第13話 ダンジョンにて 3
そんな風に俺は自分の身の上と、そして何故グリセルダを知っているかの説明をした。
もちろん、グリセルダがわからない単語があるときはその補足を入れながらだが。
簡易セーフエリアで焚き火をして、お茶の代わりに白湯を飲んでいる。
まだ話さないといけないことはあるのだが、口周りの筋肉が疲れてしまったので休憩を取ることにしたのだ。
普段仕事以外ではあまり人と喋らないせいだろうか……。
ああ、ペットボトルの茶が懐かしい。冷たい茶が飲みたい。
グリセルダもまともな飲食がしたいと思っているんだろうか。令嬢だもんなあ。
ここに来てからコウモリ肉だのカマキリの足だの、ろくなものを食べていない。
「なるほど、そのゲームとやらで私の人生を知っていた、と。ゲームとはお前の説明によるとエンディングがいくつもある物語のようなもの、でいいのだな?」
「大体合ってる」
一本道のゲームとかもあるけど、そこを説明すると話が長くなるからな……。
「だがな、不思議なことに私にはチケン、お前の言った私の結末は、全て記憶にあるものなのだ」
このグリセルダもゲーム内キャラで、AIが作り出した幻なのだろうか。
あまりにも生々しくてそれも信じられないのだが。
グリセルダは触ろうと思えば触れるし、俺の直ぐ横で白湯を飲みつつ表情を変えずに焚き火を眺めている。不思議な心境だ。
「ただ、私が知らぬことも多かった。私と王太子の侍女として採用したあの光の愛し子なる同級生が隣国の間者であることなどな……」
「まあ、あれ発覚するのグリセルダが死んだあとだからな」
「確かに、死んだあとのことは知りようがないか……」
「あの光の愛し子って、一応俺も中に入ってプレイしたけど、あの子ちゃんと名前あるの?」
ヒロインちゃん、名前すら設定されてなかったから俺の名前を使ったけど、本来の名前があるのかな。
「姓は覚えている。ライトナー。確かライトナー子爵が死病に見舞われたのを奇跡の力で癒やしたとかいう娘だ。だが、おかしいな、名前が思い出せぬ……」
「学生も侍女もいっぱいいるからじゃないか?」
グリセルダは首を横に振った。
「まさか。侍女の選定は私も関わった。王太子はあれでいて命を常に狙われていた、なので怪しい人物を近づけるわけにはいかなかったのでな。近侍の名前は全員覚えている。ロジー、アンゲラ、ハイデマリー、イングリッド、マヌエラ、オリビア、うん、皆覚えている。なのにあの愛し子だけが何故か名前が思い浮かばぬのだ……」
グリセルダの顔色がやや暗くなったように感じた。
「ああ、ライトナーの養女でなく、チケンがあの学園にいればな」
唐突にグリセルダが言う。
「多分入試で弾かれると思うぞ、言葉遣いがクソな中身がおっさんの女なんて真っ先に弾かれるだろ。そもそも入試にすら辿り着けんと思うが」
「もし入るなら私が口を利いてやろう。……まあ、元に戻れれば、だがな」
「いや、いいよ。俺も元の世界でおっさんに戻って普通に仕事してゲームしてぇ」
これは本心である。俺は元に戻ってまだ遊び尽くしていないメテクエをやりたい。
それはそれとして、グリセルダもどうにかしてやりたいとは思っているが。
「ゲームとはそんなに良き物なのか?」
「面白いぞ。俺がやるのはもっぱらスマホのゲームだけど、お前の世界にもあるだろ。チェスとか将棋とか、駒を使って遊ぶやつが。あとカードで遊ぶやつとか」
「ああ、あるな。勉学と修練に忙しく嗜んだことはなかったが」
ああ、やっぱ遊んだことないんだ。
勉強も武芸も礼儀作法もやってたら、そら時間足りないか。
こっちでも中学入試をする子供は大人みたいな睡眠時間で猛勉強してるらしいしな……。
「面白い、多分……。あれは向き不向きがある。頭をめちゃくちゃ使うから俺には向いてなかった。もっと簡単なのだと、サイコロで出た目の数だけ進むゲームとかなら誰でも面白く遊べるんじゃないかな」
「色々なものがあるものなのだな……」
しみじみとした顔になって、グリセルダは天井を眺めた。
「私に足りなかったのは、案外そう言うものだったのかも知れぬ」
「そんなもんかねぇ。俺にはグリセルダは完璧超人に見えるぞ」
美人で賢く強く守ってくれる嫁。しかも辛口。
最高だと思うんだが、趣味は人それぞれだからな……。
「殿下はいつも私をつまらない女だと言っていたからな。本来なら私の姉が殿下の妻になるはずだった。だが、姉が急死してしまってな……我が家に殿下に嫁げるような年の女は私以外残っていなかったのだ」
グリセルダの家は陸軍大臣を代々務めている。それで、グリセルダは元々軍務を勉強していたらしい、ということはシナリオでもちょっと語られていた。
何もなければ軍務次官になるはずだったらしい。ローレンツェンは意外にも女性の軍人も少しはいるので、おかしくはないルートだった。
「まあ、相性があるからな。気にするなよ、きっといい出会いもあるさ」
「しかし、私のような者を厭わぬ男がいるのだろうか」
「いるぞ。いっぱいいる。ローレンツェンのゲームをやった奴には悲劇のヒロインとして有名だし、お前の事好きだって言ってる奴いっぱいいるぞ。俺のスマホにはお前のファンアート結構保存されてるし……」
まあ俺も結構好きだしな。メテクエのエト姫の次くらいに。
「ファンアート、とは?」
「物語を読んで、絵師が『どうしてもこの登場人物を描きたい!』て思って描くのがファンアートだよ。そんで『この登場人物最高だよね!』って気持ちで人に見せるんだ」
「……随分と手間がかかっているな……金にでもなるのか?」
「ならないな。殆どの場合は趣味で描いてる。お前のことが好きだから何時間もかけて描いてるんだよ」
グリセルダはびっくりした顔で俺を見つめている。
こいつがこんな顔をしているのは、ゲーム中では一回もなかった。ゲーム内のグリセルダは、いつもどこか諦めたような冷たい眼差しで、表情を変えることなんて一度もなかったからだ。
「そんな者がこの世にいるなどと、一度たりとも想像したことはなかった」
「俺の世界に行けたら見せてやるんだがな。枚数もいっぱいあるぞ。お前、結構人気者なんだよ」
「そうなのか……お前の世界のことが少し気になってきたな。チケン、先程の続きを聞かせてくれないか?」
「うーん、どこまで話したっけ?」
「私のルートがないことを知ってがっかりしたあたりかな」
「じゃあ続きを話すか……」
体感的にはもうそろそろ眠くなってくる頃だ。数時間歩いた末にカマキリを倒して飯を食って話し込んだから、多分もう夕方とかだ。
しかし、グリセルダはこれを聞き終えるまでは寝る気がないようだ。
しかたなく、俺は先程の続きを話し始めた。




