第106話 バフの重ねがけは正義です
俺とグリセルダは同じベッドの上でボソボソと会話をしている。女子と同じベッドにいる事は俺の人生においては奇跡に等しい。
これも幼女ボディーにTSした賜物なのだろうか。ほんのりと体温が伝わってくるような気がしてドキドキする。
良いんだか悪いんだかわからないが、俺の人生にとって貴重な時間なのは間違いない。
「お前はこの迷宮を出たら何をする?」
「今、家もないからな。小さい部屋でも借りて、実家においてある荷物を回収して、仕事探して今まで通りに生きていくよ。健康に趣味のゲームでも楽しめればそれでいいかな」
「どんな仕事をするのだ?」
「うーん、工場で主に生産管理を……ってわかるか?」
「………知らない分野の仕事だな。何を作る工場だったのだ?」
俺は自分のことを少しだけ話すと、グリセルダは楽しそうにそれを聞いていた。
そして俺もグリセルダに幼年学校や士官学校の話などを聞く。ただそれだけの会話だったが、俺もとても楽しかった。
知らなくていいことを知る、それだけの時間。
喋っている間、グリセルダは穏やかな表情をしていた。
これが、彼女の本来の顔なんだろうか。眉間にシワを寄せていても、怒っていても美しいが、この穏やかな顔をずっと覚えておきたい、と強く思った。
翌朝、俺はグリセルダに抱きしめられつつ、背中におタヒが張り付いている体制で目が覚めた。ベッドは五つあるのに四つが使われていない。なんでや。
「……なんでおタヒまで?」
「えっ、夜中に水を飲みに起きたら二人が一緒の寝床にいるんですもの。私も一緒にいたいなと思って」
「あ、はい」
適当に流すが二人共もうちょっとプライベートを大事にしたらいいのにな。
「グリセルダはずるいわ! チケンを独り占めするなんて!」
「本人の同意は得たが?」
「明日は私と寝るんだからね!」
「なんで俺なんかと寝たいんだよ、お前らはよ!」
真面目そうな声で二人が答える。
「キャンキャン喚く子犬みたいで可愛いから……」
「チケンの困り顔が可愛くてな」
「俺で遊ぶんじゃねえよ!!」
時刻は朝5時ほどだったが二度寝する理由もないので起きた。朝飯はどうしよう。
と思ったが、ヴィルステッド村のみなさんが焼いてくれたパンがあるので、辛子マヨネーズを塗り、それにチーズと野菜、ハムなんかを挟んで簡単にサンドイッチっぽいものを作った。
普段の朝飯はバランス栄養食とかプロテインとコーヒーとかだったから、俺にしては相当頑張った朝飯だ。
やはりこれではさすらいのシェフにはなれないな。
「朝からこんな美味い茶を飲みつつ朝飯とか優雅だな……なんでこんないい匂いになるんだ? 俺が昨日淹れた茶はお湯に渋みと申し訳程度の匂いがついてる感じだったのに」
お茶は今回はグリセルダが淹れてくれた。
高級スーパーで買った茶葉は香り高く、俺がいれた昨日の茶よりも数倍美味い。おかしい、同じ種類の茶葉のはずなんだが。
「茶はな……食事を作ると怒られるが茶は淹れられないと馬鹿にされるからな、職業上やむを得ずだ」
「そうよねえ、私も面白そうだから節会の膳を作ってみようとしたら乳母にすごく怒られたわ。あの餅一杯食べたいのに……」
悪役令嬢にも令嬢なりの苦悩っていうのがあるもんだな……。
自分の食べたいものを自分で作れないってのは、思ったよりもつまらなさそうだ。
そう思いつつも口には出さず、出発の準備を始める。
「今日は謎のお姫様にも会えるかもしれないし身支度を整えたほうが良いかしら?」
「チケンはあのふわふわの服を着るのか?」
「そうだな。前に立って歩くからなあ、気は進まねえけど」
「うむ、似合っているからな。それが良かろう」
いや、そういう問題じゃない。
しかし、防弾能力は素晴らしいんだよな……。しかもポケットが三つあり物が入れられる。素晴らしい。
実は前の無課金服はポケットが尻ポケット1個しかなかったのだ。無課金装備の悲しいところだ。
どんなに見た目がアレでも効率厨は効率の良い装備には逆らえない。効率のためなら俺は園児のような服も受け入れる。ダサい鎧でも着る。
おタヒも一応着とけよ、と言う前に、もうすっかり装備済みだった。嫌がられるよりはいいんだが。グリセルダもすっかり身支度を整えていた。
「インテ、現在地と地図だしてくれ」
「畏まりました!」
うーん、朝っぱらから元気だ。
インテがだしてくれた地図によると、あと半日も歩けば次のセーフエリア、更に数時間で目的地であるお姫様の居場所につくらしい。
高低差は考慮していないので机上の空論かも知れない。
まるで迷路のように、例の追い剥ぎが進んでいった方向と逆方向の渦巻きのようになっている。
多分、どちらから進んでも中央部にたどり着くんだろうな。運が悪ければ追い剥ぎに遭遇するだろう。
「そろそろ出るか、エリア鑑定するから、かけられるだけ【ターン延長】かけてくれ……あ、そうだ、良いこと考えた」
「今度は何だ? また倒れたりせぬだろうな?」
訝しんだ目で俺を見つめるグリセルダとおタヒ。ありがとうございますご褒美です。
「大丈夫だ。ほら、【幸運の祈り】、あれがあるだろ。あれ、俺の手持ちで一番効果時間が長いんだよ。15倍ってことは重ね掛けしていけば数日で幸運が最大まで全員達するんじゃないか?」
「……良いじゃない! 私、幸運ってやつに憧れてたのよ!」
おタヒは双六をやればイカサマをされているわけでもないのにサイコロを振れば1しか出ないとか、くじを引いてもはずれくじばかり。
溢れんばかりの才能と引き換えに幸運に見放されている。
グリセルダもグリセルダで全然幸運からは程遠い人生だし、せめて二人共ダンジョンの中だけでも幸運になって欲しい。
「ステータス値の上限はあるにせよ、上限まで簡単に挙げられるのは良いと思うんだよな。幸運は良いぞ! 冒険のあらゆる危険を減少するからな。カンストの99であらゆるダメージが三割減るらしい。このダンジョンの開発者の一人から聞いたから確かだ」
「それならば頼もうか、おタヒ」
「任せて!」
俺が【幸運の祈り】を二人にかけ、俺にかける。また二人にかける。そして、【エリア鑑定】を発動し、おタヒが【ターン延長】を俺にかける。
セーフエリアの中でやる分には消費MPは些細なものだ。おタヒと一緒に杖を握ればあっという間にMPは回復する。
まだ一日目だが、昨日の幸運の残りと相まって俺の幸運値は99+35、二人の幸運値は1+55とか面白いことになっている。これで、二人がうっかり事故死するような可能性は減らせただろうか。
「よし、じゃあ後片付けもしたし行くかー!」
「そうだな」
「今日ももりもり頑張ってね! 私は歩くのを頑張るから……」
牛頭くんは今日も戦闘モードなので、おタヒは自力で歩くしかない。頑張れ……。
今まで殆ど外を歩いたことのないおタヒには歩くだけでも相当重労働だろうな。なんかカートみたいなのがあればよかったんだが……。
扉を開けると、眼の前に試験官のモニターがあった。
『ご出発ですか? こちら、5層以下の階層で使えるセーフエリアのパスとなります。これ以降よほどの悪事を働かない限りはそのパスは有効です。パスが有効でなくなった時は更に難しい再試験がお待ちしておりますのでお気をつけください』
空中から金色のクレジットカードのような物が落ちてきて、読めない文字で何かが書いてあった。とりあえずインテに保管してもらう。
「お陰で一晩快適に過ごせました。ありがとうございます、では行ってきます!」
「あのお風呂びっくりしたけど面白かったわ、次のセーフエリアでもよろしくね」
「一晩世話になった、感謝する」
『皆様、どうぞご安全に!』
そう言い残して試験官のモニターは消滅した。
さて、今日こそ俺の運命とやらに出会えるといいのだが……。




