第126話 六層最後の夜
食後、つむぎちゃんが寝たあと真面目に打ち合わせをした。
つむぎちゃんは牛頭くんの背中ですやすやと眠っている。寝心地良さそうなんだよな牛頭くんの背中。
「うーん、エト姫はこのあとどうするんだ? やっぱ最下層に行くのか?」
「そうだな、内務庁と物理的に会話をして非正規手段で出ることもできるが、どうせやるなら正規の手段で出て行きたいと思っている」
予想してた答えが帰ってきた。じゃあ同行ということになるか……。
「その箱の中の犯罪者と、つむぎ嬢への対応はどうするつもりなのだ?」
「犯罪者は落ち着いた時に適切な処理をする。法律上の問題があるのですぐにとは言えない。少し待っていて欲しい。つむぎ嬢については条例や法令があるのでそれを使ってこのフロアで、八尺氏やロータス・エリーゼ氏に一時保護を願うということでいかがだろうか」
つむぎちゃんについてはそれがいいだろうな。この下の階層のこと、あんまり詳しくわかってないんだよな……。とんでもねートラップとかあったら護りきれんし。
「レプティリアンやモスマンが襲ってきたりしないの?」
「それは発生させないように私の権限でエリアキーパーAIに言い聞かせよう。これでも司法権限は一級を取得している。大体の無理は通るはずだ。それでも駄目ならテオネリアの管理の範囲内にある建築物だ、王族特権を使う」
なるほど、エト姫は現実的にできる範囲でできることをしてくれているようだ。話しつつもインテが四方さんに言われたとおりに体調診断キットで体調を調べていた。結果は健康そのものらしい。
「……あの気色の悪い蛾とトカゲでよくもまあ」
おタヒは呆れた顔でいうが、その気持ちはとても良く解る。
「あの蛾とトカゲは元々受刑者の食事としてデザインされたモンスターだからな。食べられないわけがないのだ。そしてアレを食っていると健康に過ごせるようになっている。味はともかくだが」
「どんな味なんだ、それ……」
俺がそう聞くとエト姫の目は輝いた。スッとハンドバッグから出てくるモスマンだった物体は明らかにモザイクを掛けて欲しい外観をしている。
「【浄化】! よし、これで食べても腹は壊さない。食べてみたまえ、チケン君!」
「いや、俺は食レポを聞ければいいだけで……」
「まあまあ、そんなに悪くない味だから!」
そういや海外でも蛾の幼虫とかを料理に使うところはあるよな。偏見で不味そうとか思うのはよくないかも知れない。
俺はこわごわそれを口にしたが、全く予想通りの味で、健康な時に飲む経口補水液ににがりと漢方薬とお酢を混ぜた味で、カスタードクリームのような食感をしていた。
飲み込むと喉の奥からムワッとする謎の虫臭さがこみ上げる。
「おえっ! 誰か! 水! 水!」
「チケン、アホなの?!」
そういいつつおタヒが自分が飲んでいた水をくれて助かった……。
「で、どうだったのだ。チケン、食レポとやらをせよ」
「簡単に言うと下には下があった。あのレーションの百倍まずい」
「お前はいつか食あたりで死にそうだな……もう危険なものには手を出さぬようにしろ」
「はい……」
あのレーションよりまずいと聞いて、おタヒとグリセルダはますますすごい顔でエト姫を眺めている。気持ちは解る。
俺、エト姫って本当に王族生まれのお姫様だから、素敵なお茶会だの晩餐会だのをしていると思ってた。こんな地獄の食生活をしていると思わなかったな……。
「そういえば、エト姫はなんでここで待機してたんだ? あんな虫なんて食ってたけど」
スフォーのおっさんを探しに来て、一層ですれ違いになったのならさっさと出たほうが良かった気がするんだが。
「一層ですれ違ったがスフォーの魂の反応はずっと一層にあるのだ。スフォーが生きているならここで待っていれば合流できるだろうと踏んでいたのだが、主にカブトムシやバッタしかいないはずのエリアで死んでいるのは想定外だよ……」
「まあたしかにな……」
「ちなみにスフォーのおっさんって強いの?」
金を持ってるのは知ってるんだが、実際どんなおっさんなのか知らないんだよな。
「強い。私とファビエの教育係だからな。そもそも、私のスキルはほとんどスフォーに教わったものだ。そこから個人的に修練もしたが、手合わせでは中々勝てなかった」
ゲームのエト姫にはじいやがいて、不意打ちしても何しても勝てなかった、みたいなエピソードがあった。あれも、現実のエト姫をモデルにした話だったのか……。
そうしてるうちにインテ経由で四方さんから報告書が届き、それを読んだエト姫は防音障壁を張ってもなおすごい剣幕で怒鳴っていることがうっすら伝わってくる。
二十分ほど怒鳴りきったあと、取り澄ました顔でエト姫は障壁を消した。
「ふう……我が部下が迷惑をかけたようだな、チケン君……いや、茅原氏。後日改めて謝罪させていただく。そして乙橘皇女殿下、グリセルダ・フォン・リーフェンシュタール王太子妃殿下、お二人にも後日改めて説明と謝罪をさせていただきたい」
エト姫は頭を下げたが、その下げてる様子ですらかっこよかった。
虫が絡まない場合は本当に俺の推しと言うにふさわしい風格がある。ふつくしい……。
「……私はおタヒでいいわ。本名呼ばれるの嫌いなの。というか私の国の風習で駄目」
「わかった。我らはそれで良い。つむぎ嬢や八尺嬢たちは救助が来るまで食事や衣類に困らぬよう手配は?」
「もちろんさせた。茅原氏があらかじめインテの中から新たなマジックバッグを探してくれていたおかげでスムーズにやり取りできると思う。細やかな気遣い、心から礼を言う。本当に助かった」
エ、エ、エ、エ、エト姫が……俺に……礼をしている……!?
死ね! とか無能!
じゃなくて、礼?!
「どうしようグリセルダ! エト姫が俺に無能とかゴミカスが! とかじゃなくて礼をしてるんだけど?!」
「前々から思っていたがチケン、お前は変な場面で興奮するな?」
「そういう性癖なんだよ! 人の好みはそれぞれだろ!」
「チケン、哀れよね……普通に褒められて喜べないなんて……」
「茅原氏、私はそのゲームでどういう人間として描かれていたのだ……?」
俺は慎重に言葉を選ぶ。
「法律に厳しくて人の心が微妙にわからない、テクニカルとパワーを組み合わせた感じの不器用なキャラですかね……好きな言葉は『有罪』『主文後回し』『強制執行』で……」
「……うーむ、誰が作ったんだ? それにしてもひどい描かれ方をしたものだ……」
エト姫は深くため息を着いた。多分、ゲームほど振り切った性格ではないのだろう。当たり前だが。
風評被害に加担しているようで、俺はそこはかとなく申し訳ない気持ちになる。
「そういえば」
「ん?」
「おタヒ氏とグリセルダ氏のゲームを作った、いや作らせたのは誰だ?」
「ヴェレル・ソフトウェアって会社が作ったからヴェレルってやつじゃないのか?」
「やはりか……色々調査させてるんだが中々尻尾を掴めなくてね」
グリセルダとおタヒは神妙な顔でそれを聞いていた。死後伝記になるとかならまだしも、生きているうちにゲームが作られているのはなあ。
おかげで知り合えたので、微妙な気分ではある。
「その箱の中の男を問いただすしかないのではないか?」
グリセルダの声に、エト姫は少し悩んだような顔をする。
「まあそうなんだが……それをするにしても七層へ移動してからでいいだろうか。もしこの中の男が逃げ出して、つむぎ氏に迷惑をかけてはいけないからな」
「それは構わぬ。ただ、きっちりと処分することを希望する」
「絶対余罪あるわよ、そいつ」
二人の言葉にエト姫は苦々しい顔をした。
「そうだろうね。一体何でこうなったのかわからないが、法に従って報いは受けてもらう。たとえこいつが何者だとしてもだ」
エト姫らしい言葉だったが、ゲームとは違う、苦み走った喋り方が印象に残った。
やっぱり、名前や外見が同じでも、同じ言葉を喋っても、キャラクターではない。
これからは、ちゃんとそういう扱いをしようと思った。




