第10話 悲劇の始まり
翌朝、血圧と体温のチェックと採血、そして新しく来た医師と軽く面談があった。
どうも、昨日俺が「臭い!」と言ったことに反応したらしい。
「茅原さん、今日もゲームをしていただきますが、今回はこちらと音声で通信できるようにしておきます。思ったこと、感想など何でも口にしてみてください。基本的にゲームには影響でませんので」
若い医師が真面目そうな笑顔で言う。
「わかりました」
そうは言ったものの、見られながら本気でプレイできるだろうか。
正直自信がないぞ。いや、本気でプレイする必要もないのかも知れない。だってこれ治験だし、俺がゲームで遊ぶというのが目的じゃないからな……。
しかし、せっかく金をもらって気になるキャラのいるゲームが出来るんだ。
やるだけやるか。
……なんて思っていたのだが。
ゲームがスタートすると俺の意識はゲームに向かって集中する。
報告のことはすでに記憶から消えていた。
タイトル画面を0.01秒で飛ばし、今度は王太子視点でスタートした。
俺は早速グリセルダ嬢のいる場所に向かってダッシュして挨拶をする。
「グリセルダ、ああ麗しの我が婚約者よ! ご機嫌はいかがかな?」
うーん、この王太子の喋り方、まだるっこしくて好きになれない。
でも、俺が普通に話してもこの話し方に変換されてしまうのだ。ヒロインのときも語尾に♡ついてたしな……。
「王太子殿下、急にどうなされたのですか。今は殿下はファーレン語のレッスンのお時間なのでは?」
「愛しい君に会いたくなって、矢も盾もたまらず会いに来たのさ、グリセルダ」
「王太子たるもの国民の見本となるべく勉学に励むべきです。ましてや殿下はファーレン語どころか、他の国の言葉も、宮中儀礼の習得もまともにできていないではありませんか」
自分で選んだキャラとはいえ王太子でもサボりは許されないのか。まあそうか。
アホの王太子とか国の恥だもんな。
「愛より大事なものはないよ、そう思わないかいグリセルダ、僕の愛しい子猫ちゃん」
ちなみに、グリセルダはかかとの高いブーツを履いているせいもあり圧倒的に王太子より背が高い。それを子猫ちゃん扱いとは……。
もちろんこれは俺の言葉ではなく、このルートを進むとオートでこの台詞になるようだ。
……嫌だなあ。
「私が愛するのは義務を果たすお方です。少なくとも今の殿下ではございません。それに、昨日まで騒いでいた光の愛し子とやらはどうなさったのですか」
真っ当なツッコミである。昨日まではチケンちゃんにベタベタだったからな。
「昨日までの僕はもういない、今日の僕が見ているのは君だけだよ、グリセルダ」
「ならば今すぐファーレン語のレッスンに向かってください。いいですね?」
「今日だけは許してくれないか? 君との相互理解を深めたいんだよ」
「駄目に決まっております。それでは私は剣術の授業がありますのでこれにて」
グリセルダ嬢とはいえ、流石に王太子にまでは超塩対応は出来ないか。
とはいえ大分塩だ。いいぞ。俺は好きだ。もっと正論でぶん殴って欲しい。
しかし、この王太子ほんとにアホだ。すぐ横道にそれて女に手を出す。
グリセルダ嬢、こんな下半身直結バカの婚約者だなんてかわいそうに……。
もちろん、そんな感じなのでグリセルダ嬢の王太子への好感度は1ポイントも上がらなかった。このゲームは好感度が上がると音がなるので、上がったかどうかわかりやすい。
結局、王太子は婚約者グリセルダの心をつかむことも出来ずに卒業し、グリセルダと結婚した。
前回の『一般企業に就職!』エンドは地味ではあったが平和なエンドだった。
しかし、今回は王太子が他国の王にうっかり無礼を働き戦争が起き、結局手打ちということで王太子と王太子妃グリセルダが揃って国王から毒杯を賜る『賜杯は二人で』というエンドだった。
……なんでだ。このボケだけ死んどけば良くない!?
グリセルダ嬢何もしてないどころかこのアホを止めるために東奔西走して、王様や王妃に直談判したりしてたのに、あんまりじゃね?
ついでに、王太子の愛妾三人はナイフとロープを王から賜る栄誉を得た。愛妾は死に方だけは選ばせてもらえたのである。二択だが。アホのせいで被害が出すぎだ。
あまりの惨事にスタッフロールが流れ終わったあともで呆然としていたが、俺はもう一度タイトル画面に戻り、今度はあのマッチョ先輩視点で始めることにした。
王太子はアホだから無理だが、マッチョ先輩なら同じ部活だし、まだ見込みがあるのでは……。
と、思ったのだが。
「よぉ、グリセルダ。俺と勝負しようぜ!」
と声をかけてみる。よかった、臭いけど王太子よりはまだ喋り方がマシだ。
でも臭いのはどうにもならんのか……。
自分の身体なので、多少麻痺してるが他の人がこれを嗅いだら昨日の俺みたいな反応になるんだろうな。
恥ずかしくて死にそうだ、あとで絶対風呂入ろう。
「貴公は何度言えば分かるのだ? 王立学校の栄えある生徒として、身だしなみを整えよと会うたびに申している。貴公の現在の匂いに比べれば洗ってない犬ですら幾分マシだ。その匂いを漂わせて入団すれば近衛騎士団は豚小屋になったかと言われかねない。勝負の前にまず鎧を清潔に保ち、シャワーを浴びよ」
さすがグリセルダ嬢。話がわかっておられる。こいつクセーもん。今は俺だが……。
もっと言ってこいつをわからせてやってくれ。
「俺はお前に勝つまで鎧を洗わず風呂に入らないと光の神に誓いを立てたのだ!」
あ、そんな理由でマッチョ先輩風呂入ってなかったんだ。
たしか2年前の剣術試合で女に負けたのが悔しくてって言ってたからそこからかよ。
その割には臭くない……気はするが、ヨーロッパ風の乾燥した気候だから日本で予想されるよりは臭くないのか。
でもそばに近づくと臭いんだが、それでも何故か学校にはこの体力バカのファンクラブがある。理解できない。
顔がどんなに良くても不潔なのはマイナス一億点だと俺は思うんだが。
「そうか、お前が清潔になるまで私は貴様とは争わぬ。いま光の神々に誓いを建てよう。私が剣を向けるのは剣を持つ人間のみ。豚小屋に住む畜生を傷つける趣味はないのでな」
最高~~~!
グリセルダたんの塩対応、心に沁みる~~~~!
ってかもうこれマッチョ先輩ではグリセルダルート入るの無理じゃ?
案の定、ヒロイン視点のときはあった剣術部の試合すら本当になかった。
俺は風呂に入れないまでも池に飛び込もうとしたり、シャワーを浴びようとしたり、鎧を洗おうとしたんだがどれも実行することが出来ず、洗ってない犬の匂い以上になることが出来ず卒業した。
これが良く転生物の漫画で言うシナリオの強制力ってやつか……。
今回のエンディングは『剣術師範』だった。
学校を卒業するまでグリセルダと試合をすることが出来なかったマッチョ先輩は近衛騎士団への入団を蹴り、流浪の剣士となった。
そして、ローレンツェン王国に湧き上がる革命の戦いに身を投じ、王太子を守る瀕死のグリセルダと戦い勝利の結果殺害、その功績でローレンツェン共和国騎士団の剣術師範に就任するという血なまぐさいエンドだった。
ちなみに、このルートでも嫁はヒロインのチケンちゃんである。光の魔法の加護で勝つのだ。
なんでええええええええええええええええ!?
瀕死のグリセルダと戦って勝って、お前それでいいんか!?
それ、勝ったっていう? 言わないよな?
ついでに言うと、王太子はグリセルダに守られてたくせに死ぬ間際にはヒロイン=俺の名前を口にして息絶えた。恩知らず過ぎる……。
なんともいえない気分でスタッフロールが流れ終わると、昼休みの時間になって俺は現実世界に戻った。




