第133話 セーフエリアの異変
応急手当キットで一瞬にして腹痛が治ったエト姫は、生き生きとした様子で箱の上で立ち上がって伸びをした。
解放された牛頭くんはおタヒの後ろに隠れている。つらい思いをさせてしまったな……。
「いやー清々しいねえ、健康が一番だ!」
「もうアイスは食べ過ぎるなよ」
「わかった、次は九本で我慢する!」
「何も理解してないじゃねえか!」
あまりにも自由すぎて、何故四方さんたちがエト姫を探していたのにエト姫から距離を置こうとするのかわかってきた気がする。苦労してたんだな……。
「次同じ原因で腹痛起こしても治さねえからな!」
「もう茅原氏は怒りっぽいなー、法令違反はしてないし、いいじゃないか」
「法令だけじゃなくて常識も守れこのポンコツ姫!」
「ははは、茅原氏は怒っても可愛いねぇー!」
「わかるわ、確かにチケンはその格好だとますます可愛いわね!」
「うむ、その尻尾が愛らしいな。ずっとそれを着ているといい」
くそーネズ耳帽子に尻尾つきワンピースのせいで俺が怒っても威厳がまったくない。逆に喜ばれている……。悔しい。
看板のすぐ横にロッジはあった。
「こんにちはー、エリアキーパーさんいますか?」
声をかけたが返事がない。
「いらっしゃいマウ~。ロッジのお客さんマウ?」
「そうです。エリアキーパーさんは?」
「うーん、昔はそう言う人が番をしてたらしいマウ。でも今いないマウね。一泊五ナッツマウ!」
俺はエト姫を見ると、今にも抗議したそうな顔だったのでハンドサインでグリセルダとインテにエト姫を黙らせるように頼む。インテに何か出してもらうように頼むと、先程届いたばかりらしい殻付きのくるみ一キロの袋を手渡ししてくれた。
「二泊したいんだけど、これでどう?」
「おお~! これはいいナッツマウ。十ナッツ以上あるマウね!」
無事ナッツ認定は通過し、口をおやつで塞いだエト姫と俺達はロッジの中に入った。中は古びた内装だがきれいに掃除されており、ベッドが五つとテーブル、そして簡単な調理施設と冷蔵庫、あの謎シャワーブースなどがあった。
「モゴーモゴゴゴモゴモゴ!!」
口いっぱいにポップコーンを詰め込まれたエト姫が俺に抗議をしている。
「先に飲み込んでからにしてくれ」
俺は水を渡すとエト姫はポップコーンを飲み込み、猛烈に抗議を始めた。
「どうして違法行為を見逃すんだ! 低レベル警備の刑務所では必ずエリアキーパーを置きセーフエリアの治安維持や囚人の遵法精神の涵養をすべきという法律があるんだぞ!」
「それをあのネズ耳ちゃんたちに言っても伝わらんだろ」
「でも違法行為なんだ!」
「そもそも、あの村人たち、ここをテオネリアと思ってないっぽいぞ」
「……え? 茅原氏それどういう事だ?」
俺はさっきの聞き込みで、七層はこの村人たちにとっての世界らしく、テオネリアや刑務所の中などという自覚が全く伺えなかったことについて指摘した。
そもそもこの第七層に祖父がいて孫がいて複数家族が暮らしているらしい。
明らかに刑務所に収監されている囚人の生き方ではない。
長老ですら俺より若いという発言も気になる。
「確かに普通の村っぽいわよ。私の国の辺境の村もこんなもんだったわ。長老がいて、毎日こつこつ働いて、ささやかに生きてるだけ。どこにも収監されるような荒くれ者がいないじゃない」
「私もそう見える。ただ、あの収監用の箱を崇めている様子が異様だったな」
エト姫は眉間にシワを寄せながら回想していたが全く思い出せないようだった。
「そうだっけ? 茅原氏もそれ見た?」
「見たよ。嫌がる牛頭くんにスキンシップしてたから気が付かなかったんだろ。反省しろ」
それを聞いた牛頭くんは嫌な思い出が蘇ったのかおタヒの後ろにしゃがみ込み、エト姫から距離を取っていた。俺の発言のせいなので申し訳ないな……。
「ふむ……とはいえ、この箱はそんなに一般人が目にするものじゃないんだよ。司法関係者、特に重罪犯を扱うような上級法務官とか重罪犯刑務所に勤めてるような人間しか扱ってないからね。重力操作デバイスとか体調維持装置とか入っててすごい高いから、気軽には使えないんだ」
「ちなみに日本円換算ででおいくら万円?」
「うーん、多分これ一個3000万くらい。だから壊さないでくれよ」
「……怖っ!! いや、重力操作デバイス入ってそれなら安い……のか?」
「一応量産されてるからねえ」
こういう業務用機器ってすごい高かったりするんだよな……。俺も仕事で使ってる機械の値段聞いて死にそうになったことがある。
「じゃあインテとかも良いお値段するのか?」
「インテはオーダーメイド生産だからもっとするよ。その箱20個分くらいのお値段かなあ」
「ひっ……インテ、今まで雑に扱ってごめん……いや、これからインテ様って呼んだほうがいい?」
今まで雑に撫でたりしていたが、指紋がついたら価値が下がるのでは……。
「是非今まで通りに扱っていただきたく! 姫様、余計なことを言うのはおやめください! 道具というのは使われてこそ輝くものですので値段など気にせず使い倒してくださいませ。チケン様は私にとって理想的な御主人様です!」
「そうかもねえ。そう言うわけだから、今まで通り使いなよ茅原氏」
いいのかなあ……。でも今更このダンジョンで、じゃあインテ返してって言われても困るしなあ。ありがたく使わせていただこう。
「それで、その箱の中身。尋問するのではなかったか?」
サーベルとショートカットを手入れしつつグリセルダが箱を見つめていて、おタヒも牛頭くんを膝の上に乗せながら頷いている。
パンドラの箱を開ける時が来たのかも知れない。
「正直に言うと気が乗らない。が、まあいつまでも開けないわけには行かないか。おタヒ氏、場に障壁とか結界の類を貼れるかい?」
「貼れるけど、チケンのチョークのほうが上等だと思うわよ?」
「あのチョークか。じゃあちょっとかしてくれ」
エト姫はため息を着きながらチョークを受け取り、模様を床にかいた。
普段は俺は普通に自分たちを囲むだけだったのだが、エト姫の描く図形は俺達を守るように円を描きつつ、いくつかの円の外側に箱が配置されるような感じになっている。
多分、中から出たあの男を逃さないようにしているのだ。
「一応、皆戦闘の準備をしておいてくれ。あいつが何をするかわからない」
「わかったわ、牛頭くん、ほら起きて」
「まあこの服でも戦えはするか」
「うーん、俺もまあナイフでも持っておくかあ」
準備が終わるとエト姫は、箱を開封するボタンを押す。
「チケン様、お気をつけください。このタイミングが一番危険です!」
バシュッといい音がして、箱が一気に開く。中から空気が抜けるような音を立てて、例の追い剥ぎが現れた。
追い剥ぎは何が起きたのかわからない様子でキョロキョロと周りを伺い、やっと俺達に気がつく。そして、俺達を見て顔を真赤にして怒りに燃えた。あ、手も治療されてるじゃん。
「てめえええええええ! このガキが!」
叫ぶ追い剥ぎの前に、エト姫が立ちはだかる。
「ファビエ」
「……お前も死ね!」
エト姫に気がついた男は襲いかかろうとしたが、そもそも武装解除されている。何も持っていない。それに気がついて素手で襲いかかろうとしたが、人力では結界を割ることができない。何度も拳を結界に叩きつけるが、拳が血に塗れるだけで何も起きなかった。
「はあ……お前にここで会うとはね。お前、地球で何をしていたんだ?」
「……お前には関係ない!」
「無いわけ無いだろ、お前の姉なんだからな」
えっ。ファビエって、あれ? 姉ってことは、弟?
「【偽装解除】、ほら。正体を表せ」
エト姫がスキルを使うと、男の顔や身体が光りに包まれた。光が消えて現れたのはどことなくエト姫に似たスリムな優男、メテクエにいたファビエそのものの男だった。
「ファ、ファビエ!? いや、テオデジの社長?!」
俺は混乱している。実在と非実在が入り混じり、何が本当だかわからなくなってきた。
この人が、あの俺の人生を狂わせたゲームを作った会社の社長……?




