディのようで面白かった。
二人の外面はは天使のようだったが、内面は腐臭を放つヘドロのようだった。
「エトワールもファビエもまだ生きてたなんて……」
「やっぱりちゃんと死ぬまで確認しないと駄目ね」
二人は大型プラントの片隅に隠された懲役囚用の休憩スペースで一休みしている。しかし、すぐ出発してこの迷宮から脱出しなければならない。
「どこに逃げましょうか」
「……テオネリアはもう駄目ね」
「新しい星を開拓するのもいいかも知れないわね」
二人は全く懲りていなかった。だが流石にもうテオネリアにいられないことくらいは理解している。せっかく築き上げた名声がやや惜しい。
「あ、保険をかけましょう。打てる手は打っておかないと」
「そうしましょう」
二人は手分けしてプラントの原材料投入口に、以前手に入れた素材を流し込んだ。
「仕込みはできたわね!」
「じゃあ、行きましょう!」
二人は手を取ってお互いの顔を見る。本当に美しい、自分の理想の顔だ。この理想の自分を維持するために何でもするつもりだ。
本当に、なんでも。
――――その頃のセーフエリア。
カハールカをじっと眺めるスフォー長官。
カハールカかなり特異な経歴を経てスカウトされた星間司法庁でも珍しい経歴を持つからか、面接が始まっていた。
「あの、いつでもクビにしてくれて構わないんで……」
「いやいや、せっかく準職員になってもらったんだしね。経歴は読ませてもらったよ。生命工学科卒なんだね」
「あ、はい。やっぱり医療系って手堅いですからねえ……親が好きなことするなら手に職をつけとけって……」
「いい親御さんだねえ」
スフォーは一般的には厳しい人物として知られているが、意外に優しそうな人物だった。カハールカを緊張させないようにかも知れないが。
星間司法庁のメンバーは法学や体力パラメータが高いメンバーが多いが、科学技術については一般的な学部卒程度の知識しか持っていないものが多い。それでも一般人よりは知識があるのだが。
カハールカの卒業した学部は医療系に分類され、割と入学難度も高い。今まさに欲しい人物だ。
生命工学科は主に魂を扱う資格を取るための学科なのだ。
卒業した成績も良好だし、卒論の内容も良い。
「元内務庁だったんだよね。何故内務庁から地球に?」
スフォーは一応書類上での入庁理由については知っている。しかし、一応聞いてみることにした。
「いやあ、資格を生かしてホワイト職場に就きたくて……内務庁の健康課で働きつつ個人制作でゲームを作ってたんですけど、長官がゲームを作れる人を探しているということで……それで三十年ほど前に日本のヴェレル・ソフトウェアに出向になりました。あの頃はいっぱいゲームハードが出てて本当に呼ばれて嬉しくて!」
出向先で作ったゲームはほとんどストーリーが有り、勧善懲悪の物語で、ヒロインが金髪か黒髪のどちらか、という偏ったものだった。
カハールカはストーリーに興味はなく、文句一つ言わずプログラムやゲームバランスを調整する作業に従事していた。
お陰でヴェレルの覚えも良く、王子と関わりがあるというテオレア・デジタルエンターテインメントに出向し、割と自由にソーシャルゲームを作らせてもらっていた。そこは本当に良かったとカハールカは考えている。
私企業が外宇宙で事業をするのは法律上問題はない。
その星の歴史や経済に影響を及ぼしすぎない業種であれば自由に起業することができる。但し、当該惑星の法律を守る、という条件付きで。
ただ、申告が必要であり、時々査問が入って面倒なのでほとんどの人間はそんなことはしない。ただ、その手続をショートカットできる人物なら、喜んで起業するだろう。たとえば、ヴェレルのような。
「キャラデザとストーリーは、社長がお抱えのライターにやらせてたらしく、私達下っ端は一切触らせてくれなかったんですよねえ」
「ふむ……」
「地球の匿名掲示板では『面白いけど毎回ヒロインがサラでつまんねえ』『サラって女に振られたのか』なんて言われるくらい毎回同じヒロインで……」
スフォーはふと、子供の頃をを思い出した。
スフォーとヴェレルは個人的な面識はないが、生まれた時代はほぼ同時期だった。スフォーが子供の頃に流行っていたコンテンツがある。
『二人のサラ』というそのコンテンツは同じ名前のサラという金髪と黒髪の二人の少女が機転と優しさ、ちょっぴりのスキルで事件を解決していく、ハートウォーミングな物語だった。
多分、世代的にカハールカは知らないだろう。三百歳ほど年齢が違うので。
「カハールカくん、見てくれないか、そのヒロインってこんな感じの顔かい?」
スフォーは手元の端末に『二人のサラ』のメインビジュアルを表示させ、それを見せた。
「まさにこれっすね!」
「そっかあ……助かったよ、ありがとう」
スフォーはため息を着いた。彼にはヴェレルの考えていることが一ミリも理解できない。なぜそんな姿の他人になりたがるのか。
王太子はニコニコしながらスフォーを見つめている。たぶん、王太子はスフォーの疑問を理解して見つめている。
「いいよねえ、自分じゃないものになれるって」
「我が国では別に容姿の整形や性別の変更は法に則ってやる分には違法ではないのですよ。自分と別の姿になったときは登録が必要なだけで」
「それを行った要人って過去いるかい?」
そう言われてみると、スフォーの記憶にはなかった。子供に恵まれないので王族の一人が性転換をした、などの件はあったが大昔のレアケースだ。
貴族や閣僚などがそうしたケースは一件もない。子供の頃にそうしていた可能性はゼロではないが、おそらく無いだろう。
「持っているものを失いたくない、でも姿を変えて別人になりたい。そういうことなんじゃないのかなあ」
スフォーは目を細めて王太子を見つめる。黒いモヤの中には、本人を構成していた物質が僅かに残っている。表情でも見えないものかと思ったけれども、何も見えなかった。
「あとはね、地球人についてチケンくんに話を聞くくらいでも多分得るものはあると思う。あんまり詳しく言えないんだ、ごめんね」
「いえ、大変参考になりました。お体、よろしければお作りしますが……?」
「うーん、まだいいや。この体、割と気に入ってるよ」
王太子は鷹揚に答えた。肉体を失って、それでも膨大な力を持つ魂。生きていればどれほどの力を持つのだろうか。
ヴェレルが何故王太子を利用しなかったのかはわからないが……そんな人物がこちら側にいることにスフォーは安堵した。




