第131話 間話13:物語の変質
少年は物語が好きだった。
冒険譚、貴種流離譚、異種婚姻譚、神話や歴史や伝記。
どれも好きだったが何より少年の心を踊らせたのは勧善懲悪の物語と、恋愛による成功譚だ。
正義が悪を粉砕することに少年は心を踊らせたし、不幸な身の上の少女が慈悲の心やその優しさ、美しさで富や栄光を掴みとる物語が好きだった。
しかし、現実は上手くいかないもので、少年はいつも非難される側に存在した。
少年の家は名家であり、生まれた時にすでに成功し終えていた。
素敵な恋愛をしたいと思っていたのに、この世界にはもう恋愛の余地など残ってはいなかった。恋愛などというのは、寿命をすり減らすだけの行動だ。
子孫繁栄は計画的に行わなくてはならない。何故なら、子供を作ると命が縮まるからである。
美しい愛らしいと褒めそやされたかったのに自分は体格に恵まれて威圧的な顔をした少年だった。王子さまにもお姫様にもなれそうにはない。
彼の人生は失望の自覚からスタートした。
悪を討ち正義を守る物語に憧れていた。
なのに少年の生家は勧善懲悪からははるか遠い場所にいた。
父は賄賂を懐に入れるタイプの人間であり、少年はその汁を吸って成長せざるを得なかった。子供は親を選べない。
時々少年の父親は糾弾される側に回り、しかしそれもすべて金の力で踏み潰していく。
少年はそれをどうすることもできず大人になり、生業を継ぐことになってしまった。
生業とは、テオネリア内務庁の長官という仕事である。
もちろん、それは世襲制の仕事ではない。ただ、少年には適正が有り余るほどにありすぎたし、周りもそれを後押しした。
威厳のある顔、記憶能力、判断力、物語を読むことで培ったコミュニケーション能力……やがて、少年はもう自分が少年ではなくなっていることに気が付き、あの頃あれほど嫌っていた父の顔そのものになっていた。
その頃だった。
テオネリアからしばらく離れた過疎星系に『扉』と呼ばれる異空間が発見された。そして奇しくもそれは元少年……セヴェロ・ヴェレルの私有地にも存在した。
扉は中心地に一番密集していたものの、バラバラと各地に小さい扉があったのだ。
私有地にある扉も、発見すれば内務庁に報告しなくてはいけない。だが、内務庁長官の私有地にある扉を、何故わざわざ内務庁に報告する必要があるだろう?
最初はほんの息抜きのつもりだった扉の向こうの外宇宙での暮らし。
私有地の中にいるだけ、という体で彼は自由に法律で規制されている、別名義の自分を作ることにした。
外宇宙の誰もいない星を金の力でいくつも発見し、そこで彼は自由気ままになりたい自分になった。
時には女神のような少女に、時には威厳ある神になり、時に可憐な乙女になった。
胸の踊る冒険を何度でも繰り返し、彼は少年の日の夢を思う存分叶えることができた。
しかし、金銭は無限の資源ではなく、彼はある日金策というものを考えなくてはいけなくなる。
もちろん、仕事もしなければならない。
自分の名を傷つけることなどもっての外である。彼は自分の名声を心から愛していた。
法令研究や運用の素案、関係省庁の調整などやることは多い。業務中にもう一つの可能性に彼は気がついた。
テオネリアの刑罰は、犯罪に事情がある場合や善行を多く積んでいる場合、刑罰が軽減されるというルールがある。
たとえば、誰かに傷つけられたからやり返したなどの場合や誰かを殺したがその前に多大な善行が積まれていた、などの場合一定の計算式に応じて刑が軽くなる
また、ほとんどの犯罪が親告罪であり、被害者が親告しない犯罪は犯罪にならない。
ヴェレルはその二つを上手く運用し、金に変える魔法を思いついた。
つまり、被害者が被害を感じなければ罪にならないし、申し出るものがいない場合もそれに準じる。
大事なのは被害者に自分が被害者だと感じさせないようにすること。
物証を残さないこと。
そして、善行を積んで万が一のリスクを極力軽減させることである。
もし被害者が自分の処遇に気がついても、まず星間司法庁に申し出なければヴェレルは処罰されることはない。しかし被害者にはそのアクセスルートがない。
被害者が誰かに訴えたい、と思っても、外宇宙から来た存在が自分を消した、などと何処に訴えるというのだろう?
もしテオネリア住民の誰かがヴェレルを疑ったとしてもその被害者にアクセスするための扉はヴェレルの私有地にあり、星間司法庁の人間と言えど令状なしでは立ち入り調査ができない。
唯一例外があるとするなら、王室特権だろうが、そのルートを潰すべく彼は王位継承第一位とされているファビエを抱え込んでいる。
ヴェレルは内務庁長官という顔も持っているが、いくつか私企業を所持している。
その一つが製薬会社だ。彼は、その顧客に裏ルートで『魂の寿命を延ばす気休めのサプリメント』を販売している。原料は言うまでもない。そのへんの宇宙で石ころよりも簡単に拾ってこられるものだ。
千年生きられるような時代になってもなお人は死を恐れた。
彼の商売は、あと千年は保つだろう。
その上、最近見つけた人口の巨大な星がある。
人口が多ければ多いほど、使い物にならない魂も増える。使い物にならない魂の処分は手間暇がかかるが、それを補って余りあるほどヴェレルに利益をもたらすはずだ。
それに加えその星にはヴェレルが読み切れないほどの物語があり、自分が主役の物語を頼みもしないのに書いてくれる奇矯な人間が数十人数百人といた。すぐ使い潰してしまうのはもったいない。
その星からは沢山の資源と物語と栄誉を得られるだろう。
そう目論んで、ヴェレルは当座の仕事に取り掛かることにした。
面倒くさくても、内務庁の重要な仕事は自分がやらねばならないので。




