第119話 古の作法、蘇る
「おねえちゃん、つむぎまだいっこしかたべてないからホットケーキあげる!」
そういってつむぎちゃんがホットケーキの皿を差し出してくれた。
「食べないの?」
「おなかいっぱい!」
お言葉を無下にしないためにありがたくいただくことにした。
何しろ前に食べたのがあのレーションだったので、自分で作ったにも関わらず結構美味しくて感動した。
バターとシロップは危険な組み合わせだよな……。
「おタヒ、これができる女児仕草ってやつだ。見習うといい」
「知らなーい、私皇女様だもーん」
くそっ、こいつ本当に悪役令嬢だな……!
食い物絡みでなければ喜ぶのだが、食い物の恨みは恐ろしいので嬉しい方にはカウントしない。
いつかわからせてやるからな、食い物の恨みを!
しかしどうしよう。思ったよりも早く通信が切れてしまったため、四方さん達に言いたかったことが言えなかった。
「どうするかなあ、食べ物のこととか色々相談したいんだが」
「チケン、以前のように文を送ってはどうだ。以前チケンが文を送ってきたであろう?」
「あー、そう言えばあったなそんなことが」
そう、紙切れ1枚なら簡単に(とはいってもタイムラグが数十分から数時間あるらしいが)情報のやり取りができるのだ。
「しかし、手動ファクシミリとでも言うべきか文通とでも言うべきか……一周回ってる気がするな」
「文なんか普通じゃないの?」
「俺のところでは文章はデータでやり取りするのが殆どで、手書きの文字のやり取りなんて絶滅寸前だよ」
「道理で字が汚いわけよね……」
うるせー。俺は理系の連中の中ではまだマシな方だったんだからな!
だって誰に読ませても読める文字だからな……。
「あ、そういえば八尺様とばあちゃんたち、聞きたいことがあるんだけどいいか?」
『ポ?』
『なんだい?』
「もしかして、お生まれは日本?」
もしかして、ではなくかなりの確率で日本だと思うが一応聞いてみる。
『うーん、あたしは生まれはわからないけど、最後の記憶だけはあるのさ。カンパチって知ってるかい』
「環八……環状八号線? 東京の道路だよな?」
『そうそう、最後そこで走ってて、やたらとお行儀よく走る外車がいてムカついてね、煽り散らかしてやったのさ。そしたら翌日家の前にその外車がいて、気がつくとこの姿に変わっていたのさ……』
エリーゼばあちゃん走り屋っていうか危険運転してたんかい。
『そうそう、あたしも似た感じだったよ! あたしゃいろは坂でマセラティを煽ったら……』
『あたしゃ首都高バトルをしてたらポルシェに負けて……』
『あたしもそうだねぇ。たしか、そう、その時乗ってる車がアルファードでねぇ』
うーん、みんな走り屋で、高級外車を煽ったり負けたりした結果、ターボばあちゃんに転生させられた、ということらしい。
そして、名前はその時乗ってた車の名前なんだそうだ……。本名が思い出せないっていうのがあまりにも悲しい気がする。
「うーん、煽り運転もスピード違反も俺は良くないとは思うんだが、かといってそのくらいでターボばあちゃんに変えられてダンジョンに叩き込まれるのは違うと思うんだよな……」
「それはそこまで危険なの?」
牛車の世界のお姫様にはいまいち危険度が伝わっていない模様だ。
「そりゃ危ない。鉄の塊がさっきのばあちゃんのスピードで走ってるんだぞ。ルールを守らないと人が死ぬ。お前、あの速度で走ってきた牛とぶつかって無傷でいられると思うか?」
「なるほどね……見たこともない世界だから想像がつかなかったわ」
「だからって言って、こんなダンジョンに突っ込まれていい理由にはならないけどな」
それを判断するのは日本の警察の問題であり、ここに気分で叩き込むなんてことをしていいはずがないのだ。
『ポ……私違う。教員試験受けに行く時、道を歩いてて外人会った。ナンパされたけど断った。気がついたらここ。そして、言葉旨く喋れなくなってた……』
八尺様、先生志望だったのか。字が綺麗だったもんなあ。八尺様は煽り運転とかじゃなくてナンパを断ったらダンジョンに叩き込まれたらしい。ひどいな……。
一応全員から詳しく場所や状況を聞いて、メモにまとめる。
もちろんつむぎちゃんからも話を聞き、お母さんとお父さんの名前、ペットの猫の名前など、個人情報に繋がりそうなことは全部聞いておく。
そして、裏側に買って送ってほしいものをメモする。インテによると複雑なものほど転送に時間が掛かるが食べ物なら一日か二日でつくらしい。
食べ尽くされたホットケーキミックスや、保存の効きそうなものを買って送ってくれるようにメモした。
「インテ、じゃあこれ頼むな」
「畏まりました!」
インテにメモを突っ込むと、つむぎちゃんが不安そうな顔をしていた。
「おねえちゃん、つむぎいつお家帰れるかな……」
「いま帰れるようにおじさんが偉い人にお願いしてるから、もうちょっとまっててもらえるかな?」
「うん、つむぎがまんできるよ!」
うーん、健気……おタヒに少しは見習ってほしい。
「にょ!」
悲しそうな顔のつむぎちゃんを慰めようと、牛頭くんがもふもふの蹄で頭を撫でると、いかにも動くぬいぐるみという風情の牛頭くんに目を輝かせる。
「おねえちゃん、このうしさんは?」
「牛頭くんよ、私の僕なの! 危なくはないわ、一緒に遊びましょう!」
「何してあそぶ? つむぎねえ、なわとびとくい!」
「……縄跳びなら作れそうだな、ちょっと待っててな」
俺はあのアメリカ人の遺品のパラコードを引っ張り出し、つむぎちゃんが使えそうな長さのなわとびを作った。おタヒと牛頭くんの分も一緒に。
「じゃあちょっと外出て遊ぶかー!」
「私も!?」
「そうだぞ、おタヒも運動しろ、健康にいいんだからな!」
刑務所には何も娯楽なんて無い。なので、みんな暇つぶしには苦慮していたらしい。安全も考えて全員でセーフエリアの外に出て縄跳びで遊ぶことになった。
「みて! にじゅうとびできる!」
つむぎちゃんは小柄な姿に似合わず、かなりの縄跳びの達人だった。二重とびもあやとびもスイスイこなしていく。
「おー、つむぎちゃんすごいな!」
「縄を飛ぶだけなのに意外に難しいわ!」
「にょわー!」
運動というものに縁のないおタヒはタイミングよくジャンプするだけでも苦戦していた。
流石に牛頭くんは得意であっという間につむぎちゃんと同じものをマスターしている。
「チケン笑ってるけど、あなたはできるっていうの?!」
俺はもちろん、普通にこなせる。
素早さもそうだが、普通に学校の体育でやったりしたしな……。それを見たおタヒはぐぬぬっていた。たまには俺が勝ってもいいだろう。さっきの仕返しだ!
そして、八尺様とグリセルダは二人で大きい縄を張り、その間をターボばあちゃんたちが飛び越えていく謎のカー(?)スタントショーが発生していた。
ブンブン回る縄の間を、ターボばあちゃんがくぐり抜けたり、ジャンプで飛び越えたりする。シュールかつダイナミックで面白い。
「おばあちゃんすごーい!」
「あら、エリーゼ達やるわね! ここが都だったら褒美を遣わしたいほどよ!」
「うむ、見事な軽業だ」
『このボディーだとスタントも余裕でできて面白いねえ!』
『あたしゃハイドロにも興味があったんだよ!』
『ポポポ! みんなすごい!』
ダンジョンの中で楽しそうに大縄跳びするターボばあちゃん。そしてそれを喜ぶ八尺様と悪役令嬢と園児。脳が破壊されそうな光景だが、たまにはいいだろう。面白いからな。
皆でひとしきり縄跳びを楽しんでセーフエリアに戻り、夕食を食べて寝る準備をしていると返事のファックスが届いた。




