第137話 因習村の夜
「ねえ、空気読まないこと言っていいかしら?」
皆がおタヒに注目する。
「私、お腹が空いたわ」
そういえば、昼にお茶とアイスキャンディーをごちそうになっただけで、そこから何も食べていない。時刻を見ると今は19時を回っていた。
「……飯にするかー!」
「賛成!」
「そうだな、補給は大事だ」
「うーむ、たしかに。茅原氏、私は夕食はアイスキャンディーが良いんだけど」
「アホ姫! また腹壊すぞ!」
「ファビエとやら、エトワールって前からこんななの?」
「残念ながら昔から残念で……」
あ、すこしファビエっぽい喋り方になってる。
「ファビエ社長も何か食う?」
「いや僕は……その資格は……」
そう言うと、エト姫が制服のポケットから何かを取り出し、ファビエに渡した。
「じゃあファビエ、モスマンでも食べるか? これが意外に悪くないんだ」
嘘をつくな。俺が人生で食べたもので一番まずかったぞ。
「要らん!」
「俺、テオネリア人は皆虫を生で食うと思ってた」
「一緒にしないでくれ、そんな姉上とじいやくらいだ……」
あ、やっぱりそうなんだ……。せめて加熱位はしてほしいよな。
おれはスフォーのおっさんにカブトムシを食わされた時のことを思い出してしんみりした。おっさん、そろそろ復活できたかな。
結局ファビエは虫を食べるくらいならと言って再度犯罪者収容ボックスに戻り、夕食は俺達だけで食べることになった。
もちろん普通の飯を食う。
さて、何を食おうか……と思っていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「こんばんはー、いらっしゃるマウか?」
「はーい、どなた?」
ドアを開けるとロッジの管理人のネズ耳さんがいた。
話を聞くと、週に一度、村総出で夕食会をするのでよければ俺達も一緒にどうか、というお誘いだった。
「私行くわ! 面白そうだもの!」
「私も行くとしよう」
「俺も行くか、エト姫はどうする?」
「アイスキャンディー食べたいからついていく」
エト姫は本当に駄目な女だな……。ファビエ社長助けてくれ。
とりあえず、行きますと伝えて、俺達は箱を放置するわけにも行かないので箱を引っ張りつつ食事会場にお邪魔した。
すると、明るいキャンプファイヤーの周りに焼いた植物の串などが並んでおり、フルーツやスープなどがビュッフェ形式で並べられていた。
適当に選んだがとろりとしたココナッツカレーのような味のスープが美味だ。
「お、なんかこのスープ美味いな」
「おすすめメニューマウ! この白い串を中に入れても美味しいマウよ!」
芋のような餅のような、串に刺さった団子をスープに入れると確かに美味い。エスニック風お雑煮みたいな感じだ。
「お客さんたちのお陰でノルマ達成できそうマウ! よかったらこの実も食べるマウ!」
「ノルマってどんな?」
「月に何枚服を売るかとかマウね。あとお客様をもてなした回数もマウ」
「大変だねえ……」
「服を作るのは楽しいマウけどね……お客様はいつ何人来るかわからないからなおさら困るマウ」
ネズ耳さんはしみじみとした顔をしていた。そりゃ、本来は来るはずがないもんな……。
夕食はおタヒやグリセルダの口にも会っていたらしく美味しそうに食っていたが、エト姫が別の意味で全然だめだった。
「茅原氏、このスープ美味すぎる! もう一回お代わりしてもいいか?!」
「何回目だよ」
「五回目」
「だめに決まってんだろ! また腹壊すぞ!」
フルーツや餅みたいな串も食いつつ丼みたいなサイズのスープを四杯完食とか、正気か?
俺はこの頃になると、もうエト姫が推しであることを忘れ始めていた。
だって俺の夢を片っ端から壊して踏みにじっていくから……。
「グリセルダ、おタヒ、この暴走機関車どうにかできない?」
「この年で躾が別の意味で終わっているのだから無理だ、諦めよ」
「無理じゃないかしら……」
礼儀作法のプロが二人とも諦めている。俺ごときにはもうどうしようもないな。
「そうは言うけどね、茅原氏。私は法令には何一つ違反していなくてだね」
「法律を守る前に常識を守れっつってんだよ!」
「常識が法律で定められていたら守る自信はあるんだけどねえー」
スフォーのおっさんはよ復活してこの姫どうにかしてくれ。
その後、エト姫はアイスキャンディーを五本追加購入して食べた。この女の胃袋の容量どうなってんだよ。フードファイターか。
俺達がエト姫の飽くなきフードファイトを眺めていると、騒ぎが起きた。
「チューッッ! 大変マウ! 祠が壊されたマウ!」
「本当マウか?!」
「駄目マウ、皆逃げるマウ、祟り神様が暴れ出すマウー!」
村人たちは慌てふためき、散り散りに己の家に向かって逃げていった。祠ってなんだよ、やっぱ謎の宗教があるのか?!
「お客さんも逃げたほうが良いマウ! 日が昇ったら祟り神様は消えるからそこまでロッジで耐えてほしいマウ!」
そう言って、ロッジの管理人さんも逃げていってしまった。
怪我をされるよりはずっと良いんだが、祟り神について聞きたかったな……。
「うーん、お前らどうする?」
「邪神よ邪神、調伏するわよ! 楽しみ!」
「にょわ!」
「祟り神とやらが剣の相手になるといいのだが」
「祟り神ってなんだろうね? まあ法令違反してそうだし、検挙に行こう!」
皆ノリノリだった。祟り神の存在を喜ばないで欲しい。特におタヒ。
「インテ、ナイトビジョンゴーグル人数分頼む」
「畏まりました! 久々の戦闘、胸が高鳴りますね!」
インテまでノリノリだった……。
ゴーグルは人数分用意され、暗闇でも視界は問題なさそうだ。しかし、性能がいいな……色までちゃんと見える。
耳を澄ますと、海岸線のかなり奥の方、森の方から叫び声が聞こえる。
俺達はどこにも持っていけない箱を引きずりながら祟り神を求めて駆け出した。おタヒは走るのが面倒になって箱の上に乗っている。まあいいけどよ……。
「やめてマウ! 命だけは!」
おタヒほどの大きさの、うさ耳の男性が、何かのモンスターにのしかかられて襲われている。
まず、おタヒが喜び勇んで牛頭くんを突撃させた。
「牛頭くん、行っけー!」
「キャアアアアア! 何をするのよ!」
牛頭くんのふかふかランスが深々と刺さったせいか、ヘビのような化け物は、まるで人間のような叫び声を上げる。
隙をついて、俺とグリセルダが下敷きになったうさ耳男性を引っ張り出す。
「あ、ありがとうマウ!」
「いいから逃げて! でも明日話し聞かせて、長老のとこでよろしく!」
「は、はいマウ!」
うさ耳だけに脱兎のごとく逃げていく。俺は久々に【視界拡張】を発動。ちゃんと逃げ切ったのを確認して、周囲の様子を確認する。
百メートルほど先に崩れた祠らしきものも確認した。積まれた石がまるで内側から誰かが飛び出してきたのように崩れている。そして壊れた祠を中心に、十体ほどの異形のモンスターが周囲に溢れていた。
モンスターたちの形体はみなそれぞれに違う。ヘビ型、ムカデ型、翼の生えた手、光る円筒、巨人、象、スパゲッティモンスター……バリエーションがありすぎる。
ただ、すべての体に共通しているのは、どこかに人間の顔が複数あることだ。微妙にグロい。
「見たことのないモンスターばかりだな」
俺は面倒なことになる予感で一杯だった。それでなくても面倒くさい姫君たちに囲まれているというのに……。




