第109話 婆の名前
レースを終え、俺達とターボばあちゃんの群れは和やかに休憩ムードに入っている。
幸いなことに、他のモンスターも出ないのでセーフエリアでもないのにゆっくりできた。MPは回復しなかったが。
何しろ、出るはずのモンスターがここにまとまっているのだから新規のモンスターも発生しない。意外な効能効果だった。
インテにつけてもらった翻訳機能のお陰でターボばあちゃん達と意思疎通をすることが可能になり、少し話を聞いてみることにした。
「なあ、ばあちゃん。あのさ、この辺に金髪の背の高い男が通ったりしなかった?」
『ああ、一昨日来たね。罠を仕掛けるから邪魔でねえ……せっかくの光沢路面なのにドリフトもろくにできやしないよ』
ターボばあちゃんってドリフトもするんだ……。煽り運転だけじゃねえのかよ。
「まだ五層にいるのか?」
『怪我をしてたからねえ、まだ奥地の方にいると思うけど。奥地にはもっとヤバいヌシみたいなのがいるからねえ。どうなってることやら』
「ヌシ?」
『そう……あたしらがここに着たのは20年前なんだけど、15年前から居座って七層への入口を封鎖してるヤバい女さ……』
それ、絶対あのベア・グリルス姫(仮称)だ……。
グリセルダもおタヒもそれを聞いて微妙な顔をしている。
「どうやばいんだ?」
『水場を支配して腹が減ると近くにいるモンスターを喰ってしまうのさ……そして、腹が満たされると出口の番人に戻る。おかげで、光の柱付近のレースができなくなっちまってね、つまらなくなったもんさ……あたしらは速度で逃げられたけどね、あのトカゲ頭とモスマンなんていい餌になってる』
モスマンもレプティリアンも食用できたんだ。それでも食いたくねえけど……。可食部どこなんだろうな。特にモスマン……。
「うーん……おい、インテ。マジでこの姫に会わなきゃ駄目か?」
「えっ……あ、はい……お願いします……」
インテもビビってるな……。
一体どんな姫なんだよ。俺はゴリラや鬼が出てきてももう驚かねえぞ。
「なあチケン、その姫は本当に姫なのか……?」
初代水辺の覇王様が何かを言っているが、たしかにわからんでもない。あの時のグリセルダにはまだ人間らしさがあったからな……。
「チケン、やっぱり五層から光の柱に飛び降りる作戦にしない? 私式神でどうにかできないか考えてみるから……」
おタヒもビビっている。たしかに俺もそれがいいかもと思い始めている。
無限に使えるパラコードがある。それを使って降下すれば比較的安全に到着はできるはずだ。はずだが……。
あの王太子が君の運命、と言ったのには理由があるはずだ。
俺はそれを確認せねばならない。
『旦那、もしかしてあのヌシに会いに行くのかい?』
「うん……なんか……そうしなきゃ駄目っぽい……」
『近くまで案内するよ、このへんはトラップだらけだし、あたしらしか知らない近道があるからね。あたしらにまかせな』
エリートターボばあちゃんは意外な申し出をしてくれた。
「いいのか? 助かるけど。俺達を襲うのが仕事じゃないのか?」
『そんなことはないよ。あたしらはただ来る人間を思う存分煽れって言われてるだけさ。トカゲや蛾はどうか知らないけどね』
意外だった。でも助かるな。俺も全力で走って疲れてるし。
『この先はヌシじゃない姉御がいるはずだけど、トカゲや蛾と違って頭がいいからね。話せばわかってくれるはずさ』
「マジか、助かる。グリセルダとおタヒもそれでいいか?」
二人を見ると、二人共納得した様子だった。
「戦いを回避できるのならそれが良かろう。四つ足とは言え老婆を斬るのは心が痛む」
「賛成! 早くこの消費30倍地獄から抜けたしたいわ……」
よし、じゃあ移動するか……。
その前に、俺は服を着替えるべきかも知れない。万が一のクラッシュを考えて着ぐるみのままだったので汗でひどいことになっている。
「じゃあちょっと着替えてくる、あの柱の陰で……インテ、着替えだしてくれ~」
「畏まりました、あ、光学迷彩かけときますね」
メカニカルなスキルはMPを使わないのだろうか……。
羨ましいが、まあそういうもんか。メカニカルなアイテムは金銭なり資材という代償を先に払っている。
インテに出してもらった光学迷彩エリアの中でささっと服を着替える。汗だくになった着ぐるみを脱いで、汗を拭きあの貴族の少年のようなズボンと靴下、ジャケットとシャツに着替えた。
「着ぐるみは私が洗浄消毒しておきますので!」
インテが洗ってくれるらしいので安心して中に突っ込む。中のものに匂いが移ったりとか流石にないよな……。不安だが中につっこんだ。
『じゃあ、アルファードを呼ぶからちょっと待ってな』
「え、アルファード?」
困惑していると、エリートターボばあちゃんよりも数倍体格のデカいターボばあちゃんがやってきた。身長3メートルくらいありそうなばあちゃんだ。
立ち上がったら「お前のようなババアがいるか」って漫画で言われるタイプ。
「もしかしてエリートターボばあちゃんにも名前があるのか?」
『あたしかい? あたしの名前はロータス・エリーゼだよ』
思ったよりも優雅な名前だった。
他のばあちゃんにも名前を聞いてみると「ランエボ」「シルビア」「ダッチバイパー」「スカイライン」「ハチロク」「RX-7」等など。
なんかどっかで聞いたことがある名前だな……。シルビアばあちゃんはともかく、他のばあちゃんの名前はみんな人名っぽくはない。
ターボばあちゃん達はアルファードさん以外多少の体格差はあるものの、顔は皆同じ、某画太郎先生が書きそうな老婆が四つん這いで赤く目を輝かせているというちょっとホラーであり、コミカルな絵面だ。
しかし、グリセルダもおタヒもあまり気にしていないようで、逆に俺はそこが気になった。
彼女らはターボばあちゃんをただの四つん這いの老婆として接している、ある意味正しいのだが、何かこうあまりにもギャグ漫画の風景で俺は困惑している……。
美少女と妖怪の絡みか……。見たいけど見たくない、そんな気分だ。
『旦那、準備はできたかい?』
「OK! じゃあ、行くか!」
エリーゼばあちゃんが俺に声を掛け、俺はインテを背負う。すると、エリーゼばあちゃんは言う。
『旦那達、乗りな』
「……何に!?」
ターボばあちゃんが、フッと笑った。
『あたらしらにさ……そこの背の高い姉ちゃんはアルファードに、そこのお嬢ちゃんはスカイラインに、牛の坊やはハチロクに乗りな』
「ターボばあちゃんって乗用なの?!」
『高速道路を走れるのは自動車と自動二輪車だけ……あたりまえじゃないか』
そこをババアが走ってるから怪異とか妖怪って言われるんじゃねえの?!
俺が衝撃に何も言えないでいると、グリセルダとおタヒ、牛頭くんはさも当然かのように乗り込もうとしている、具体的に言うとゲーセンや遊園地にあるコインで動くおもちゃにまたがるような感じだ。
「これでよいか? 手綱などは?」
「にょわ♪」
「私おばあちゃんに乗るの初めて!」
そりゃ初めてだろうけどよぉ……。そもそも老婆は乗り物じゃないんだよ。
グリセルダも手綱とか言ってるし、慣れきってて怖い。
俺も諦めて、おばあちゃんの上に座らせていただく。
座るとどこからか、シートベルトが生えてきて俺達の体をがっちりホールドしてくれた。
そういうところは交通ルールを護ってるんだな……。




