第111話 間話11:茅原家と現人神
……俺は実家の玄関の前に立っている。気が重い。
昨日VR実証実験が終わったばかりなのだが、体調もいいのでかーちゃんがキレる前に1/4エト姫フィギュアなんかを回収しにきたのだ。
俺の後ろには作業服を着た清野さん、吉田さん、そして田中さんという人が笑顔で待機していた。
この田中さんという人は可愛いけど得体が知れない人である。
吉田さんの知り合いで大型免許を所持しているのでトラック運転手として呼んだらしい。
俺の荷物は別にトラックでなくてワンボックスカーでも十分に運べる少なさなんだけどな。
なんでそう言う流れになったかは思い出せない。
吉田さんによるとVRログアウト直後に俺がスマホチェックをして「親に怒られたから荷物を取りに行く」とか宣言してメッセージを送ってしまったらしい。
たしかに俺の言いそうなメッセージを送った形跡がスマホにはある。
麻酔後に記憶を一時的になくすことがあるとかいうよな。その手のアレなんだろうか……。
しかしまだVRからログアウトしてまもなくである。体調が心配なので着いてきてくれた、ということらしいのだがなんでこのメンバーなんだろう。
吉田さんは俺を担当してた看護師さんだから解る。
しかし、臨床検査技師の清野さんと謎の人物田中さんが着いてくるのが解せない。百歩譲っても着いてくるなら四方さんでは?
疑問を頭から振り払い、意を決してインターフォンを押すと弟の嫁さんが出てきて、無事中に通してもらえた。
かーちゃんはバイトに行ってるらしい。
かーちゃんと遭遇すると長文説教を食らうからあんまり会いたくないんだよな……。助かった。
特に、こんなオタグッズの回収とかいうセンシティブなときは。
「渚さん、お久しぶりです。荷物置きっぱなしで大変申し訳ありませんでした……」
「いえいえ、お義兄さんのお部屋ですからあまり気になさらないでくださいね!」
たとえ世間体を取り繕うための言葉だとしても、かーちゃんは俺に対してはそれすら絶対にしないので優しさが身にしみた。
「後ろの方々は?」
「あ、業者の方です」
そう言う事にしておけ、という事前の打ち合わせをしておいたのだ。
友人とか言ってかーちゃんが出てきた時、吉田さんと田中さんに迷惑がかかるのは目に見えている。
俺は子どもも大人も食べられるような菓子折りを渡し、自分の部屋に向かった。
ここは中学生時代まで使っていた部屋だ。
それ以降はあまり実家にいないのでしょうがなく預かってもらっている荷物がいくつかと、弟の蔵書や子どもの遊具やそう言う雑多なものが置かれる物置になっていた。
「えーと、この箱とこの箱……あとこの箱だけですかね」
「あら、少ないですね。2トントラックで来たから何でも回収できますよ。あと、レンタル倉庫も大きいのを抑えておきましたので」
「そうですか、じゃあこの布団とゲーム機の箱もお願いします」
最悪買い直せるものだが、無駄な出費を避けられるなら避けたい。
俺が自分で運ぼうとすると、「病み上がりのようなものですから」と止められ、全部トラックまで三人で運んでくれた。良いのか、こんな楽をしてしまって……。
最後の一箱になったとき、箱を持ち上げた瞬間どばっと箱の中身が溢れ出してきた。
良く見ると箱の上下が逆になっている。天地無用シール張ってもらってあったのになあ。
慌てて中に戻すが、箱の中身がよろしくなかった。
水着エト姫のアクスタに、クリスマスエト姫のサイン入りアクスタ、正月エト姫のアクスタ、桜エト姫のアクスタ、描き下ろし水着エト姫のタペストリー、エト姫のデザイン画集……。
一番見せたくないものが溢れ出して思わず悲鳴を上げる。
「うわああああああ!」
「あらあら、店開きですねえ」
羞恥に苦しむ俺を気にする風でもなく吉田さんと清野さんは黙々と拾い上げて箱に収めてくれたが、田中さんは違った。
「うわ、懐かしい! あたしこのゲーム作った会社で働いてたんスよ!」
「えっっ!! それは……マジですか!?」
俺の心の神ゲー、メテオライトクエストを作ったテオレア・デジタルエンターテインメントに!?
「えっ……テオデジに!? ち、ちなみに何の仕事をされてたんですか?」
高鳴る胸の鼓動を感じながら質問する。ちなみにテオデジとは、メテクエの制作会社の略称である。
「企画とプログラム、あとグラフィックもだよ! この水着エトワール、あたしが企画したんだよねー。受けるかどうか不安だったけどガチャめっちゃ回ってさー、マジ受ける」
田中さんはゲラゲラ笑いながら箱におさめている。
俺は思わず、まだ運んでいない箱の中にあった、同人誌即売会で買ったスタッフ本のメンバーリストを見る。
確かに「田中ハルカ」という名前がある。エト姫関係のコメンタリーにかなり高い確率で出てくる人だから覚えていた。
「もしかして貴女が……貴女が田中ハルカ神……だったんですか……?」
俺は震える声で聞くと、神はこうお答えになった。
「うぃっす! よく知ってんねー、あたしが田中ハルカだよ!」
俺は、跪いて神を仰いだ。
このお方こそエト姫をこの世に顕現せしめた現人神であられるのだ。
ああ、後光が見える。
「現人神じゃないですか……俺、生きてて……生きててよかったッ!!!!」
号泣する俺。男泣きなので恥ずかしくない。
「……あれ? もしかして茅原さんでケンイチさんで、この荷物って……もしかしてチケンさん?」
「はい、そうです。なんで俺みたいな一般プレイヤーをご存知なんですか? 天上界におわす神が……」
俺はただエト姫のオタクなだけで、SNSのメテクエ界隈以外での知名度はまったくない。はずだ。
「開発でも噂になってたよ、開発でも意図しなかったスキルの使い方を次々に編み出すエト姫無限回収してる廃人がいるって。あとファー様の廃人のファー姫と、全キャラ最低20凸してる石油王の三廃人は開発でも有名だったなー」
俺という個体を認知されていたとは……。メテクエのオタクとして光栄すぎる栄誉だ。
ちなみにファー様のオタクのファー姫さんと石油王と言われているビエネッ太さんとは相互フォローをしている。廃人同士話が合うので……。
因みに全キャラ最低20凸ということは上があるということだ。
ビエネッ太さんによると最高は120凸までらしい。それを聞いたとき俺たちはこの石油王の執念とテオデジの集金への執念に驚いたものだ……。
ちなみに配布エト姫はそれを聞いて俺も120凸にした。楽しかったけど大変だったな……。
ファー様というのは主人公格のメインキャラで、ファビエというイケメンキャラだ。
そしてファー姫さんは夢女子であり、俺に夢小説を書くように進めてきたのもこの人だ。この人も配布ファー様位は、と120凸にしていたが、初代の限定ガチャのファー様を99凸しているのを俺は知っている。
俺はまだこの人達に比べると執念がたりない。
ビエネッ太さんはアイスとメテクエ箱推しのオタクであり、一緒に同人誌即売会でメテクエ本の共同購入をしたこともある。
実家が太いらしくメテクエ専用部屋を作ったり、上場していないテオデジの株をどうにか買ってメテクエの延命をしようとしていた。金持ち怖い。
でも俺も上場してたら株主になってたと思うし、株主総会でエト姫ピックアップを増やせと物申す痛い株主になっていた可能性がある。テオデジが非上場会社で本当によかった。
「一体どんな石油王かと思ったら普通のおにいさんだったんだね、ちょっとびっくり」
「収入のかなりの部分をメテクエに捧げてたんで……いやあ、それにしても吉田さんがこんな神とお知り合いだったなんて、すごい人脈をお持ちですね……!」
満面の笑顔の俺。
対して吉田さんと清野さんは曖昧な笑顔で俺を見つめるばかりだった。




