第118話 スピーカー越しの悲鳴
四方さん達は、あの追剥の男がファビエという名前なことに驚いていた。
「はい、自分でそう言ってましたけど……あとインテのことも知ってたし……今は箱のなかで大人しくしてもらってますけど」
「そうね、自分で名乗ってたわよ。すっごく感じの悪い大男!」
「まことに下賤なチンピラだったな」
それを信じたくなさそうな四方さん達。
『……本当に? 録音データを送って頂いても?』
『ちょっと、カハールカさんどういうことなんですか?!』
『なにそれ知らん怖……社長のやることなんて知るわけ無いっす』
インテが録音データと録画画像を送ると、四方さん達全員げんなりしたようなクソデカため息をついた。社長? ヴェレルじゃなくて?
『とりあえず、そのファビエについては拘束したまま姫に渡してください、お願いします……』
吉田さんが珍しく死にそうな声を出している。
殺しても死ななそうメンタルそうなのにな。
「あ、そうだ、それともう一つご相談が」
『今度はなんですか?!』
「そのファビエってやつが殺そうとしてた女の子がいるんですよ。どうも、日本の女の子っぽいんですけど……あと、なんか日本の車の名前を名乗るターボばあちゃんとか八尺様とかなんか新しいモンスターが居るんですけど、なんでですか?」
『情報量が! 情報量が多い!』
四方さんが絶叫している。何か申し訳ないなあ……。
俺は自分が悲鳴を上げるのは好き(?)だが、他人の悲鳴は素直に気の毒に思う。
『ターボばあちゃんってまるでゲームかゆっくり怪談じゃないすか! マジで?!』
「マジで」
カハールカさんが爆笑しており、何故か当事者であるターボばあちゃんも爆笑している。
まあ面白いよな、俺もターボばあちゃんが実在して名前がロータス・エリーゼとか聞いたら爆笑すると思うもん。
『すみません、その子はまだ意識を取り戻してないんですね?! インテ、その子の健康回復を第一に事情聴取をお願いします! あなたは長官の副官的存在でもあるんです、頼みますよ!』
残り時間が少ないので四方さんがまくしたてる。
「畏まりました、おまかせくださいませ!」
『ああああああこんな時に限ってすぐ切れ――――』
言い終わる前に、通信は強制切断された。多分、例の妨害工作とかなんだろうな……。
「……あれ? お姉ちゃんたち、誰?」
入れ違いに、子どもが目を覚ましていた。
八尺様とばあちゃんたちは喜び、グリセルダとおタヒはどうしていいか解らず困惑していた。まあ子ども慣れしてなさそうだしな。
「こんにちは。俺の名前はチケン。お姉ちゃん、お名前は?」
「みなみがはらつむぎ!」
ああ、やっぱり日本人だったか。
「つむぎちゃん何歳?」
「ごさい! えのきはらようちえんのさくらぐみです!」
「ちゃんと言えるのすごいね! 喉乾いてない? お水飲む?」
「のみます!」
幸い、俺のことや八尺様やばあちゃんにも怯えず、ニコニコと応対してくれた。
話を聞くに、数日前に幼稚園から帰ってきてお母さんと家の前の公園に遊びに行った。
公園は本当に家の前にあり、道路を一本挟んだだけの場所らしい。
しかし、家の中に着いてからお気に入りのリュックサックを公園に忘れてしまった事に気がつく。それを取って家に戻ろうとした時、周りを見ていなかったために大きな車にぶつかってしまった。
全身が痛み、泣くつむぎちゃんを怒鳴りつける運転手。明らかに金髪で、外人のおじさんだったらしい。
つむぎちゃんはトランクに放り込まれ、意識を失い目を覚ましたときにはこの建物にいたらしい。どこか解らなくて暗くて怖いし、あの金髪の男が鉄砲を持って怒っているのを見て泣きながら逃げた。
そこを、八尺様に拾われたが、言葉も通じないし、怪我もしていてそれからのほとんどの時間を寝て過ごしていたらしい。
「うーん、つまり……交通事故の隠蔽のために殺そうとしたってことか?」
「下賤なチンピラかと思ってはいたがそれ以下の屑だな」
「ひき逃げなんて卑怯ね! あ、私はおタヒっていうの、よろしくね。おタヒお姉ちゃんって言ってくれてもいいわよ!」
羊の着ぐるみのおタヒが皇女スマイルで微笑むと、つむぎちゃんは喜んだ。
「かわいいー! ひつじさんもこもこだ~!」
「そうでしょうとも!」
ごきげんなおタヒを見て約束を思い出した。
「そうだ、つむぎちゃん、お腹すいてない?」
「……すいてるかも」
「じゃあおじさんがおやつ作ってくるから、ちょっといい子にして待っててくれる?」
「うん! あ、ポポポのお姉ちゃんの分もある?」
「ちゃんとあるよ」
「ありがとうございます!」
礼儀正しい子だなー。最近の子供ってみんなそうなんだろうか。
インテにつむぎちゃん用のゴーグルを出してもらい、つけてもらう。これで八尺様とコミュニケーションが取れるようになるはずだ。
「よーし、インテ、俺達は二人でパティシエになるぞ!」
「畏まりました!」
『ポ……私、手伝う』
「あ、八尺様じゃあ牛乳と卵をこの分量で混ぜてください」
「茶は任せておけ、湯沸かしだけ頼む」
幸いキッチンは大きめだった。
調理器具をインテにセッティングしてもらう。水で濡らしたタオルを準備し、2枚入ってたフライパンを温める。
油を塗り規定の材料を混ぜ、規定の回数分だけ混ぜたホットケーキの種をいい感じに流し込んでいく。
途中、水で濡らしたタオルで粗熱を取ったり、ひっくり返して焼き上がったホットケーキをインテに入れて保温したり、お湯を一杯沸かしてグリセルダに人数分のお茶を入れてもらう。
こういう工業製品としての菓子はちゃんと書いてる通りにやれば失敗しない。
失敗しないコツはオリチャーを発動しないことである。
やっと全員2枚ずつ食べられそうな程の枚数を焼いた時、部屋の中にはホットケーキのあの甘い蠱惑的な匂いが立ち込めて、みんなテーブルの前でウズウズしている。
「これが約束の甘味ね!」
「ホットケーキだ! つむぎホットケーキ好き!」
「焼き立てのケーキか……素朴だが美味そうだな」
『ポポ……! わ、私も食べていいの?』
「一杯焼いたから食ってくれ。ばあちゃんたちも食える?」
『もちろんさ! ガソリンが主食だけど、人間の食い物のほうが好みだねえ……』
そのへんはやっぱり車の妖怪なんだなあ……。ハイオクとか飲むんだろうか。
インテと二人で全員にバターとシロップを配布し、グリセルダのいれたお茶とともにティーパーティーが始まった。
「つむぎ嬢、砂糖は必要かな?」
「ほしいです! すぷーんみっつおねがいします!」
グリセルダはつむぎちゃんの要望通りにお茶に砂糖をいれる。それをつむぎちゃんがキラキラした目で見つめる。
「おねえちゃん、王子さまみたい! おかあさんがね、づかすきなの!」
「あー、確かにグリセルダはそれっぽいな」
「何だそれは」
「まあいいから食えよ、バターが固まらないうちに」
説明は面倒くさいので、とりあえず先にスイーツの約束を果たすことにする。
「牛酪と蜜をかけた菓子とか初めて! 温かくて甘い、美味しい!」
『ポポ……もしかして本職のパティシエ?』
「まさか。こういう物は取説通りやれば誰でも作れるからな」
俺は職業柄、取説通りに物事を運ぶのは得意なのだ。自慢するほどのことでもないが……。
「ピンクの髪のうさちゃんありがとー!」
「おじさんって言ってね」
「おねえちゃんじゃないの?」
「チケン、鏡を見よ」
後ろには大きな姿見がある。
そして、それに映る俺はピンク髪でウサギの着ぐるみの幼女であった。
自称おじさんの幼女。
……受け入れがたい。せめて俺好みの高身長お姉さんなら……いや、やっぱいいわ。
鏡を見てため息を付いている間に、俺の分のホットケーキは消えていた。
「俺の分は?!」
「チケン食べないのかと思って私が食べたわ。美味だったから、また作ってね!」
「おタヒのアホ!」
俺はおやつを諦め、冷めたお茶に砂糖を入れて我慢した。




