第143話 未実装キャラの誕生
不穏な話が一段落ついたその時、エト姫は物陰に隠れている誰かを呼んだ。
「ほら、出てこい」
「……」
「出てこいったら!」
「嫌だ! 帰してくれ!」
エト姫は諦めて物陰に潜む誰かの首根っこを、まるで子猫を運ぶ母猫のように掴んで引っ張り出してきた。可愛らしい声の主は水色の髪に見覚えのある服を着ている。
水色の髪の美少女。もしかして……。
「かわいいだろ、妹だよ」
「ふざけるな! 僕は……」
と言うと、エト姫は無詠唱で手を動かし【静粛に】のスキルを発動した。ずっと使ってると使ってりゃ無詠唱もできるのか……。得意スキルだもんな。
俺はメテクエで【静粛に】のスキルに大変お世話になっていた。だって低コストで2ターン敵味方全体、自分以外スキル発動不可は強い。
実物が見られてちょっと感動する。モーションも同じで最高だ……!
「モゴー! モゴゴゴゴゴゴゴ!」
見覚えのある服を着た水色の髪の美少女は、首根っこを掴まれてもなお、すごい勢いでエト姫に抗議している。
「ほら、さっきのサンプルの分離作業をする前に、まずファビエで実験したんだよ。司法の番人たる者、そして王族として、国民で実験して失敗するわけにも行かないだろう」
「確かにそうだが……何故そのような面白おかしい姿に?」
グリセルダは怪訝な顔をして二人を見つめている。やっぱり社長だったか……。それはともかく面白おかしいって思っても言うな。可哀想だろ流石に……。
「ファビエも”アムブロシア”のプロトタイプを飲まされていたらしい。それでヴェレルの実験動物として扱われていたんだね。……分離したがファビエ以外のパーツは現在暴れっぷりが酷くて分析は後回しだ。で、残ったファビエを再構成したのがこちらというわけだ」
俺達はファビエ社長だった人間を見つめる。
水色のゆるふわロングヘアに、水色の瞳、端正な顔。そのへんは確かに特徴を受け継いでいる。
涙目で顔真っ赤にして怒っていてかわいい。
「あら、可愛らしいじゃない」
「うむ、チケンほどではないが可愛らしいな」
「俺の十倍くらい可愛いぞ」
「うんうん、そうだろう、可愛い妹……弟? よくわからないけどそういう感じのやつだ!」
エト姫はドヤ顔で自慢しているが、首根っこを掴まれている社長はまだ涙目で怒りつつ抗議している。暴れる猫のようだ。
「……なんで女の子に?」
「魂の中の性別成分が、ほとんどアムブロシアで混ざった複数の魂の方に持っていかれてしまってな……結果女性っぽくなった。肉体もかなり奪われてしまって、純然たるファビエとして回収できたのがこれだけ。服はこれしかなかったからだな」
俺達はファビエ社長を見た。社長は身長180センチを超えるスマートな長身のイケメンだった。
それが、今や俺と似たようなサイズの女児になっている。質量だけで言うと三割位だろうか……なんと言っていいかわからない。
俺のようにここに来るためのアバターとして幼女を作った(しかも性能目的で)とかではなく、自分の体がもう自分のものでなくなった、残りカスがそれなのか……。
自分だったら、と思うと陰鬱な気分になる。
それにしても既視感がある。
ずっと考えていたのだが、やっと思い出した。
「その姿、何か見覚えがあると思ってたんだよな……」
「知っているのか、チケン?」
「こんな愛らしい知り合いいるの?」
二人は俺と社長を見比べながら、俺を訝しんでいる。こんな美少女に知り合いいないだろって思ってそうだな。
現実の美少女は知らないが非現実の美少女なら任せてくれ。
「メテクエでさ、未実装キャラデザイン画集て本があって、その中に『正義の魔法少女:ミラクル☆ファビィ』ってキャラのラフ案が載ってて、それにそっくりなんだよな……。デザインはできたけど社長が激オコなんで没になりましたとかいう曰く付きの……」
そういうと、社長は更に顔を真赤にして今度は攻撃の方向をこちらに向けようとしている。ははは、可愛いちびっこの攻撃なんか回避を極めた俺には当たらないけどな!
「なんだ、ファビエそんな趣味があったのか? ならようやく私もお前に姉らしいことを……」
その瞬間、スキル【静粛に】の効果時間が切れた。
「何を言っているこの愚者がー! 没って言ってるだろ、僕がそんなもの世に出すわけ無いじゃないか! 耳を持っていてもそれを役に立てられないなら切り捨てて燃えるゴミの日に出してしまえ! テストの点数ばかり高くても人間の言葉を理解できてないではないか、このエベログロシト!」
「エベログロシトは酷いなあ」
最後の謎の言葉が気になるのでインテに説明を乞う。
「テオネリアの神話でございます。エベログロシトはアホですが無敵の英雄で、最強の盾と最強の槍を持って大群に挑んだのですが背面には全く効果がなかったので死んだ、というどんなに強くてもアホはアホという愚者の代名詞でございますね……」
テオネリアにも神話があるんだ。そしてあまりにも悲しい神話だった。
「うーん、若干理解できる」
「やや解るわ」
「割と理解できるな……」
テストの点が高く強くても常識がないエト姫を上手く表した言葉であるとは思う。それにしても見たことのある服だな、あれ。
「ところでエト姫、その社長の服見覚えがあるんだけど」
「ん? 茅原氏の服、勝手に借りたよ! 流石に元の服も私の服もサイズが合わなかったからね!」
「人の服を使うなら一声かけろよ……」
声をかけてくれれば断らないのに……。なんでこんなに自由なんだ。
「姉上はいつもそうだ、常識を学ばず、法律に無いことなら何でもするし人の気持なんか考えない、人の心がないんだこの女は……」
「えー、そこまで酷いかなあ、私なりに国民と宇宙の平和、そしてファビエの幸せは考えているとも」
しれっとエト姫が適当なことを言うが、ファビエ社長は淀みなく反論する。
「お前の考えで、どれだけの人間が振り回されている。星間司法庁の職員に匿名でアンケートをとって『エトワールは暴君か/はい いいえ』の二択を聞いてみろ。ほぼ全員がはいにチェックを着けるだろうな、常識を学べ、良識を学べ、空気と言う文字を読めるようになれ!」
水色の髪のクール美幼女がエト姫を睨みつけるようにまくし立てている。
エト姫が羨ましい。俺もあんなふうに罵られたい。
あんなキレのある罵りなら幼女でもいい。
そこまで言われたエト姫は流石に渋い顔をしていたが、それでも首根っこを掴み上げたその手が一ミリも動いてないあたり、フィジカルの強さもすごそうだ。あまり敵に回したくないな……。
「どちらも面白おかしいのはわかった。それで明日はどうするのだ?」
グリセルダに面白おかしいと言われた二人は不服そうな顔をしていた。
「そうだねえ、明日のタイムテーブルはどうなってるんだっけ?」
「午後三時まで祭りの準備、午後四時から祭りの開始、午後六時くらいから本祭、日付が変わったら終了らしい」
「じゃあちょっと茅原氏、頼みがあるんだけど」
「何だ?」
「ファビエの服仕立ててきて。お金はナッツだっけ? インテの中に入ってるはずだからいくら使ってもいいよ」
いくら使ってもいいよ、とか一生に一回は使ってみたい言葉だ。金持ちは語彙からして違うんだな。
それにしても、社長も俺と同じレベルに落ちてきたか。可哀想に……。




