第114話 二百年の妄執
「グリセルダ!」
俺は思わず二人に駆け寄った。
「もういいだろ、お前の勝ちだよ!」
「それはお前が決めることではない。八尺が決めることだ」
確かにそうだけども……。
でも、俺はあまり無駄な殺生をするグリセルダを見たくない。
『……ポ。私の負け。子どもに心配させてしまうなんて……』
八尺様は足首からどくどく流れる血も構わずに俺の頭を優しく撫でた。
よし、じゃあいいな! いいよな!?
「インテ、応急手当キット!」
「畏まりました! 応急手当では間に合いませんので、創傷治療キットに切り替えますね!」
八尺様の溢れた血を足から取り除き、テープっぽい何かで負傷部分をぐるぐる巻きにした。多分つけておくと傷が治るっぽいやつなんだろう。
「はい、終わりです。このくらいなら日常生活には支障ございませんかと!」
「うわー、さすがインテ。宇宙で一番の最高の俺の鞄だ!」
「えへへ、お役に立てて何よりです!」
「インテ嬢、手間を掛けさせた。極力傷を負わせたくなかったのだが、殺さないように勝つのは難しくてな……」
グリセルダの言ってることが物騒で怖い。おタヒも地味に怯えている。
「二百年、誰かを殺すための技術を磨いてきたのだからな。どんなに体格が良いとはいえ十六年そこそこのひよっこに負けるわけもない」
グリセルダは50回以上、16歳から21歳までの数年間の人生を記憶を持ち越しつつ人生をやり直しているのだ。
そういえば、グリセルダは数回プレイしたゲームの中で、かなりの頻度で剣や魔法の訓練を繰り返していた。そして、その中にはサイクロプス退治イベントなんかもあった。慣れているわけだ。
俺はその長い期間の虚無と絶望を改めて思い知らされる。
グリセルダは生まれついた才能があったから強いのではない、二百年の研鑽と、妄執とも呼べる不屈の心が生み出した技量なのだ……。
生まれ持った才能とか言って本当にすみませんでした……口に出さなくてよかった……。
俺は己を心から恥じた。
ちなみに、マッチョ先輩はそこでもイベントによってはやらかしてあんまり活躍できていない。やらかし理由は臭すぎて隠密攻撃が即バレしたとかいう、あんまりな理由である。
「八尺とやら、お前は強い。お前のような素晴らしい強者を殺さずに済んで良かった」
『ポ……お前、強い。わかった。それよりも、頼みがある』
「何用か?」
『子ども、生きてる。お前の医療すごい。治して、頼む』
意外だった。てっきり死んだのだと思っていた……。
「へ!? どこにいるんだ、行こう、案内してくれ!」
「私も行く!」
「……行かねばなるまいな」
俺達は、八尺様の案内でダンジョンの片隅に作られた隠れ家のような場所にたどり着いた。地図では通過不可能な場所になっている。
だから最初からこの辺には近づかなかったのだ。気が付かないはずだ。実際に見ればエリア鑑定で気がついたと思うが。
そこには壊れた壁の残骸がいくつも積み上げられていた。
八尺様がぽいぽいと瓦礫を投げ捨てていくとやっと見えてきた。
部屋の中、真っ黒い八尺様の髪の毛で作られたのだろう鳥の巣のようなベッドに、力なく横たわる子どもがいた。
その子は俺と同じくらいの背丈だろうか。足と腹部が古い血に汚れている。顔は赤く汗をかき、熱が出ているようだ。
『ポポ……ここ医者いない。手当もできない。お願い』
「インテ、どうしたら良い?」
「診断キット使いますね、一応申告しておきます。残り19個です」
「頼む」
インテの診断キットによると、足に大きめ、腹に中度の創傷があり、また打撲も酷いらしかった。怪我をした場所には炎症と膿瘍……化膿みたいなもんか? があって、感染症にかかっているらしい。
「大丈夫ですチケン様、手遅れになる前にお会いできてよかったです!」
インテはそう言いいつつ触手をキビキビと動かす。膿んだ傷口を清潔にし、薬剤を経皮で投与して傷口にはさっき八尺様に貼り付けた包帯のようなもので包み込む。
「あ、私熱病に効く符持ってる!」
そう言っておタヒがいつもと違う符を取り出して、子どものおでこに貼り付ける。キョンシーのようではあるが効果はてきめんであっという間に苦しそうな寝息が穏やかになった。
「服も替えてやってはどうだ。不潔な服では治るものも治るまい」
確かに、着替える服がなかったのだろう。服は血で汚れたままだった。
「あー、俺と同じくらいのサイズだから俺の服出してくれ、どれでもいいぞ。おタヒとグリセルダ、この子に着せてやってくれ。多分女の子だからな……」
「わかった、任せておけ」
子どもは半ズボンにスポーツシューズというスポーティーな格好だが、ピンク色のウサギのファンシーなシャツを着ている。
そして俺の最初の髪型より十倍は凝っているだろうというか、どうやって作ってるのかわからないハートのツインテールをしている。靴もユメカワカラーだし。
まあ男だったらごめんねって謝るしかないが、おっさんがやるよりは女性に任せたほうが無難だろう……。
とりあえず、まだ傷口も修復途中なのでゆったりと着られるドレス風ワンピースを着ておいてもらうことにした。これなら傷口に干渉せず着られるだろう。
「さて、どうする?」
「ここにおいておくわけにもいかねえだろうな」
「とりあえず、目が覚めたら水分や栄養分なども取ったほうが宜しいかと存じます。あと、できればもっと安全な場所に移動させたいところですが……」
「それについては俺に考えがある。とりあえずセーフエリアまで戻ろう」
すると、エリーゼばあちゃんや八尺様から異論が出る。
『いれてもらえるのかい?』
『ポ……追い返されるんじゃ?』
グリセルダやおタヒも同意している。
「まあ任せろ、俺に考えがある」
この子どもは、明らかに異物だ。なぜならエリア鑑定に引っかからない。エリーゼばあちゃんや八尺様達は、攻撃をやめた後でもモンスターとして表示されている。
この子どもには何かあるはずなのだ。しかし、なんで日本在住と思しき子どもがこんな場所にいるんだろうな……。おタヒやグリセルダのように、ゲームの主人公というわけでもなさそうだが……。
八尺様が大事そうにその子どもを抱いて、俺達はセーフエリアに向けて歩く。
『ポ』
八尺様がリュックサックを渡してくれた。薄紫の可愛らしい子供用リュックだ。
中にはハンカチ、ティッシュ、そして子供用スマホが入っていた。しかし、スマホはまるで車に轢かれたかのように粉々になって、ハンカチやティッシュもぐちゃぐちゃだ。
そして、リュックサックもまるで鋭い何かにぶつかったかのように穴が空いていた。
「この子の?」
『ポ……この機械、会ったときから壊れてた』
何となく悪い予感がする。ベア・グリルス姫(仮称)に出会うよりも、もっと嫌なことが待ち受けていそうな、そんな気がした。




