第110話 公道最速の老婆たち
俺達が乗り込むと、どこからともなくエンジンの重低音が聞こえてくる。
「あ、気分を上げるためにエンジン音を再生してみました! ターボばあちゃん様方、いかがですか?」
インテの仕業かよ。
『いいね……! あたしらが最高にアガるサウンドだよ!』
これで良いんだ……。
「インテ、ついでにユーロビートでもかけてやれよ、BPM早いやつ」
「畏まりました!」
冗談のつもりの提案は受け入れられ、騒音一歩手前のエンジン音に、ノリノリのユーロビート。世界観が走り屋漫画のそれだ。
『FOOOOOO! 盛り上がってきたじゃないか、わかってる鞄だねぇ……!』
『よし、ロータスの姐御、行こうかねえ!』
『あたしら公道最速!』
『一万一千回まで回すんだよ!』
あ、ターボばあちゃんたちに火をつけてしまった。ヤバい。
「グリセルダ、おタヒ、振り落とされるなよ!!」
「どういうことだ……?」
「なぁに、この拍子の早い楽の音?」
『あんた達、行くよ!』
どこからかシグナルが鳴り、ターボばあちゃんの群れwith俺達は次の目的地へと疾走し始めた。
「うわあああああ! 速い、速すぎるって!」
「うーむ、老婆であるのにこの速さ、素晴らしいな。見かけが老婆でなければ召し抱えたいものだが……」
「あははは、すごく楽しい! 馬より速いわ!」
グリセルダとおタヒは気に入っているようだ。
いや、怖いとか騒がれるよりいいんだけどな……。
俺はターボばあちゃんに騎乗するとかいう、間違った者が聞けばあらぬ勘違いをされる実績を解除してしまい困惑している。
しかし、意外に乗り心地が良い。
上下に揺れるかと思いきやあまり揺れないし、コーナリングも加速もスムーズだ。
階段の上り下りも『峠攻めだよおおおおおお』と叫びながら一足飛びで軽やかに登り降りしていく。
最初は階段をなめてたが階段が思ったよりも長く、これはターボばあちゃんに乗せてもらえたのは本当に良かったかもしれない。
俺とグリセルダはともかく、おタヒが無理だろうからな……。おタヒをずっと背負い続けるグリセルダの負担も気になるし。
「うーん、ばあちゃんたちすげえな、サスペンションも高性能だしまるで高級車みたいだ」
『ヒヒヒ、解かるかい、旦那、サスもターボも全部極上さ』
「まあ社用車はたまに乗ってたからな。まさかここでも乗れるとは思わなかったけど」
ターボばあちゃんを乗用車扱いして良いのかは解らなかったが……。本当にこのばあちゃんたちの中身どうなってんだろうな。
「ちなみに、目的地は?」
『この先のセーフエリアを護ってる姐御がいる。姐御に仁義を通しに行くのさ……ヒヒヒ』
「ヌシとは別なんだ」
『姐御は理性的な人だよ。あんな化け物みたいなヌシと一緒にしちゃいけないよ』
おいインテ、すごいこと言われてるぞ。インテは遺憾です、と言いたそうな顔で俺の背中で鎮座しているばかりだ。珍しく口数が少ない。
途中、俺以外まともに立って通れなさそうな高さの低いトンネルや、追い剥ぎが妨害工作で床を抜いたと思しき場所を高速で壁伝いに進んでいく。四足歩行だからかとんでもないドライビングテクニックだ。
公道最速と名乗るのは伊達じゃないな。でもここ公道か……?
いや、それ以前にドライビングじゃなくてランニングか……?
困惑しているとしばらくすると見覚えのある『←この先セーフエリア』の看板が見えてきて、一度ばあちゃんたちはエンジンを止める。
『姐御! いるかい!』
エリーゼばあちゃんの呼びかけに応えたのは、どこからともなく白いワンピースを着て白い帽子を被ったた巨大なロングヘアの女性だった。アルファードのばあちゃんくらいでかい。
「ポ」
『この小さい旦那が、例のヌシに会いたいそうで……通してやってくれないかい?」
「ポ……ポポ……」
(インテ、このお姉さん何言ってるか解かる?)
(翻訳機能、オートにしときますね)
こういう時インテは気が利く。
『この小さな男の子が……?』
『ああ、どうもヌシと面識があるようでね……それにあのスカイラインに乗ってる嬢ちゃんが疲れてるから、セーフエリアを使わせてやっておくれよ』
エリーゼばあちゃんはちゃんとおタヒを気にかけてくれていたようだ。たしかに、あの高速移動で振り落とされずによく頑張ったと思う。
『ポ……セーフエリアは構わない。でも、ヌシはダメ』
「何で!?」
俺は思わず叫んでしまう。
『ポ……ポポポ……その大きい女は行って良い。子どもはダメ。セーフエリアやこの辺りで私と一緒に暮らしましょう』
『八尺の姐御、何故そんなにこの旦那を……』
『子どもがヌシに喰われるの、見たくない』
……ってあれ?! このお姉さん八尺様なの?!
そういえば、ポポポポって喋ってたな……。白いワンピースで黒いロングヘアだし、帽子被ってるし……。なんで八尺様がこんなところにいるんだ?
「あの! もしかして八尺様!?」
『ポ。私は八尺様と呼ばれてる……あなたかわいい……そこの女の子もかわいい。ヌシの犠牲になるの可哀想。ダメ。変な男いる、危ない』
「あの、俺ヌシの知り合いの知り合いで、どうしても会わないとダメなんですけど……」
八尺様は大柄ながら美しい指を顔に当てしばし考えた。八尺様、地味にメカクレなのも良い。ミステリアス美少女の風格がある。
『ダメ。とりあえずセーフエリアで休んで考え直して。その女の子疲れ切ってる』
たしかにおタヒはどうにかしないとな……。
「わかったよ八尺様。とりあえず、休んでくる。後でもう一回話をしてくれるとうれしい」
『……ポ。わかった』
俺達は徒歩で、すっかり移動に疲れてぐったりとしたおタヒは八尺様の案内で無事セーフエリアにたどり着いた。
ゴールドパスを持っている俺達は、今回もAランクのセーフエリアに入室を許可される。ダメ元で聞いてみたが八尺様とばあちゃんたちの入室は許可されなかった。中でゆっくり話を聞きたかったんだがな……。
『ヒヒヒ、私達はMP消費ペナルティがないし、ヌシ以外怖いもんがないからね……ゆっくり休んできな』
『ポポポ……子ども、寝る、大事』
「ありがとうございます、ではお言葉に甘えて休んできます」
おタヒはぐったりとしており、グリセルダは微妙に納得のいかない顔でばあちゃんと八尺様に会釈をし中に入った。
「おタヒ、ほら、せめて着ぐるみと靴を脱げ」
「チケン脱がせて……疲れた……」
「しゃーねーなー……」
「にょわー……」
俺はご指名を受けたのでやむを得ず着ぐるみと靴を脱がせた。俺よりは大きいが、成人の俺よりは大分小さな手足だった。
無理をさせてしまってちょっと心が痛む。MPを使わずとも体力を使えば疲弊するのは当然だった。俺に配慮が足りなかったな……。
相変わらずキングサイズのベッドが五つとテーブルと椅子、洗濯機と隠しシャワールーム。全く設備は変わらないようだった。
ベッドに寝かせると、おタヒはすぐに寝た。まあしょうがないな……。一時間以上も無茶苦茶な運転のばあちゃんの上で頑張っていたのだ。
牛頭くんも心配してベッドの横で体育座りで待機している。
そして、八尺様の発言でますます姫がやばいやつ説が出て、インテはしょんぼりして無口な鞄になってしまっていた。
本当にベア・グリルス姫(仮称)問題、どうにかしないといけないな……。
「さて……あの何故か私にだけあたりの強い八尺とやら、何故私を敵視しているのだ?」
「いや、敵視っていうか逆なんだ。……まず、怪談話から始めるか」
まず八尺様とは何か。それをグリセルダに伝えるところからだな。




