第120話 野生のプリンセス
プリントアウトされた紙に、丁寧なビジネス文書が綴られている。
『茅原様
情報のご共有、誠にありがとうございます。詳細なご報告、大変参考になりました。
ご報告いただいた内容については、現在精査を進めております。結論が出次第、改めてご連絡いたしますので、今しばらくお待ちください。
南ケ原氏の件につきましては、調査が完了次第、速やかにお知らせいたします。
また、必要な物資は順次手配いたしますので、到着まで今しばらくお待ちください。
ドイツ人(推定ファビエ氏)については、承知いたしました。本人をそのまま姫にお引き渡しください。
現地における情報収集活動や武器の運用は、引き続き一任いたします。
現地での活動は多大なご苦労があると存じますが、引き続きご尽力いただけますようお願い申し上げます。
ジュスティーヌ・ド・スフォー』
最後だけ、自分でサインした文字だった。すごくかっこいいサインだ。名前をかっこよくかけるのっていいよな……。
とりあえず、古典的なお手紙ではあるが連絡は取れるようだ。手で字を書くのって結構面倒だがないよりはいいだろう。
ちなみに、試しにおタヒに書かせてみたがあまりにも達筆すぎて古文書解読AIとかが必要になりそうなので辞めておいた。
掛け軸とかには良さそうなんだが。
遊び疲れたのか、おタヒとつむぎちゃんは早々に眠ってしまった。ばあちゃん達も老人らしくさっさと寝てしまい、起きているのは俺、グリセルダ、八尺様の三人である。
インテも起きていると言えば起きているのだが荷物の管理で忙しいらしい。何も手伝えなくて申し訳ないな……。
『……ポ。あのこ、帰れそう?』
「多分。手続きはお願いしてます」
『よかった、じゃあ、あなたは?』
「俺? 俺は中身三十のおっさんで、しかもバイトでここに来てるから、全部が終わったらかな~」
『……ポ? 男の子じゃない?!』
そういや説明してなかったな……。質問だけして自分のことだけ話さないのもアンフェアな気がして一応軽い来歴を話した。
『こんな小さいのに仕事する、偉い』
「俺は成人済みだよ。……期間延びた分バイト料増えるといいんだけどな」
流石にこの危険度だと面白いが前のバイト料じゃ割に合わない気がしている。更に10万円くらい追加して欲しい。
「それで、明日はどうするのだ」
「明日こそ気が乗らねえけど例の姫に会うしかないなあ」
『ポ! 皆で戦う! 大丈夫!』
八尺様が力強く励ましてくれた。たしかに、本当に何かの要因でやべー姫だったとしても全員で戦えばどうにかなるだろうか……。
俺は寝る前に返事を書いておくことにした。
報連相は社会人を構成する大事な一要素である。バイト料にも関わってくるかもしれないという下心があるのは否定しない。
これから寝ること、明日全員で一応姫に会って話を聞いてみることなどをインテ越しに送った。
部屋の隅に置いてある犯罪者収容ボックスを見るが、物音一つしない。一体どうなっているのだろうか……。まあ生きてるとは思うんだが、開けるのが怖いな。
「インテ、あったらでいいんだけど、ストレージの中にインテみたいな高性能でなくていいから予備のマジックバックとかそういうのない?」
「スフォー様は物が捨てられないタイプで300年前の通販の箱まで残ってるタイプのお方ですからね、あるかも知れません……」
汚部屋を錬成するタイプかコレクター気質かはわからないけど、インテはしんみりしていた。管理大変そうだな……。
「ほら、食べ物が届いても腐ったら意味がないし、とはいえ俺はインテと離れたくないんだ。だから、八尺様やつむぎちゃんの食べ物なんかを保存するバッグが欲しくて」
「なるほど、そういうことですか。それなら朝までにお探ししておきます!」
「やっぱインテは頼れるんだよなあ……ありがとうな」
「うふふ、どういたしまして!」
やることやったし、シャワー浴びて寝るか……。
例の謎シャワー、知ってから試す分にはアトラクションとして楽しいらしく、ばあちゃんも八尺様もつむぎちゃんもシャワーブースから楽しげな叫び声が聞こえてきていた。
たしかにジェットコースターっぽさはある。
明日の準備をしてシャワーを浴び、インテが出してきてくれた服に着替え、早々に寝た。
翌朝、目を覚ます。というか、強制的に目が覚めた。
室内で鬼ごっこしている牛頭くんとつむぎちゃんとおタヒ。まだ飯も食ってないのによくそんなに全力で駆け回れるものだ。楽しそうで何よりだが俺はまだちょっと眠い。
「うーん、子どもってすげえな、俺もうちょっと寝ていたいんだが」
「チケン、貴公も子どもの部類では?」
「俺の中身はおっさんなので……心が老いてるんだよ」
そういいつつ、俺は朝飯の準備をした。パンとパックご飯の選択式にして前にもらったシチューを出す。
あと、材料を見て八尺様が、パパッとサラダとオムレツを作ってくれた。料理できる人っていいなあ……。
俺も現実に戻ったらもうちょっと自炊頑張ってみようかな。
そしてグリセルダがお茶を入れてくれて、俺は自分用にインスタントコーヒーを淹れた。何しろ眠かったので……。
テーブルに並べて、皆で朝食を囲む。こんな大人数で朝食を取るのも最後になるかも知れないな。と思いながら食べた。
大人数の飯は楽しくて、温めたパックご飯が今までの数倍美味しく感じた。
「宴みたいで楽しいわ! 楽の音も欲しくなるわね!」
「ようちえんのおひるごはんみたい!」
キッズ二人からも好評で良かった。おタヒももちろんキッズに含んでいる。
さて、荷物もまとめ終わりついに出発時刻になってしまった……緊張する。
俺の運命にはまだ出会えていないので、必然的にベア・グリルス姫(仮称)が俺の運命ということになるのか。
あまりにも嫌な運命だ。蛾を食べる俺の運命の人。……想像つかねえ。
俺達はエリアキーパーに丁寧に礼をして、セーフエリアを後にした。
「八尺様、これ」
俺はセーフエリアのゴールドパスを渡した。自分たちの分はまた再取得するつもりだ。
「これあったらセーフエリアに入れるからさ、帰還のお知らせが来るまであの子のこと頼むな」
『……ポ。いいの?』
「ばあちゃんたちにも世話になったしな。皆で使い倒してくれ。このカバンに食料とかも入ってるから」
俺はインテに探してもらった旧式のマジックバッグを手渡す。片言だけど喋れるみたいだから、きっと使いこなせるだろう。
『……ポ。わかった、大切にする』
「おねえちゃん、ありがとーございます!」
「いいんだよ、もう少しここでガマンしてね、ごめんね」
「つむぎ年長さんだからだいじょうぶです!」
こんな良い子をダンジョンに叩き込むなんて正気の沙汰じゃねえよな……。この子はなんとしても家に帰してやりたい。
俺は握った紐の先、箱の中の男に相応の報いがあるように祈った。
牛頭くんは今回は最悪の事態に備えて逃げられるように乗り物形態になっている。おタヒとつむぎちゃんが楽しそうに座っている。
遊園地の乗り物のようで大変に可愛い光景だ。
案外光の柱は最終セーフエリアから近く、二十分ほど歩いたり、下り階段をオリたりするとたどり着いた。
たしかに数十メートル先、光の柱の側に誰かがいるのがみえる。
『ヒヒヒ……ついにヌシだね』
「緊張するなあ……話通りにやばかったらつむぎちゃん連れて逃げてくれよ」
『ポ……!』
「大丈夫よ、流石に一応姫なんでしょ? 昨日のあの犬っころより強いなんてことは……」
「あれより強い姫など考えたくもないな……」
全員がげんなりした顔で、でも警戒はする。
考える。もし、俺が姫だとしよう。
その場合、いきなりわからない言葉で話しかけられたりしたら攻撃し返すかも知れない。
姫はインテには好意的であったという。ならば、第一声はこういくべきだろう。
「ごめんください、お邪魔しまーす! どなたかいらっしゃいませんかー!」
ぎょっとして俺を見る皆。数十秒の沈黙の後に、返事があった。
「……うん、どなたかな?」
どこか懐かしい声の、ベア・グリルス姫(多分)の返事が帰ってきた。
どことなく、記憶がある。
誰だったかな……俺は、思い出せないまま名乗りを上げることにした。




