第129話 法的には許されている紐
疑問は多々抱きつつも背に腹は代えられない。
真夏の太陽の下、冬服を着て熱中症で死ぬのは流石に愚かすぎるからだ。
夏服を見せてもらうと、凝ったデザインの夏服と水着があった。並べられているのは見本で、実際には注文後仕立ててくれるのだという。
良くも悪くもソシャゲの服っぽいが、縫製技術は確かそうだ。布も安っぽくなく薄いのにしっかりしており、滑らかで艶がある。
「じゃあ、どれにすっかなー」
「うーむ、露出度が高すぎるのでは……」
「チケン、布が足りないわよどれも!」
まあふたりとも、首から下は全身覆われているのがデフォだったもんなあ……。しかし、俺は心を鬼にしなければならない。
「グリセルダ、おタヒ、布が多いほど基本的に暑いんだ。そして、暑いと熱中症になる。俺の国ではあまりの暑さに死んだ人間も去年千人超えててニュースになってた。真面目に夏服を選べ。多分この気温と湿度でその服着てると死ぬぞ」
俺は真面目に説教をした。熱中症で倒れられては困る。俺ではこの二人を運べないのだ。
「うそ、そんなわけ無いじゃない! 暑さくらい耐えられるわよ! 湯殿みたいなもんでしょ?!」
「嘘じゃない、人間の脳は42度を超えるとタンパク質が変質し始めるんだ。要するに『火が通り始める』んだよ。火の通った卵からひよこが生まれてくると思うか?」
「……チケン、わかった。真面目に選ぶからそれ以上怖い話をするな」
おタヒとグリセルダは諦めて、どれが一番マシかの検討に入った。
俺は男児用のラッシュパーカーとハーフパンツ、ビーチサンダル、サファリハットを選ぼうとする。
「ちょっとチケン! 何よその地味な服は! 許さないわよ!」
「日差しを避けられるし風が通るから長袖のほうが良いんだよ」
「せめてチケンの服を我らに選ばせるくらいの楽しみはあっても良いのでは?」
「そうよ! じゃあ二人で選びましょ!」
「なんでだよ、俺の服は俺が選ぶんだよ!」
エト姫は逆に振り切りすぎていた。
「なあ茅原氏、これはどうだ! 涼しそうだろ?」
エト姫は水着と呼ぶにもおこがましい、透ける布のくっついた紐を持って誇らしげに立っていた。
似合うとは思うが、それ林檎の審査云々どころかエロゲレベルの服じゃん……。
「日焼けすると肌痛いから普通の服着たほうが良いぞマジで」
「そんなもんかなあ? 涼しくて私の肉体美も誇れるし良いと思うのだが」
「あとそれ着るなら俺達から百メートル離れて歩いてくれな、痴女だぞそれ」
「チケンに意見を同じくするぞ、エトワール」
「全裸以下の服装とかあるのね……世界って広いわ……」
おタヒがすごいこと言ってるけど、たしかにこの格好なら全裸のほうがまだエロさはない。そのくらいエロい。
いくら推しでも限度がある。一緒に歩きたくない。
「リゾートエリアでの露出は法でも認められているが?」
エト姫は自信満々で言う。テオネリア、妙なところだけ自由だな……。
「その格好の人に隣りにいてほしくないんで……日本なら絶対おまわりさんに職務質問されるぞ、その服装」
「むむ、地球の法律には……いや、地域によってはあるか……。そして地球はそう言うマナーなのか、しかたない。もう少し露出度を下げるか……」
水着ガチャのエト姫はよく「水とか風を商っていらっしゃる?」「攻めすぎ」「なんで林檎が審査を通すんだこれで」と言われる服だったのだが、本人のチョイスはその上を行っていた。
現実の再現だったとは……。
俺は、てっきり水着ガチャの水着は男を釣るために激しい露出にしてるんだと思っていた。
まさか本人の希望だった可能性があるとか考えたくなかった。
「夢が、夢が壊れていく……俺の夢が、四桁万円が、こんなに痴女な訳が無い……」
「チケン、お前はエトワールのことを忘れろ。精神衛生に悪い」
「そうよ、チケン。可愛い服着て忘れましょ」
「いやお前、それ俺を騙そうとしてるだけだろ!」
などと色々ひと悶着あったのだが、とりあえず俺以外服は決まった。
服が仕上がるまでお茶でもということで、長老のロボロフさんが涼しい部屋でアイスティーとアイスキャンディーをご馳走してくれた。お茶は香ばしくて美味しかった。
「冷たいお茶が美味しいなんて知らなかったわ!」
「うむ、なんの茶かはわからないけど美味だな……この氷菓子も美味い」
「茅原氏、素朴な氷菓子も良いものだねえ!」
三人は冷たいお茶とお菓子にご機嫌で何よりだ。ちなみに料金は米五キロと干し肉一キロ分ということで話が着いている。ずいぶん安い気もするが、ぼったくられるよりは良い。足りなければ他に何か四方さん達にナッツ類を送ってもらうのもありだろう。
甘酸っぱいアイスキャンディーを食べ終えて、俺達は工房を見学させてもらう。
日陰のよく風の通る工房では、ネズミ耳やハムスター耳、うさ耳の男女が縫い物に従事していた。皆器用にミシンを動かしたり、手縫いで刺繍を施したりしている。
俺は何かを作るところを見るのが結構好きだ。手仕事も機械作業も見ていて楽しい。しかし、それを見るエト姫とインテが厳しい表情をしている。気がする。
「エト姫、この人たちってテオネリアの住人なのか? やっぱ異星人だけあってケモ耳とかいるんだな! テンション上がるなー」
「いや……それが、テオネリア文化圏にはああいう耳の種族はいないんだ、茅原氏」
「えっ」
エト姫とインテによると、テオネリア文化圏の人類にこういうケモミミ系の人種は元々いないのだそうだ。ただ、可能性は二つあると言う。
可能性の一つ目は、誰かが人体実験なり整形手術をしてケモミミ族が生まれた可能性。
もう一つは外宇宙に住んでいるどこかの種族をさらってきた可能性。
「……なんか今までの経緯を思うとどっちもありそうで嫌だな」
「私が外にいない十五年間の間に何があったのかジュスティーヌ達に調べさせるしか無いな」
エト姫は防音障壁を張って、またインテに向かって怒鳴り始めた。何を喋ってるんだかわからないけど、とにかく怒っている。終わったあとはすっかりいつもの澄ました顔のエト姫に戻っていた。
「よし、ジュスティーヌとセーレに調査を言いつけておいた。それとナッツを頼んでおいた。流石にさっきの米だけじゃ足りないだろう。平等な取引こそ法の要とも言えるものだからね」
エト姫の遵法精神は健在だった。よかった。ここだけはゲームの通りで……。エト姫、今のところモスマンやら痴女水着やらで良いところがないからな……。
「そうよねー、もっと良いものあげたいわよね。あのクリームって娘可愛かったわ! ネズミは私の国では縁起の良い生き物なのよ」
「見た目は愛らしいし、豊穣の象徴でもあるしな」
「俺の服は結局お任せになったけど、どうなるんかな……」
俺の服を巡って、おタヒとグリセルダと俺とエト姫で何故か全員意見が食い違い、それなのに俺以外の全員が俺の選んだ俺の服を拒否したのだ。
自分の服くらい自分で選ばせろという提案はエト姫の件によって却下された。俺ははそれを着るなら離れて欲しかっただけなのに……。
仕方なく、誰の意見も採用せず仕立て屋さんのおまかせを選ぶことにした。
ちなみに、エト姫が俺に選んだのは写真をクラウドに上げたら絶対に垢バンされるような際どいやつである。
俺を社会的に殺す気かこの女は。推しといえどやっていいことと悪いことがある。
そう喋っていると、さっきのクリームちゃんがやってきた。
「おまたせしたマウ! 試着お願いするマウ!」
俺達は順番に試着をすることになった。
さて、俺に用意されたのはなんの服だろうな……。
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ちなみに、テオネリア文化圏にエルフ耳はいます。
特に魔法が得意ということもなく(みんなが使えるので)、ただ耳が尖っているだけの人種です。
(作者のこだわり)




