第123話 モスマンを食らうサトゥルヌス
起きると白い服の女性がおタヒの前で正座をさせられていた。
『ポポポ、大丈夫、落ち着いて。あっち見ちゃ駄目。私護る』
八尺様はギャン泣きするつむぎちゃんを優しく抱きしめている。
「このアホ姫! 人前では行儀よく食べなさいって教わらなかったの!? お陰でMPが底をつきかけてるわよどうしてくれるのよ! あんたほんとに姫!?」
「インテ嬢、本当にこの蛾を丸かじりする浅ましい女が姫なのか?!」
「はい……まことに遺憾ながらテオネリア王室第三王女のエトワール姫殿下にございます……」
インテは今までで一番沈痛な面持ちだった。可哀想に……。
「それにしても子供の前で分別がなさすぎであろう、子どもがそんな巨大な虫を丸かじりする人間を見て怯えないとなぜ思える?!」
「しかし私は食事をしていただけで」
「食事のマナーは王族の基本であろうが! この痴れ者! 人が来たら口の中のものを吐き捨ててでも体裁を取り繕え!」
すごい、グリセルダもガチギレしている。マッチョ先輩にだってあんな怒ってなかったぞ。
「大体、そんなモスマンをバリバリむしゃむしゃ頭から食べてるのを見たら普通の民はこういう反応をするのよ! 子どもは泣くしチケンも三回気絶してるじゃない! 反省しなさいよ!」
おタヒの話に申し訳ない気分になった。そうか、三度目か、流石にそれはMP切れるよな……。
相変わらずつむぎちゃんは八尺様の腕の中でギャン泣きしており、俺は携行武器をすべて奪われグリセルダに拘束されている。
普段なら喜ぶところなのだが、あの光景を見たあとでは喜べない……。
「インテ、探してる姫が俺の推しのエト姫だと知ってたのか? 俺を騙したのか……?」
「エトワール姫とは存じておりましたが、まさか姫がこのようなお姿になっているとは夢にも思わず……あとジュスティーヌお嬢様に口止めされていて……」
半分正解で半分間違いって感じか。
「どういうことだ、インテ嬢?」
「もしもチケン様の知るエトワール姫と我らのエトワール姫が同一であった場合、チケン様は迷宮から強引にログアウトしかねないから内密に、ときつく言いつけられておりまして……」
「……なるほどな」
「インテ! あとであなたも説教するからね!」
「はい、畏まりました……」
インテはしょんぼりしてる。
そしてこういう時につえーんだよな、この二人。正論での殴り合いは何度も経験してきているからとにかく強い。
俺? 俺が得意なのは取引先で土下座をして相手を許してやるかって気にさせることくらいだよ……。
「しかしだな、私は本当に食事をしながら本を読んでいただけで」
「貴重な書を食べながら読むなど言語道断! 神仏が許しても私が許さないわよ!」
白い服の女性の声は何度聞いてもエト姫の声だった。
俺はエト姫のセリフを全部録音して自分専用睡眠ASMRを作ったからちゃんと聞き分けられるんだ……。配布もしていないし個人的な利用は著作権法で許可されてるから許して欲しい。
しかし、聞こえてくる全てがひどい。
耳から聞こえてくる全てを信じたくなかった。鼓膜、今すぐ破れて欲しい。
これが王太子の言っていた俺の運命か。
何一つ間違った予言はしていなかったな。
エト姫こそダンジョンに俺を送り込んだ張本人であり、人生の目的でもあったのだから。
ああ、でも、地獄だ……。
「グリセルダ、せめて俺の鼓膜だけでも破ってくれ……」
「チケン、目は閉じて良い。せめて耳だけは耐えていろ……」
グリセルダが俺の頭を撫でると、俺は体に引きずられているのだろうか、それともメンタルが限界だったのだろうか。
体の奥底から涙が込み上げてくるのを我慢できなかった。
「もういやだー! 俺の二十代の全てをつっこんだエト姫がモスマンを食らうサトゥルヌスだったなんてあんまりだーーーー!」
俺もつむぎちゃんにつられギャン泣きし始めた。溢れる絶望を涙と泣き声に変えないと、爆発して壊れてしまいそうな気がしたのだ。
せめてもの救いは、俺が女児ボイスであったことだろう。おっさんボイスでギャン泣きしてたらあまりにも事案だからな……。
「うわああああああん! ママー! ママー!」
「ビエネッ太さん、ファー姫さん! 助けてくれー! 俺の、俺達のメテクエおかしくなっちゃったよー! うわあああああああああん!」
俺とつむぎちゃんは、その後たっぷり30分間ギャン泣きし続け、その間エト姫を名乗る不審者はおタヒとグリセルダと八尺様に詰められ続けていた。
一時間後――――
「私の無作法は認める。大変申し訳無い。人と会うのが十五年ぶりでマナーをすべて忘れていた……」
「そんなもん言い訳にならないって言ってるでしょうが!」
「十五年で人から獣に戻ったのか、お前は? 猿なら猿らしい振る舞いをせよ、ほら、猿らしく鳴け」
『ポ! 本当に申し訳ない思う、怖がってる時点で辞める!』
「誠に遺憾の極みであり、深くお詫び申し上げる……」
エト姫を名乗る不審者はおタヒ・グリセルダ・八尺様連合軍に完敗していたようだった。食べかけのモスマンもどこかに処分されていた。良かった……。
「姫様、申し訳ないのですがこれを……」
インテがにゅっときぐるみの頭だけを取り出した。うさぎの頭のやつだ。俺とおタヒの着ぐるみはフード型なので、多分この短時間で作ったんだろうな……。
真っ白いうさぎの頭に、真っ白いスーツの美女ボディー。何かおかしくなりそうな組み合わせだが、エト姫の顔が見えているよりはよほど良かった。
【精神異常回復】を連発したおタヒの息は上がっていた。
三回唱えたってことはMPを最低でも1800消費したってことである。本当に済まねえ……。
俺は予備に持っていた魔石をおタヒに渡す。おタヒは目配せで礼をしつつ、石を握りしめると一瞬で砕け散り、少し悪かったおタヒの顔色が戻った。よかった……。
おタヒ、俺とつむぎちゃんのために怒ってくれてたんだな……。あとでホットケーキ作ってやろ……。
しかし、おかしいな。四方さん達から連絡が来てしかるべきでは?
「インテ、そういえば四方さん達から連絡ないのか?」
「私もお話してくださいとお願いしているんですが、怯えていらして……」
モスマンを食べていた事にか、おタヒとグリセルダの怒りようについてか、どちらに怯えているのだろう。どちらもだろうか……。
「四方とは?」
「ジュスティーヌだっけ? スフォーのおっさんの姪だっていってたよな」
「はい! ジュスティーヌお嬢様の現地での名前でございます」
俺の言葉にハキハキとインテが返す。逃げ腰の四方さん達の退路を潰すためもあるのだろう。
「ふむ……ジュスティーヌ、いるのか?」
すると、数秒の間をおいて返事があった。
『は、はい……エトワール様にはご機嫌麗しゅう……』
「そういうのはいい。何故私が現地民に存在を知られている? あとジュストが死んだと聞いたが、死体とすら遭遇していないのだがどういうことだ?」
『それは、その……』
「はっきり言え!」
『説明すると長くなりますので後ほど文書にて送付いたします。インテリジェンスパック1025-εΔ、エトワール姫の体調診断と事情聴取を行ってください。あっ、通信妨害です、それでは!』
四方さんはそう言って通信を切った。演技が下手くそすぎる……。
「ジュスティーヌは後で私から肉体言語で厳しく叱っておく。済まないね、チケン君」
「いえ……」
あ、これ四方さん死んだな、と俺は思った。
でも、あまり同情はしない。あれは悪手だ。あの場の最善は時間切れになるまで説明し続けることだったと思う。
「ところで、εΔ……いや、今の名前はインテなのか? インテ、聞かせてくれ。何故スフォーは死んだ?」
「……そうですね、姫様にならお話してもスフォー様はお許しになるでしょう」
インテは元の主、ジュスト・ド・スフォーの死の直前の行動についてゆっくりと語り始めた。




