第116話 三十代男性、煽り系女児になる
「随分な言い様だ。人語を喋る猿か? 礼儀もマナーも知らぬと見える」
推定追い剥ぎに向かってグリセルダが悪役令嬢らしいストレートな暴言を吐く。
しかし、また意外なことに追い剥ぎは挑発に乗ってこなかった。
「チッ、知らねえのかよ……じゃあ失せろどっか行け! このあたりは俺の縄張りだ、先に進むならお前らをぶち殺すこともできるんだぞ、セーフエリアは他のを探せ!」
追い剥ぎは銃を構えてこちらを威嚇する。そして、背中には小銃もある。こいつ小銃何本持ち込んでんだ?
思ってたよりは凶暴ではなかった。
だが俺達にはこいつを捕らえて役人に引き渡し、楽しいホットケーキパーティーを開くという目標がある。
是非とも挑発して既成事実を作りたい。エロい意味ではないやつ。
「えー、何言ってんのよあんた。あんたも囚人なんでしょ、偉そうに。大層な図体で探してるのが子どもって。人攫いなの? 牢に入ってまで罪を重ねるなんて犬でももうちょっと考えて行動するわよ?」
「うるせえ! 今なら許してやるからさっさと失せろ!」
うーん、おタヒもストレートに強いな、俺も負けてられねえ。
俺は脳内におタヒを宿して、イメージを高める。なんとしてもあいつに先に手出しをさせねばならない。
人を煽るコツは事実だけをメインに描写することである。事実陳列は時として人を傷つけるのだ。
「うわー! ヴィルステッド村でコソドロしようとしてトラップに引っかかったクソザコおじさんじゃーん、おてて真っ赤でかわいそー♡」
「クソガキが!」
俺の声は、どこに出しても恥ずかしくないほどの声優のようなアニメボイスである。
一応渾身の演技もする。
「ざぁこ、ざぁこ♡ 子ども相手にガチギレ無様おぢかーわいい♡ 普通の女に相手にされないから女児相手にイキってるの? かわいそ~!」
とどめを刺した。こういうやつは何故か女にモテないとかいうとキレ始めるんだ。
俺? 事実ですねと受け止めて傷つくだけです……。
「何だ、てめぇ! このメスガキが!」
案の定追い剥ぎはボロボロの手の痛みも忘れるほど逆上し、ナイフで襲いかかってくる。思ったよりはスピードもあり、精度もある。
しかし、もちろん俺に当たるわけがない。華麗に完全回避する。
幸運素早さカンストに当てたいならデバフと必中武器もってこい。
まあその必中武器があっても完全回避と幸運による完全必中で叩き潰す自信があるが。
ちなみに何が素晴らしいって、幸運のデバフは一応存在しないらしいことだ!
「キャハハ! こんな子どもにナイフも当てられないの? 無様ぁ~!」
「クソッ、何故当たらねえ!」
その様子を見ているグリセルダとおタヒはすごく嬉しそうな顔をしている。
(やっとチケンも戦う気になったか。まず口で相手を打ち負かすのか、良いぞ)
(煽り力高いわね……負けてられないわ!)
二人がゴーグル経由の小声の音声通信で感想を伝えてくれた。
違う、俺はこの二人やゲームから学習した成果を発揮しているだけだ……。
だって、俺は煽るよりも煽られる方が好きだからな!
人にしてほしいことを自分がしてあげるべきだっていうよな。いや、でもこの追い剥ぎに煽られても全然嬉しくねえわ……。
「クソ! おら、早く死ね! 逃げるしか能がねえのか!」
「こんな子どもにマジギレしてダサーい♡」
そうすると、イライラが限界に達したのだろう。
脂汗を流しながら意を決して男は叫んだ。
「【複製】!」
初耳のスキルだ。すると、男の後ろにナイフと銃がずらりと発生し空に浮かんだ。
マジかよ、そんなスキルあったか?!
俺達治験モニターは、全員共通のスキルを取得して、キャラメイクしてこのダンジョンに突入している。……ということになっている。
そして、もちろんこんなクソ強スキル、Lv100になったって取れるはずがない。
「【発射】!」
男が叫ぶと全ての銃弾とナイフが俺に向かって飛び込んでくる。
……まあ、全部当たらないんだけどな。
今回ももちろん全部華麗に回避! おタヒに流れそうになった分は牛頭くんとグリセルダがフォローしてくれた。
「何だお前、チーターか……?」
「それはこっちのセリフだ! なんで当たらねえんだよ!」
男はそう言いながら狂ったようにオートで撃ちまくるが、あっという間に弾が尽きる。弾が尽きると今度はそれを棍棒にして殴り倒しこようとするが、もちろん当たるわけがない。
うーん、やっぱ素早さと幸運、そしてパッシブスキル【回避率向上】。最高の神スキルだな!
「よし、もうここまでやればいいよな! 正当防衛ってことで!」
「よかろう」
「やっちゃえー!」
もう男の目は正気を失っている。
「うるせええええええ! ガキと女の分際で、死ね! 苦しみ抜いて死ね!」
「例のやつ、頼む!」
「えーと、いくわよ、【精神異常回復】!」
すると、一瞬男の動きが止まる。
これは以前狂った時にかけてもらって自分で体感したからわかるのだが、燃え上がり、怒涛のように溢れる気持ちが一瞬で賢者モードになる、そんなスキルだ。
怒りによるアドレナリンと、何かの薬で痛みを止めている男を正気に戻すとどうなるか。
「あ? 何も起こらねえじゃ……」
追いはぎがイキろうとした数秒の間。
「ギャアアアアアアアアア! 痛え! いてええええええ!」
男はシルバーギンピのトゲに刺された痛みを思い出したのだ。皮膚がただれ落ち、浸出液がぼたぼた落ちる、やけどに塩を塗り込むような地獄の痛みが正気と共に戻ってきた。
「クソッ、クソ! ヴェレル、なんで返事をしない!」
「……え?」
俺の疑問符に男は気が付かない。もしかして、こいつ俺みたいなバイトじゃなくて、すごく上層部のやつなのか? ヴェレル・ソフトウェアの社長に直接話をできるような……。
「クソッ、痛い、痛ええええ! おい、そこのメスガキの鞄! お前インテリジェンスパックだろ! 俺はファビエだ! 俺を助けろ!」
「インテ、どういうことだ? ファビエって、どのファビエだ?」
「とりあえず、無力化しましょう。あまりにも見苦しすぎます……」
珍しくインテが嫌そうな声を出している。
俺がここまで来られたのはインテの活躍によるところが大きい。なのでもちろんインテの意向には最大限従うつもりだ。
俺は、インテ謹製の毒が塗られたナイフでのたうち回る男の皮膚を軽くつつく。
傷つくほど撫でたわけでもないのに口から泡を吹いて男は意識を失った。うーん、あまりにも強すぎるなこの武器……。扱いには気をつけよう。
「……で、どうやって拘束する? パラコードでも使うか?」
「あ、犯罪者拘束キットがございますのでそれを使います。姫の御座所までこの男を連行していただけませんでしょうか」
「それは良いけど、後でもいいかな……あの子のことも四方さんたちにも相談したいし、一旦セーフエリアに行きたい」
「畏まりました」
本当は姫に先に会いたいんだろうけども……。物事には優先順位がある。殺しても死にそうにない男よりも、倒れた子どもを優先するべきだ。
「そうだな、おタヒも今術を使って疲れているだろうしな」
「そうね、流石に消費30倍はね……ちょっと疲れるわね……」
「にょわ……」
牛頭くんがおタヒの頭を撫でて慰めていた。かわいいなこいつ……。
【精神異常回復】の消費MPは20。普段のおタヒなら意にも介さない量だが600の消費はデカい。なにしろ、牛頭くんの維持でMPは微減していっている。
一回休んでおくべきだろうな。
インテは複製された武器の数々を回収しつつ、意識のない男をテキパキと男を体育座りのような形に座らせて箱に詰めた。圧縮されたその物体は空中に浮いている。そして、そこから伸びる一本のロープ。
「つまりこれを引いてドナドナしろってこと?」
「左様でございます。何とぞよろしくお願いいたします……」
インテが頭を下げるのだ、そのくらいは構わない。俺がやるか。明らかに死体袋みたいな外見じゃなくて助かった。
そんなのあの子が起きたら怖がるだろうからな……。




