第140話 素敵な休日 午前
ナッツの由来は「すごく美味しいもの」という意味の言葉なのだそうだ。
食料チケットでもらえる食料というのを見せてもらったが、なんと、例のレーションだった。
確かに、あれに比べれば大体の食い物は『ナッツ』だわ。
「そのまま食べると味がきついし、体に悪いマウね。だから、団子にしたり、これにココの実の汁を足して薄めて美味しくするマウ!」
衝撃の事実だった。
「えっ、あれをあんな美味しいスープにできるの?! すげえ、マウ族の人って服作りだけじゃなくて料理も上手なのか?!」
「いろんなアレンジがあるマウよ。魚をいれたり、いい匂いの草をいれたり、よくすりつぶしてから他のものと練ったりとかするマウ。昨日のスープもあれを材料にしたマウ!」
すげえ、俺は既製品というのはそのまま使うものだと思ってそんな大胆なアレンジなど考えもしなかった。創意工夫が生活を豊かにするんだな……。
この村の人々に、俺は敬意を覚えた。
一応光の柱について聞いてみたが、奥地の岬にあるのだがその周辺は近づくだけでモンスターが発生し近づけないし、近づいた村人で生きて帰ってきた者はいないらしい。
どんなモンスターか聞いてみると、黒くて四角い、顔のないモンスターで、近づくと声で威嚇してきて、それでも近づいた場合大きなモンスターを呼び出して大変なことになるのだという。
うーん、どこかで覚えのある感じのアレだな……。
そして、箱についても聞くと大体月に一度、”お客様”が箱から現れて、箱に入って去っていく。そして、買い物をしたり、チケットをくれたりするらしい。それは明日見れるらしいので、明日どうにかしよう。
大体話を聞き終わった頃、二人は楽しそうに戻ってきた。
「お針子の娘がとても可愛かったわ! そしてとても器用なのよ!」
「子どものような職人がまるで達人のように刺繍をしていた、我が国のテーラーでもあのように見事な刺繍は中々お目にかかれまい」
お姫様ってやっぱ刺繍とかレースとか好きなんだなー。
俺は刺繍そのものよりも作業を見るほうが好きだ。オートメーションでも、ハンドメイドでも、作業には思いが込められている。
美しく、清潔に、効率よく、緻密に、丁寧に。
その工程を見るのは社会見学のようで楽しい。
「楽しかったなら良かった、次はどうするんだ?」
「何も考えておらぬ」
「同じく」
こいつら、俺を貸し切りにしたのに何も考えていないのか……。
と思ったが、じゃあ適当に遊ぶか。
俺は工房の人にお願いして、弾力のある素材を探してもらった。そして、インテのところまで戻って片手間でインテにあるものを作ってもらった。
「よーし、じゃあ海といえばアレだ、ビーチバレー!」
「なにそれ」
「知らぬ」
まあ知らんか。しょうがないよな……。
異世界のお姫様がビーチバレーガチ勢でも困惑するし。
「砂浜でボールで遊ぶだけだよ」
「ふむ、テノンのようなものだろうか」
「飛鞠みたいなものかしらね……?」
どっちもスポーツ名っぽいが、全く聞いたことがない。じゃあ、二人に伝わるように簡単なルールにしよう。
俺はボールをポンポンと手の上で弾ませる。ビニールとゴムの中間の手触りの生地でできたボールはよく跳ねる。遊び道具としては十分だろう。
「これをこうして!」
ポン、とボールを弾くと、高く弾む。
「こう!」
俺は自分で何往復かセルフでボールのやり取りをしてみせた。素早さカンストのお陰で一人ビーチバレーもお手の物である。
見せる目的でやってるからいいが、一人でやってたら相当寂しい光景だろうな、これ……。
「ボールを落としたら負け、どうだ、わかりやすいだろ。おタヒは牛頭くんと一緒でいいぞ」
牛頭くんアリにしたのは、ハンデである。
流石に素早さカンストの俺と素早さも器用も高いグリセルダ相手におタヒ一人では相手は不可能だ。
「ふむ、面白そうではないか。良く弾むボールだな」
「やるー! 牛頭くん、行くわよ!」
俺は軽くおタヒの方に打ってやると、牛頭くんは大人気なく全力で俺に打ち返してくる。
しかし、俺は全力でグリセルダの方にアタック!
グリセルダは大人気なく俺に打ち返してきたので、俺はおタヒに返してやるが、おタヒも俺に打ち返してくる……。
「大人げないなお前ら! 二対一、いや三対一かよ!」
「勝負事だからな、容赦はせぬ!」
「こういう時侍女は気を使ってわざと負けるものよ?」
とはいえ俺もやり返すんだが。二メートルの高さまでジャンプしてクリティカルアタック!
すると、即牛頭くんが全力でレシーブをかましてくる。もちろんそのくらいは受けて返せる。しかしである。
「にょわわ!」
牛頭くんまで調子に乗り始めている。
ぐぬぬ、卑怯な奴らめ、絶対負けねえからな……!
「うっせー! 負けるかぁああああ!」
暫く経つと、俺達の周りに観客が増えてきた。やがて、長老までやってきて皆がワイワイいいながら俺達の試合を見てもりあがっている。
二十分後。流石に三対一はきちーわ。
俺が落としたのでルール上俺が負け。潔く認めよう。
「クッソ、負けた!」
決着がつくと、観客が俺達に惜しみない拍手をくれた。楽しんでくれたなら何よりだ。
しかし、流石に三対一のビーチバレーをガチるのは疲れる。
俺は砂浜で砂が服につくことも気にせず横になる。汗だくだったが疲れのほうが上回っていた。日差しで温まった砂浜は、布越しだと柔らかい暖かさだ。
海風が汗を冷やしていくのが心地よい。
「うふふ、勝ったわー! さすが私と牛頭くんね!」
「にょわわーん!」
「チケンもよく頑張ったではないか」
二人はドヤ顔をしているが、あまり腹も立たない。なぜなら可愛いので。
悪役令嬢とか言われてただけあり、ドヤ顔がよく似合う。
このドヤ顔を見るために負けたと思えば腹も立たない。
「ねーねー、その丸いの、ちょっと貸して欲しいマウ! 楽しそうマウ~!」
マウ族の子どもたちがよってきた。皆顔よりも耳が比較的大きくて、つぶらな目ですごく可愛い。
ケモ属性は俺にはないけど、これ見たら好きな人の気持ちがわかる気がするなあ。そのくらい可愛い。俺は迷わずボールを渡した。
「いいよ、遊んでおいで」
「わーい! ありがとマウ!」
「軽いから海に落とさないように気をつけろよー!」
「はーいマウ!」
「あーっ、私も遊ぶー!」
おタヒも子どもたちに混ざってボール遊びを始めた。
気がつくと、日傘をさしたグリセルダが横にいて、自分も座るとお茶を差し出してくれた。
「汗をかいたのだろう、水分を摂っておけ」
「ありがとうな」
汗をかいた体に、アイスティーが染み渡る。大変に美味い。
青い空、眩しい日差し、入道雲、エメラルドグリーンの海に白い砂浜。ボール遊びにふける子どもたち。
刑務所の中とは思えないほど平和な光景だった。
グリセルダはそれを眩しそうに眺めている。物理的に眩しいのもあると思うんだが、本当に眩しい光景に見えているのだろう。
グリセルダが欲しかった平和なローレンツェンというのは、こういう光景だったのだろうか。俺が知るよしもないが、グリセルダの横顔は美しかった。
それを俺は【視界拡張】をこっそり発動しながら眺めている。
このダンジョンに入ってから、俺は今総合点で一番美しい景色を見ている。
ファウストだって今この瞬間を見れば「時よ止まれ」と念じるはずだろう。
あと一時間もせずにこの美しい光景は終わるだろう。
脳裏にできるだけ焼き付けておきたい。




