第148話 間話15:フィン・ハイデガー
フィン・ハイデガーはドイツのとある地方都市に生まれた少年である。
彼の生家は貧しく、様々な事情で彼の母親は一人で息子を育てていた。
母も父も大柄で、彼はその体格を受け継いで十三歳の頃にはもう身長170センチを超えていた。生来非常に怒りっぽく、自分を抑えることを知らなかった。ただ、それでも母親だけは愛していた。
十歳の時あるRTSゲームの大会にたまたま出場した彼は、軽々と大会レコードを更新し優勝する。それをきっかけにプロ選手として勧誘され、スポンサーに付いたのがヴェレル・ソフトウェアのドイツ支社である。
彼は口が悪くしばしば暴力沙汰や犯罪を起こしたが、社長のヴェレルは彼を気に入り、保釈金を出したり示談の金を賄ったりしてくれた。ヴェレルはフィンを責めることはなかった。
「君には未来があるから。いつかは君の気持ちも落ち着いて更正すると信じている。若い頃のやんちゃはよくあることだよ」
だから、彼は母親とヴェレルのことだけは信用していた。彼の頼みなら何でも聞いてもいい、そんな気持ちでいたのだ。
そして、彼はヴェレルに頼まれた仕事ももちろん引き受けた。
仕事は簡単なものだ。たまにベッドで横になってフルダイブVRのテストをするだけ。
――――だったはずだ。
次に目が覚めた時、自分は全然違う名前で呼ばれていた。
ああ、これはゲームだったな、と思い出す。
ファビエという名前のキャラになって、自由気ままに生きてみてくれ、と言われていた。だから、自由にやった。
日本を舞台にしたVRゲームだった。ゲームの本場の国だからなのか、ゲームショップもたくさんあったしアニメもいっぱい流れていて楽しかった。そして、この国の男も女も雑魚ばかり。
喧嘩をすれば敵はなかったし、銃を持つ警備員なんかもいない。
日本という国がこのゲームのとおりなら、ちょっと遠征して盗みに行くのもいいかも知れないな、とフィンは思った。
自由に高級車を運転できるのも楽しかった。上流階級が乗るような車をその日の気分で選んで自由に運転できるのだ。とてつもなく楽しいに決まっている。
いきなり飛び出してきたガキには驚いて一瞬ログアウトしたが、次に入ったときには子供は消えていた。
そしてある日、別のゲームのプレイを頼まれた。
「フィン、新しいゲームの攻略を頼みた
い。女ボスを倒してほしいんだ。青い髪をしているからすぐ解る。このゲームをクリアできたら、賞金を出そう。十万ユーロだ」
「OK、ヴェレルおじさんの頼みだからね。やるとも。残虐にやっていいのかい?」
「やり方は任せる。次に売り出したい大規模VRMMOなんだ、プレイは録画してプロモーションも兼ねてプロゲーマーとして大々的に君を売り出すつもりなんだ。是非ド派手なプレイで決めてくれ」
――――そう言われていた。十万ユーロを貰って、母と庭付きの家に引っ越して、プロゲーマーとして成り上がるはずだった……のに、上手くいかなかった。
一緒に組め、と言われたアメリカ人はPKしてやった。賞金の分前が減るので。
中では大いに暴れた。PKありだと聞いたので、片っ端から出会った人間もNPCも殺した。金貨や財宝も見つけてバッグパックにしまい込んだ。
だが、第四フロアに入った時、お宝っぽそうな銀色の包みを開けたら、それがトラップだった。
毒草でできた包みに手をボロボロにされ、激痛を伴った。しかし、これはどんなに痛くても仮想空間での出来事だ、と彼は信じて耐えた。
あとは連絡が取れていない日本のプレイヤーをPKし、その青い髪の女ボスとやらを殺せばこのゲームはハッピーエンドで終わるはずである。
こんなトラブルもゲーム実況の華麗な彩りになるだろう。
けれど、痛みは引かない。その上時々余計な声が頭に響く。ゲームの中の幻覚だろうか?
「何故こんな犯罪行為を!」「何故僕がこんな!」「僕のスキルを勝手に使うな!」
彼ははすべてを無視した。途中、エリアボスの巨女とやり合って一時敗北したが、手を治してから挑めば自分の実力なら勝てるはずだ。
フィジカルにもテクニックにも自信があった。【隠密行動】【暗殺術】【命中率向上】そして、ユニークスキルの【複製】。
これで、次こそはと思ったが、怪しい子供と女のPTに敗北した。
その頃になると彼は自分の名前を思い出せなかった。ファビエと言われていた気がするし、フィンと呼ばれていた気もする。
今は何も無い空間の中で、何故か自分の半分がもぎ取られたような感覚だけがある。暗闇の中、彼は必死に思い出そうとする。とても大事な命にも等しい思い出。
いくら彼が頑張っても愛する母の名前は思い出せなかった。
懐かしい顔は思い浮かぶのに。




