第127話 七層へ
その後、ターボ婆ちゃんに分乗し、セーフエリアに戻るとエト姫がエリアキーパーに何らかの交渉をしていた。
最終的に身分証と令状の画像のようなものを見せると、エリアキーパーはエト姫を含めセーフエリアに受け入れてくれた。一安心である。
時間も遅いのでつむぎちゃんはもう眠っている。おタヒも微妙に眠そうだ。
「ベッドで寝られるの、ダンジョン内ではこれが最後かもなあ」
「そうだな、ゆっくり休んでおけ、チケン」
「うう、このベッド持っていきたいわ……」
「おタヒ様、流石にこれは入りませんので……」
気持ちは解る。このセーフエリアのベッドすごく寝心地が良いのだ。
どこでも寝られる俺でも少し惜しい気持ちになる。
しかし、明日の準備もしなくてはならない。俺達は荷物の点検や、地図のチェックなどをする。
「七層は何があるのだろうな?」
グリセルダの問いにエト姫が答えてくれた。
七層のゾーンは数年おきに変化があるらしく、誰にも予想はできないらしい。ただ、自然あふれるエリア、ということだけはわかっている。
やだなー、冬山とかじゃないことを祈るぜ……。俺冬嫌い。夏も好きじゃないが。
ま、いいか。なるようになるだろ。
それよりも体調を整えるほうが先だ。俺はさっさとベッドで眠りについた。
朝起きるとやはりおタヒとつむぎちゃんが走り回っており、その中で平然とインテ越しに怒鳴っている感じのエト姫と、俺の前で眠そうな顔をしているグリセルダ。
そして、八尺様とターボ婆ちゃん達が朝ご飯を準備してくれていた。
「婆ちゃん達料理できんの!?」
『昔は人間だったからね……皮むきや皿洗い位はなんとかなるさ』
「ありがとな。俺も何か手伝う?」
『ポ! 最後くらい作る。待ってて』
お言葉に甘えて楽しみに完成を待つことにした。
出てきたのは、野菜たっぷりの芋煮のようなスープと、沢山の塩むすびだった。朝に食べるにはちょうどいいメニューだな。
「握り飯じゃない! しかも醤油の汁物ね、最高の献立だわ!」
おタヒのテンションが急上昇している。和食は作ってやれなかったからな……俺の技術的な限界で。レシピ本とかあればいいんだけどなあ。
「ふむ、肉と野菜のスープと穀物をかためたものか……面白い食べ方もあるものだな」
グリセルダは塩むすびをナイフとフォークで器用に食べていた。手袋だしな……。もちろん芋煮もスプーンで食べていたが、それでも食べ方が綺麗で見ていて面白い。
「ちなみに、この肉何の肉? 牛肉の芋煮っぽいけど」
俺はかつて会社の先輩に誘われて芋煮会というやつに行ったことがある。そこで食べたやつに近い。でも、肉類は干し肉くらいしかカバンに入ってなかったはずだが……。
「それか! それは私が提供させていただいた!」
エト姫が笑顔で宣言する。
「えっ」
皆に緊張が走る。まさか、俺達は『アレ』を食わされているのか……!?
「レプティリアンだよ。加熱して食べるのは初めてだが、加熱して食べたほうが美味いな……」
刺し身とかの例外はあるが、タンパク質はだいたい加熱したほうがいいだろうな……。
「モスマンじゃないならいいか……」
「そうだな、あれを食わされたと思って一瞬焦ったぞ」
「食べただけで呪われそうよね」
「わかんないけどつむぎこのお肉すき!」
とりあえず、昨日の事件でモスマンというラインができた気がする。あれ以下にならなければセーフ、と言うラインだ。これだけは守っていきたい。
朝食の片付けを終え、俺達はついに出発の時間になった。もう五層と六層にモンスターは出没しないらしい。平和が戻ったと言っていいのかな。
ターボ婆ちゃんのご厚意に甘え、光の柱まで乗せていってもらう。お婆ちゃんを乗用にするという背徳感はあるものの、快適だった。心より感謝したい。
八尺様とつむぎちゃんも見送りに来てくれた。
「おねえちゃんたち、ありがとう! げんきでまたあおうね! ごずくん、またねー!」
「にょ!」
『ポ! つむぎちゃん任せて。護る! 皆、元気で!』
『旦那達も元気でね! あたし達はしばらくつむぎちゃんと楽しくドライブする予定だよ!』
「楽しそうね、お婆ちゃん達も八尺もつむぎもまた会いましょうね!」
「うむ、八尺嬢、つむぎ嬢、エリーゼ嬢やアルファード嬢にも世話になった。健やかに過ごしてくれ」
別れにはいつだって幾ばくかの寂しさが含まれている。
出会いは散々だったが、八尺様もターボ婆ちゃん達もう友達のような気がしていて別れがたい。しかし、俺達は先に進まねばならない。
つむぎちゃんや八尺様、ターボ婆ちゃんたちのことは解決したが元々のオーダーは最下層へ行くこと。そしてエト姫に出会うこと。
いや、違うな。
俺の望みはこの二人――――グリセルダとおタヒの、幸せなエンディングを見ることだ。そのために、何故このダンジョンに入れられたのかを調べねばならない。
きっと、エト姫はそのための助けになってくれると信じる。
ゲームのエト姫とこのエト姫は違う人物だ。
それは今でも思っているが、きっと根っこには同じものがある。法に従って生きる人を守りたい、その気持ちは本物のエト姫にもあると俺は信じている。
「よし、行くか。じゃあ皆、お元気で! 最下層クリアしたら日本で会えるといいな!」
グリセルダは俺とおタヒを抱きかかえ、そして俺とエト姫が手を繋ぐ。
「では、いくぞ、せーの!」
俺達は一斉に光の柱に突入する。
もう慣れてしまった目眩。数秒後、もう七層に着いていた。
目眩から回復して目を開くと、眩しい光が瞳孔と肌を焼く。
「……なんだ、ここは?」
「なんなの、この空?!」
「うーむ、冬よりはマシかな」
俺達の前に現れたのは、広大な白い砂浜と、エメラルドグリーンの大海原。そして照りつける太陽だった。
「――――夏かよ!」
「夏だね、茅原氏。夏服はあるかな?」
「無いな……インテ、何かある?」
「ございませんねえ」
エト姫と俺はげんなりしているが、グリセルダとおタヒは困惑している。
「こんな色の海見たことないわ! 海ってもっと暗い色じゃなかった?」
あ、そうか……。東の国も島国だけど、こいつの国の都って日本海側みたいなところにあって鉛色の空に黒っぽい砂浜、藍色の海だったもんな。見慣れないはずだ。
「海、そうかこれが実物の海か……にしても、思ったよりも暑いし日差しが厳しい、そしてこの空の色も初めて見るな……」
そうか、ローレンツェンって平地で海がなくて夏がほんの微量で春と秋と冬が殆どを締めてる国だもんな……。入道雲とかがほとんどなくて、パステルブルーの空にぼんやりとした薄い雲が流れる国だ。
二人にとってある意味、今までのダンジョンよりも慣れない環境だろう。
にしてもまいったな……夏服がない。
「エト姫……夏服とか持ってきてる……?」
「いや、短期決戦を考えていたから無いね。まあ袖をまくるか」
「チケンどうしましょう、この羊の着物暑いわ!」
そりゃそうだろな……。しかし、こいつの服、これ以外も春物のドレスとか分厚い絹の着物しかない。どうしたらいいんだ。
「ねえ、なんか日差しっていうか焚き火にあたってるみたいなんだけど……暑いというか熱いわ。蒸し焼きになりそう……」
「……私も思ったよりも暑い、困ったな」
グリセルダも冬の軍服みたいなかっちりしたシャツの上にベストとコートを着ているから、防御面はともかくとにかく暑い。こんな南の島みたいな場所で着ていると命に関わる。
俺は速攻きぐるみを脱いでシャツの袖をまくって半袖にした。しかし、生地自体が厚くあまり効果はない。というか、日差しが強すぎて肌を焼く。半袖はやめたほうが良さそうだな……。
せめて帽子がほしいところだが、インテの中にある材料が羊毛メインなのも辛い。
俺達が困っていると、どこからか可愛い声で懐かしい口上が聞こえてきた。
「日傘ーえー、日傘! 日傘はいらんかねー! 水着、夏服、アイスキャンディーもあるよー!」
今ものすごく欲しいものだけど、ものすごく怪しい。
さて、どうしたものか……。




