第115話 暴力とスイーツの戦い
今まで未踏のゾーンだから警戒していたのだが、幸いそこから十分ほどモンスターは登場しなかったし、ブザーもアラームも砂嵐の音も起きなかった。
あの音は一定期間モンスターがいない場所にモンスターを発生させるシステムとかなんだろうか。推測はできるが真実はわからない。
「女の子大丈夫そう?」
『ポ』
八尺様は俺に笑顔を見せた。怪我をした女の子を優しく抱きながら、それを守るように、起こさぬようにゆっくり移動している。
(インテ、あまり声が聞こえないようにみんなで話す方法ある?)
(遮音障壁を張っておきますね、減衰率が低いので大声は出さないようにお願いします)
(やっぱインテ天才だわ)
(まあーそうですかね! うふふ)
インテはふわっと風が当たるかのような透明で柔らかな膜を広げた。その中なら小声で話ができるらしい。
「なあ、この子どうしよう。この先連れてけないよな、この下の階層も何があるかわかんないわけだし、もし火山地帯とか氷山地帯だったら命に関わる」
「お前やおタヒのような者なら別であろうが、ただの子どもろうしな……」
「その子チケンくらいの背丈じゃない。その子より大きい私もずっと歩くの大変なのに」
『ポ……私も拾ったご飯を食べさせてあげることしかできないけど、移動はさせたくない……』
八尺様は目元こそ見えないが本当に心配そうな顔をしていた。エリーゼばあちゃんたちも頷いている。
俺達はもうすっかりターボばあちゃんや八尺様とも仲間意識が芽生えており不思議な気分だ。
「拾ったご飯てどんなん?」
『ポ』
八尺様が出したのは例のクソマズレーションだった。あれでも、ないよりは良いだろうけど子どもの繊細な舌じゃ辛いだろうな……。
子どもの好き嫌いの原因の一つに舌が繊細で刺激に耐えられないというのがあるそうなのだ。そう言う意味では、刺激しかない味だった……。
しかし、どこから持ってきたんだろうな、あのレーション。
「それは……もっとまともなものを……」
「それは飯じゃないわ、食べる罰よ!」
『ポ……他に人間の食べ物、見つからなくて……』
「それもそうか……そのことについてもセーフエリアに着いたら相談してみるよ」
人間が生きるためにはどうしても食べ物と水が必要だからな……。
俺はできればクリアするまでこの子どもにはセーフエリアにこもっていてほしいと考えている。もちろん、方法は複数の案がある。
全部ダメならその時は俺一人でおタヒにターン延長してもらって隠密行動でベア・グリルス姫(仮称)のところまで行って、直談判するつもりだ。
なにしろ、あの四方さん達の上司でスフォーのおっさんの部下なのだ。インテと一緒に説得すればなんとかなるだろう。いや、まあ、評判はこわいけど……。
俺一人なら毒ガスでも撒かれない限り死ぬ気はしない。
取引先に土下座しに行くときよりも気分は楽だ。この時はそんな気楽なことを考えていた。
その後俺は自分の考えがレーションに入っていた激甘クッキーより甘いことを思い知らされるのである。
そんな話をしているうちに、次の角を曲がればセーフエリアの看板が見えてくるあたりまで歩いていた。
「クソッ」
遠くで、そんな男の声が聞こえた。息を荒げ、何か金属製のものを力任せに床に叩きつけるようなヒステリックな音も一緒に。もしや、追い剥ぎか?
俺は静かに、とハンドサインを出した。みな足を止めて静寂を作り出す。エリア鑑定はまだ有効だったが、流石に距離が遠すぎて判断できない。
(インテ、望遠鏡か何かない?)
(ゴーグルに視野拡大機能がありますので有効にしますね、見たいと思った方を見れば三十倍まで拡大できます)
うーん、スキルがなくてもインテがいればどうにかなるのかもしれんな……。そう思いつつ確認してみると、真っ赤なボロボロの手をした体格の良い若い男だった。
画像を転送し、おタヒに確認したところ、あれが追い剥ぎで間違いないようだった。今度こそご対面か……今隠密行動を使えれば先制して無力化できるのになあ、悔しい。
「おタヒ、グリセルダ、アレどうしよ」
「任せて、殺るわ」
「そうだな、殺るか」
「いやいやいや、穏便にね……?」
うーん好戦的。頼もしい。しかし、子どもがいる。
「子どもはどうしよ」
「八尺嬢とエリーゼ嬢らに任せよう」
『……ポ! 守る!』
『あたしらもこの嬢ちゃんは護るよ。あの男はあの嬢ちゃんを狙ってるのさ……』
初耳なんだが?! もうちょっと先に聞きたかったが、まあそんなホイホイ全部覚えて順序立てて喋れるほうが珍しいか。詳しくは後で聞こう。
「八尺様、エリーゼばあちゃんたちとこっちが見えるギリギリの距離で影から見守っててくれ、なんとかしたら呼ぶから!」
『……ポ! お願い』
『たのんだよ、旦那、嬢ちゃん達』
そう言うとためらいなく八尺様はアルファードばあちゃんに乗り、静粛に、かつ迅速にこの場から離脱していく。
「よーし、心置きなくやり合えるな」
「ふむ、久々に全力を出すとするか」
「にょ!」
二人+一匹もやる気で頼もしい。
「牛頭くんも腕がなるって言ってるわね……私は1個か2個くらいなら術もかけれると思う! セーフエリアの近さが心の余裕よね……」
「マジか、じゃあちょっと頼みが……」
おタヒにかけて欲しい術を頼むと、なんでそんなものを、という顔をされるが一応了承してもらえた。
まだ相手はこちらに気がついていない。なので、今のうちに簡単に作戦会議をする。
「まず俺が煽り散らかしてあの追い剥ぎ怒らせるから、そしたら三人であいつをどうにかしよう」
「えー、殺しましょうよ。後顧の憂いを断つのよ、物理的に」
「私もそれがよいと思うが……」
「いや、俺の話を聞いてくれ。追い剥ぎに与えるのは『その程度』の苦しみで良いのか?」
俺の言わんとすることが伝わっただろうか。
「ああ、なるほど……お前も恐ろしいことを考えるようになったものだな。成長を感じるぞ、チケン」
「あら、チケンもいい考えをするようになったわね。たしかに生かしておけば後からどんな思いでもさせてあげられるものね!」
やっぱこいつらこえーなー……。笑顔になるなよ。
「いや、そうじゃなくな。お前たちの手は汚さなくて良いんだよ。ほら、入室試験でインテが回答してただろ。重犯罪者には自分のしたことをやり返される刑罰があるって。最悪、その実況でも聞いて溜飲を下げればいいんじゃないか?」
二人は今度はやや納得していない顔だった。
「自分の手で罰を下すほうが安心感はあるがな」
「私もそう思うわ」
「その時間大事か? その時間で菓子食ったり茶飲んでる方がよくねえか?」
ダメ元で提案してみる。流石に子どもじゃないし無理か……。
「えっ、それちゃんとした美味しいやつ? お茶はグリセルダがいれてくれる?」
「いいな、たしかにその方が良い」
「じゃあそう言う方向で。俺のとっておきのを出してやろう」
確かホットケーキミックスの良いやつをいれてもらっていたはずだ。
バターとメープルシロップ+焼き立ての暴力的な味で暴力を忘れさせてやろう。
ホットケーキは俺でも作れる数少ないスイーツだからな……!
(但しホットケーキミックスは要る)
方針は決まった。
俺達はゆっくりと前に進み、追い剥ぎに近づく。数十メートル歩くと追い剥ぎがようやくこちらに気がついたようだ。
追い剥ぎはやはりものすごく目付きが悪く、15歳とは思えないほどの貫禄で20代後半のマフィアの下っ端、と言われたほうがまだ納得できるような外見をしている。
彼がかけてきた言葉は意外だった。
「どうでもいいガキと大女かよ……おい、お前らこの辺でガキを見なかったか。黒髪でピンクの服のガキだ」
明らかに、あの倒れていた少女を指している。俺とおタヒは真っ白い着ぐるみ、グリセルダは軍服風の衣装だ。
あの子どもとこの推定ドイツ人のチンピラ、一体何のつながりがあるというのだろうか……。




