第157話 王子と姫の戦い
俺は嫌な顔を一切隠さずに叫んだ。
「げえっ、王太子と魔法メガネ! なんでこんなところにいるんだよ。三層に一生いるんじゃなかったのか?!」
グリセルダの元(?)婚約者、ローレンツェン王国の王太子(TS愛好家)ディートリヒと、その恋人、TSした魔法メガネことエミールだった。
王太子が現れた瞬間、グリセルダが現れて王太子から守るように俺を抱き上げた。もちろん、おタヒもスッとグリセルダの後ろに隠れる。王太子、あれでおタヒより強いっぽいのがこえーんだよな……。
「ディーか。チケンは渡さぬが?」
「ゼルダ、それはケンイチくんが決めることだよ。僕はいつでも君を受け入れる準備はできているからね!」
「拙者もチケン殿のように愛らしき同担ならば歓迎いたしますぞw」
「渡さぬと言っているだろう!」
グリセルダが珍しく感情的になっている。可愛いな……。と思うと王太子はつかつかと社長のもとに移動していく。おい、まさか……。
「それにしてもかわいい子が多いね、あの空色の髪の王子様もすごくタイプだなあ! 君、よかったら僕とお付き合いなどいかがかな?」
「グリセルダ嬢、どなたですかこの方は?!」
「私の……一応、婚約者だ……」
グリセルダは死ぬほど不本意そうな顔で呟いた。可哀想に。
王太子、見境がなくてすごい。TSした奴なら誰でもいいのか?
「困ります、この姿は仮の姿なので……」
「知っているとも。魂が欠けてその姿になったんだよね! 困り顔も可愛いね、その姿もとても似合っている。これでも僕は一応王子だから身分は釣り合ってると思うんだけど、どうかな?」
「なぜそれを!? 姉上、外部に漏らしたのですか?!」
「知らんぞ、なんで知ってるんだ、昨日おとといの話だぞ?!」
グリセルダが先程より更にいたたまれない顔になっている。
俺はグリセルダに王太子を引き剥がすように頼んで、エト姫と社長に簡潔に王太子の事情を伝えた。グリセルダの婚約者でダンジョンに転送されたこと、そして千里眼のスキルを持ちTS好きであることなどだ。
最後の情報は余計だったかも知れないが……。
それを聞いたエト姫は社長と正反対の態度を取った。
「千里眼……そんな神スキルが? お願いします、どうか私とファビエを助けると思って星間司法庁に入庁しませんか?!」
エト姫が敬語なのは本当に珍しいな。だいたいタメ口だから……。よっぽど欲しいんだろうなあ。でも勝手に社長の名前出してる。良いのかそれ。
「興味ないかなぁ」
「なんならファビエの一人や二人差し出すが?! それとも靴でも舐めたほうが良いかな、それとも土下座?」
「姉上!!」
すげえ、手段を全く選んでいない。その後ろでこの様子をスフォーのおっさんが面白そうに眺めているがエト姫はまだ気がついていない。
「あっ、そうだ、茅原氏もつけよう!」
うわ、エト姫が勝手なこといい出しやがった。いくら推しでも酷い。
「駄目だよ、それは心が揺れるけどゼルダにデコピンされて僕消えちゃう」
「じゃあ私が性転換するのはどうかな!」
「うーん、僕にも好みがあるからねえ……君は性転換してもしなくても面白いけど恋愛対象にはならないかなあ。蛾をまるかじりする人は流石にちょっと」
「そんなぁ……」
あ、TSしてれば何でも良いってわけじゃないんだ。ある意味ちょっと安心するな。蛾を食べる人が無理なのは俺も同じである。この王太子にも人間らしいところがあるんだな……。
そう思っていると、スフォーのおっさんが笑顔でエト姫の前に立った。
「エトワール」
「あっ、じいや! 久しぶりだな、元気で死んでいたのかい?」
「いいからそこに座りなさい、エトワール」
「あっ……」
エト姫の顔色が急変する。これは……みんながエト姫とスフォーのおっさんに注目する。
「エトワール、私はお前の教育係として国王陛下に信任を受けている。私は毎度言っている、初対面の人には我が国の王女である自覚を持ち、誰に向けても恥ずかしくない態度をとりなさいと」
「えっ、でもこんな逸材逃したら一生後悔するかなって……」
「星間司法庁の次官である前に王女だと何回言ったら解るのかな?」
エト姫の目に恐怖の色が浮かび、スフォーのおっさんは笑顔だ。しかし目が全然笑っていない。
「でも、こういう逸材が入ってくれたら国益にもなるっていうか……」
「国益になる前に国の恥になっているね? 王室典範第一条第三項に王族は常に自覚を持ち国民の範となるべく慎みと矜持を持つこと、とあるよね? 覚えているかな、確か二千三百回朗読させたはずだが」
すごい、さすが教育係だ。逃げ道を一個ずつ丁寧に塞いでいっている。
その後、つむぎちゃんギャン泣き事件、俺気絶事件、アイス食いすぎ事件、下着姿で七層一周事件、そして今起きた本人に無断での人材派遣事案などが法令に基づき丁寧に、ボロカスに論破された。多分殆ど王太子経由の情報なんだろうな。精度が高い。
二十分後、エト姫は後日のおしおきタイムを約束されていた。
しかし同情はしない。どうか常識というものを学んできて欲しい。
「ごめんなしゃい……はんせいします……」
涙目になって謝罪して、とりあえずエト姫はスフォーのおっさんに許してもらえたようだった。
ちなみにファビエ社長に対しては「王子は言えば解るね。反省するように」の一言だけだった。もちろんファビエ社長はしょんぼり反省した。この対応の差よ……。
俺達はエト姫が論破されていくのを楽しく見学していたが、気がつくとギャラリーが増えていた。黒モヤの人々である。エト姫が半べそかいて論破されるのを楽しそうに眺めている。気がした。振り向くと声がかかった。
「お久しぶりですわ、チケン様!」
「お元気そうで何よりですわ!」
「相変わらずお強いですなあ」
「あっ、もしかしてヴィルステッド村の村長さんと奥さんとエミーリアさん!?」
「そうですわ、覚えていたくださったのですね!」
「どうやって来たんですか?!」
すると、横から清野さんと吉田さん、四方さんが現れた。
「お久しぶりです、茅原さん!」
「お元気でしたか?」
「うふふ、今日も可愛らしいお姿でいらっしゃいますねえ」
清野さんも四方さんも元気そうだ。吉田さんの最後の一言は余計だと思う。
「えっ、地球にいたんじゃないんですか? あとなんで王太子や村の人が?」
「ポータル乗り継いで来ました!」
「一層で長官と合流して、二層抜けて三層を調査しながら進んだらあっという間に四層について、四層にいた王太子とヴィルステッド村でお話を伺ったんですよ」
王太子がこっちを見て手を振っていた。千里眼、一体どこまで見れるんだろ。というかさっきのあれ見られてんじゃないのか。最悪だな。
「皆様一緒にこちらに来たいとのご要望でしたので、階層間を自由に行き来できるように簡易ポータルを置きながらこちらに参りました」
四方さんは丁寧に説明してくれた。
王太子の案内ならスムーズに着いたのは納得である。あの王太子、気が利くときもあるんだな……。上に戻れるようになったのもよかった。
ヴィルステッド村の人達は楽しいことが好きだから、きっとこの南の島のような七層もエンジョイできるだろう。
でもまだ気になっていることがある。
「つむぎちゃんと八尺様とターボ婆ちゃんたちは?」
「他の職員が今調査中です。地球にお戻りいただくにはもう少しお時間を頂きたく……」
「でもつむぎちゃん日本で事件になってるんじゃ……」
「なってますね……どうやって戻ってもらうか、現在審議中です。頭の痛い問題ですが、これも仕事ですからね……なんとかしますよ!」
四方さんがはっきりと言い切った。
たまにポンコツみがあったけどやっぱり基本は優秀なんだなあ。どっちにしろ、俺には何にもできない領域だしお願いするしか無いわけだが……。
何にせよ、不当に人生を奪われた人々だ。なんとか元の生活、もしくは望む生活を取り戻せるように祈るばかりだ。




