第105話 さすらいの料理人
成人男性だった頃からは考えられない幼女のスピードでゆっくり飯を食っていると(何故なら口の大きさというボトルネックがあるので)、すでに食べ終わった二人が適当なことを言い出す。
「チケン、無職なのであろう? この冒険が終わったら我が家の料理番にでもならぬか? 侍女でもよいが」
「あーっ、ずるい! 私もチケンにごはん作ってもらいたい!」
「これは出来合いのを温めてるだけだぞ? 味を褒めるなら食品メーカーを褒めろ」
でもまあ、レトルト食品を温めてるだけで仕事になるとしたらそれはそれで良いかも知れないな。
俺の仕事はレトルト食品を通販してインテにつっこんでお湯で暖めるだけ。余った時間でゲームも出来る。やりがいはともかく、悪くない。
「まあレトルトを温めるだけの仕事でいいなら考えておくよ」
「それで構わぬ」
「あーっ、ずるい! うちもそれでいいから! 十日ごとにうちとグリセルダの家を往復すればいいわよ!」
あ、許されるんだ。ちょっと心が揺らいできたかも知れない。
王太子妃の家と皇女様の家を往復するさすらいの料理人。ちょっとかっこいい。
やってることはお湯沸かすだけだが。
食べ終わって茶を飲むと、まだ19時にもなってないがもうやることがない。そこでインテに気になることを聞くことにした。
「なあ、インテ。もしこのまま進んで追い剥ぎと接敵するだろ? できるだけ殺さないようにしたいけど、相手の出方次第で不可能な可能性もあるわけじゃん。そういう時に俺達の扱いはどうなるんだ? なにかペナルティが付くのか?」
セーフエリア入室時に簡単な文章題と主に法律に関するクイズが出された。そこから察するに多分この施設は囚人の『矯正』を強く意図している。
その意図に反してペナルティを受けて、セーフエリア使用権を失ったりしたら嫌だからだ。俺とグリセルダは耐えられるかも知れないが、おタヒが多分無理だ。
「こちらから手出しをせず、正当防衛となる形でしたら大丈夫です」
「でももうすでに相手から攻撃食らってるよな?」
「証拠がございませんので……証拠があれば大丈夫です。できれば直接攻撃されたところを目撃したあとの殺害ですとペナルティはありませんかと」
うーん。微妙に納得行かないが疑わしきは罰せずとも言うしな……。
「できれば視界に入り次第殺したいものだがな」
「殺さなければ良いんじゃない? 半殺しとか」
こいつらの意見は物騒だなあ……しかしおタヒの意見には光るものがある。
「インテ、じゃあこちらから先制攻撃を当てて眠らせるとかなら? 多少怪我はするだろうけど」
「それなら問題ございませんかと」
「相手は罠をかけてきたのにこっちはそんな配慮が要るの? おかしいわよ!」
おタヒの言うことに俺も同意したい。
「罠をかけてきた証拠になりそうだろ、この銃。この刻印よくしらんけど、名前は見たことあるやつだ。地球にある銃で罠を作って狙ってきたってだけでも証拠にならないのか?」
「それをこちらが持ち込んでないという証拠が難しいですからねえ……やった証拠よりやっていない証拠のほうが難しいんですよ」
悪魔の証明ってやつか。しょうがない、先制攻撃は諦めよう。
「しかし、チケン様は完全回避がございますし、ある程度までの防御は牛頭様と私でどうにかなりますかと」
五層に突撃した時グリセルダにぶつかりそうだった砕けた弾をつまんでくれたのインテだもんなあ。確かに頼れそうだ。
「もし追い剥ぎに遭遇されたらとっておきの符を出すわ! 安心していいわよ!」
「お前のとっておき、実績ありすぎてこえーんだよな」
「どんなとっておきなのだ、おタヒ」
「まだ秘密!」
やる時は本当にやるから怖いんだよな。命と引き換えになったけど大怨霊を鎮めた実績とか、牛頭くんとか、何か他にもコストクソ高いけど死ぬほど強い式神がいたはずだし……。
「しかし、もう疲れちゃった、お腹もくちくなったし、私もう寝る……」
おタヒは限界だったのかベッドの中に潜り込んで、明るいのも構わずにすやすやし始めた。俺は少し照明を落とす。
「うーん、まだ20時前だけどやることがないな、流石に。テレビも本もスマホもないし……俺も寝ようかなあ」
「そうだな、少し早いがどうせ太陽も見えぬのだ、いつ寝ても大差なかろう」
そう言って俺がベッドに潜り込むと、何故かグリセルダも横に並んでいる。
「ベッド、五つあるじゃん?」
「あるな」
「なんで俺のベッドに?」
「嫌か?」
嫌ではないが……万が一元の姿の俺を知られた時に訴えられたらたまらないからなあ。
「……嫌ではないけど、なぜ?」
「お前と話をしたいと思って」
グリセルダは指で魔法陣のようなものを描いて防音の魔法を発動する。おタヒを起こさないための配慮だろう。
「でもこんなに近くなくてもいいんじゃね?」
「人形のように愛らしい少女がいれば愛でたくもなる」
「……中身おっさんだけどな。本当におっさんだからな、スピーカーの向こうで吉田さんとカハールカさんが爆笑してたのは聞いただろ」
「構わぬ。今の見かけは少なくとも愛らしい。ずっとその服を着ていてほしいくらいだ」
いやこんな服で立ち回りできねえよ。宙返りした時パンツを見せながらスカートで視線が遮られて困るところまで想像できる。
「無理言うなよ……で、本題は?」
「笑ってくれても構わぬが……ただ話がしたいだけだ。人恋しいとでも言うべきか。私には幼年学校時代、お前のように口の悪い学友がいてな。お前といると彼女を思い出して懐かしくなる」
「……笑わないが」
「そうか」
今日は大人しくしておこう。邪な妄想も、脳への画像の記録もストップだ。
「なあチケン、この最下層にたどり着くと何が起こるのだろうな?」
「この場所から解放されて、グリセルダとおタヒの持っていた財産と権利の回復をしてくれるらしい。俺は数カ月分のバイト代を貰ってお別れだろうな」
「……もし財産と権利を回復できるのならば、お前を雇うことも?」
グリセルダは割と本気の目をしていた。
「しないほうが良いだろうな。グリセルダより大分年上のおっさんだし、悪い噂が立つのは忍びない。ここを出たら、公爵令嬢としてでも、王太子妃としてでもいい、誰かと幸せになった話を聞くのを祈ってる」
「……外見など気にせずともよいのに」
俺はそれには返事をしなかった。それを言えるのは持てるものだけだ。俺は持たざる方である自覚がある。
「グリセルダはさ、おっさんに性的な嫌がらせされたり変な目で見られて嫌な思いをすることだってあっただろ? 俺の中身はどっちかって言うとそっちのおじさんと一緒なんだから、あまり俺を甘やかすな。元に戻った時キモいおっさんに付け回されるの嫌だろ」
そういうと、グリセルダは如何にも楽しげに、まるで楽しい物を見ているような笑いを噛み殺した顔になる。
「そういう男はそもそも自分に近づくなとは言わぬのだ、チケン」
「そうやって油断させて襲うかも知れないだろ!」
「今のお前なら歓迎するが?」
「俺が急におっさんに戻ったらどうするんだよ!」
「それはその時考えよう、今は愛でるべき幼子にしか見えぬ。悔しさに顔を歪めるさまも愛らしいのは、その体の特権であろうな」
グリセルダは楽しげに微笑んでいる。
ぐぬぬ……という言葉が一番俺の気持ちの形容にふさわしいだろう。
悔しさと喜びがないまぜに、自分の顔面をコントロールに出来ずにいる様子を笑われている。美味しい、大変に美味しい。
しかし、それでいいのかという葛藤もある。
まあいいか、多分。これはきっと今しか味わえないものだろう。
期間限定のイベントのようなものだ。味わっておくことにする。




