第108話 頭文字D(ダンジョンのD)
ターボばあちゃんに戦いを挑む俺に対して、他のメンバーは冷たい。
「えー、本当にやるの? チケン本当に馬鹿なの?」
「こんなところで体力を使わずともよいのではないか?」
「チケン様、流石にお辞めになったほうが……無駄な時間では?」
三人はそう言うが、命を賭けずに戦えるのはいいことではないだろうか。
ずっと発動し続けている【エリア鑑定】でも広場にトラップは仕掛けられていない。
「ヒヒヒ……」
「あ、このモンスターが集団で一番早い老婆らしいです、チケン様」
確かに鑑定で『エリートターボばあちゃん』と表示されているな……。
「じゃあ俺とお前の一騎打ちだ、負けたら一族郎党揃って煽り運転を辞めてもらおう」
「ヒヒヒヒヒヒ!」
「『出来るもんならやってみなガキ!』だそうですよ」
そこ翻訳必要だったか?
と思いつつも、俺はインテに白いペイントマーカーのようなものを借りて、スタートラインを引く。
俺は外側……つまり、より多く走る側に立った。これで、外側だったから負けたとかいう言い訳は塞いだ。
できれば俊足とかあればいいんだろうが、このヴィルステッド村の人にもらったブーツも悪くはない。意外に靴底のグリップもクッションも効く。靴作りの上手い人がいたんだな。
これなら四足歩行で裸足のババアに負けはしないだろう。
「よし、準備はできた。おまえもいいか?」
「ヒヒヒ!」
準備はできたようだ。
「それでは3、2、1……スタート!」
グリセルダが拳銃を空に向けて打ち上げると同時に俺とエリートターボばあちゃんは一斉に駆け出した。
正直、普通自動車のレベルを超える速度を開幕ダッシュで出せるのは笑えるほど面白い。
「うっそ、何あの速度……うちの式神くらい早いんだけど……」
「そんじょそこらの馬でも出せないような速度だな……」
「行っけー! チケン様頑張れー!」
「にょわー!」
俺は知っている。素早さが30や40上がった程度で人間は原付バイクみたいな速度を出せていた。初回のフルダイブVRでそれは確認している。
つまりカンスト+補正のついた俺は100キロババアの異名を持つターボばあちゃんに迫る、いや、追い越すスピードだって出すことが出来るはずだ。
やってみせる!
「うおおおおおおおお!」
「ヒーヒヒヒヒヒ!」
ゴーグルを付けていてよかった。この速度で走っているとまるで空を飛ぶような場面もままあるし、何より風で目が乾いたりゴミが入ったりする。
四足歩行のターボばあちゃんも健闘している。
一般道だとオービスに捕まる速度で全力ダッシュしている。現実でやったら絶対迷惑ランナーとしてネットニュースになるやつだ。
しかし四足歩行でこの速度出るのキモいな。足の動く速度が目で追えない。
もう二足歩行で走ったほうが早いだろ一応人間形態なんだからさ……。
「ヒヒヒヒー!」
「チケン! がんばれー!」
「老婆になど負けるなよ、チケン!」
「チケン様ー! インテも応援しておりますー!」
「にょ! にょわー!」
老婆の集団とグリセルダとおタヒたちの声援が混ざる。
最初は三人とも冷めた態度だったのに、始まると力強い応援に変わっていって嬉しい。
しかし、刑務所でこんな面白いことしてもいいのか……そう考える暇もなく、相手が追い上げてくる足音が聞こえてくる。
裸足なのでベタベタした足音なのが面白い。
「ヒヒヒヒ!!」
「100キロババアになんか負けるかああああああ!」
やがて最初のカーブに差し掛かる。一見インコースのエリートターボばあちゃんが有利に見えるこの展開だが、俺はエリア鑑定でこの地面のコンディションも詳しく把握している。
このサーキットのような場所はターボばあちゃんたちが日常切磋琢磨し走り続けているゾーンらしい。なので、内側はツルツルに磨かれているのだが、外側は摩擦係数がやや高めである。
「ヒヒヒヒ!」
「敵いわく『ナイトラス・オキサイド・システム起動!』だそうですチケン様、お気をつけを!」
「スキルか何かか? 卑怯な!」
「ずるいわよ! 消費30倍じゃなければ速度上昇をかけるのにっ……!」
ナイトラなんとかって窒素かなんかでなんかすごい早くなるやつだよな。
それは人体に設置できるもんなのか?!
そういう俺の疑問をよそに、確かにエリートターボばあちゃんは人間が出してはいけない叫び声と、目の発光、口からの排気を吹き出しつつ爆速で俺に追いつきつつある。
「ヒャアアアアアアアアア! ヒヒヒヒヒ!」
しかし、そろそろコーナーに差し掛かる。ここが勝負どころだ。俺がわざわざ外側を取った理由を解らせる時が来た!
案の定、俺を追い越し曲がろうとしたエリートターボばあちゃんは地面の摩擦が足りずに壁に激突する。壁に反発してダイナミックにあらぬ方向に飛ばされていき、俺に衝突しそうになる。
しかし、俺はカンスト幸運完全回避で華麗にスルー!
俺はエリートターボばあちゃんを軽く飛び越え、壁を蹴り方向転換。
踵から摩擦熱で煙が出るほどの両足ドリフトをかけて方向転換、体制を低く保ちクラウチングスタイルで先ほどを超えるスピードで全力ダッシュをする。
声援はあるはずだが必死過ぎて聞こえない。流石に息が切れる。酸素が足りない。それでも全力で走る。短距離走は無酸素運動ってマジなのかもしれん。
このサーキット1キロ位はあるけど。
「ヒャアアアアアアア!」
後ろからエリートターボばあちゃんが追いつこうと必死な足音が聞こえる。
「負けるかあああああああ!!!」
いわばこれは人力レースゲームだ。真っ当な陸上競技ではない。
しかし、俺はレースゲームはまあまあ得意な方と自負している。こんなトーシロのババアに負けるわけに行かねえんだああああああああ!!!
脳内物質がドバドバ発生するのを感じて頭が真っ白になりながら、全力で手足を動かす。向かい風が辛い。足が痛い。しかし、俺は絶対に負けねえええええ!
数秒後、俺は無事ゴール!!
遅れてエリートターボばあちゃんが1.5秒遅れでゴールした。カーブでクラッシュしてなければ俺に勝てただろう。だが、勝ちは勝ちだ。
汗だくになって顔を真赤にして、肩で息をする俺に、駆け寄ってくるグリセルダとおタヒ。
「チケン! 見事な勝利だった、無事か!?」
「おめでとう! チケン、勝ったわね!」
二人は俺が汗まみれなのも構わず、俺を抱きしめる。約得……!
だけど汗臭くなるから離れたほうがいいんじゃねえかなあ……。
「インテ……み、水……」
たったサーキット一周しただけなのに口の中がひび割れそうなほどに乾いていた。
慌ててインテが水袋を渡してくれたので一気に飲み干す。ひび割れそうだった口の中にうるおいが戻り、ほう、と息をつく。
俺は、お祝いを言ってくれる二人から離れて、地面にうずくまり震えるエリートターボばあちゃんに近づいた。
「おつかれ。俺の勝ちだったけど、いい勝負だったな」
俺が右手を差し出すと、エリートターボばあちゃんも右手を取って握手した。爽やかなひとときだ。しかし気がつく。
……あれ、この風習、この地球じゃない宇宙で通じるのか。それとも、地球産の化け物を輸入してきたのか。
「ヒヒヒ……ヒーヒヒヒ……」
「エリートターボばあちゃんいわく『私の負けよ、坊や……』だそうですよ!、というか、いちいち通訳するの面倒ですね。ゴーグルに自動翻訳機能つけときます!」
インテがそう言うと一瞬俺とグリセルダとおタヒのかけているゴーグルが青く光った。日本語でアップデート完了と表示されている。うーん、近未来……。
しかし、このターボばあちゃん達の群れ、一体どこからここにやってきたんだ……?
タイトルは怒られたら替えます。




