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機械の感情の在処

作者: 宿木ミル

『……続いて、ニュースの時間です』

『自立感情プログラム実装型アンドロイドが自らメモリを破壊する事件が相次いでいます』

『急激に急増したアンドロイドの自殺。我々はその原因を調査しています……』


「はぁ……」


 私がひとりで経営しているバーの店内に置いてあるテレビモニターから流れるニュース映像を見ながら小さくため息を付く。

 最近よく見かける話題、感情を持つアンドロイドが『自殺』するという現象。人間からすると不思議に思えるような出来事だろう。

 さて、こういう話題が出てきた時は大抵憶測が飛び交う。

 特にSNSを見つめたりすると、それはそれは愉快なことになっているだろう。


「自立感情実装型アンドロイドねぇ」


 人の形をしたロボット、アンドロイドが世界で活動してからそれなりの時間が立った今。大昔では信じられないであろう、人間とロボットが共存している世界。

 一定の安定が担保されたのちは、新しいステップに進みたくなるのが人情というものかもしれない。

 ただ、最近になってアンドロイドに導入されるようになった『自立感情プログラム』が色々物議を醸しだしているのは皮肉なのかもしれない。

 漠然と考え事をしている時、ふと店の扉を叩く音が響いた。

 そろそろ働く時間か。

 小さく伸び、飲み物を提供する準備を行う。


「入るぜ、フィア」

「どうぞ、お得意様さん?」


 入って来たのは大柄な男性、私のバーのお得意様のバルドだ。銀の短髪に筋肉質で現場仕事をしているらしい。

 普通の人と違うところは右腕が機械化していること。それ以外は普通の人間だ。

 ちなみにフィアとは私のことだ。このバーには誰かが入ってくるのはあまりないので、名前で呼び合うくらいの気さくさがあるのだ。

 バルドはカウンター席に座ると、私に対して例の話題を吹っ掛けてきた。


「聞いたぜ、また『自殺』したやつが出たんだろ?」

「直接私のバーとは関係ないけどね」

「まぁ、興味はある話題なんじゃないか? お前も一応『自立感情プログラム』は入ってるんだろ?」

「厳密には『試作型自立感情プログラム』だけど?」

「試作型?」


 バルドの言う通り、私にも例のプログラムは実装されている。

 そして、私自身アンドロイドなことも間違いない。

 ただ、実装されている機能はやや通常のアンドロイドとは異なる。


「プロトタイプってことよ。感情プログラムのリミッターが付いてないのよ、私には」

「リミッターねぇ……バーテンダーのねぇちゃんやってるフィアは感情的と」

「ま、そのせいで色々面倒な噂が立ったりしてるわけだけど」


 より人間らしくすることを前提に作られた試作型アンドロイド4号、フィア。それが私だ。

 形状は女性の形をしていて長い黒髪をしているという、形状的には一般的な人間らしい雰囲気があるのが特徴と言えるだろう。

 私の言葉を聞いて、バルドは首を傾げた。


「面倒な噂?」

「このバーは人を騙す為に作られてるんじゃないかって噂よ。商売的にはかなり迷惑なやつ」

「でもフィアは気にしてないんだろ」

「まぁ……生活費はそこまで困ってないし、バーやってるのも半分は趣味だからね。とはいえ、何かを頼んでもらえるとありがたい」


 そう言ってドリンクのメニューを手渡す。

 内容を確認したのち、バルドはすぐに注文を行った。


「あいよ、じゃあコーラでも飲もうか」

「珍しい」

「あぁー、今日はコーラの気分だからな。さっぱりしたい」

「ビールじゃないんだ」

「今日は呑むつもりはないな」

「わかった」


 バルドの注文に答え、ドリンク貯蓄用の冷蔵庫から中くらいの瓶コーラを取り出す。

 ある程度古い製法で作られたコーラだ。値段は高いが、さっぱりとした味わいがいいと評判だ。私はアンドロイドだから人間の飲料水は飲めないが。

 グラスに氷とコーラを注ぎ、提供する。


「アンドロイドのフルオート製法じゃないやり方で作られたコーラをどうぞ」

「謎の拘りだな……」

「若干高めの奴を用意した方が冷やかしには聞くからね。バルドはお金、あるんでしょ?」

「まぁな」


 バルドはグラスを手に持ち、コーラをゆったりと味わう。


「なるほど、なんだか美味しい気がする」

「まぁ、感覚は人それぞれだと思うし、ある程度の満足感があるなら幸い」

「そうか。ところで、お前はどう思うんだ?」

「ニュースの話?」

「あぁ、俺が仲良くしてるアンドロイドのフィアの意見が聞いてみたいんだ」

「そうね……」


 少し考え、私なりの意見を言葉にする。


「大前提として、感情というものはよっぽどのことがないと壊れないものだと私は思ってるわ」

「よっぽどのこと?」

「今回の場合は……これかしら」


 仮想モニターを展開し、トピックを展開していく。

 その中には有名SNSの姿が映し出される。

 さらに情報を絞りこみ、今回のニュースに関連するトピックを集めていく。


「これは?」

「アンドロイドの感情に負荷を与えたんじゃないかと私が睨んでる要素」


 SNSの投稿には様々な意見が書かれている。

 今回私がトピックしたのはアンドロイドが自分のメモリを破壊する前に投稿されたものだ。


『アンドロイドが人間と一緒に働いてるなんて信じられない。いつか裏切るんじゃないか?』

『俺たちの技術を奪って、いつか仕事を奪って、好き放題するんじゃないか? やってらんねぇ』

『くそっ、機械ごときに助けられちまった。俺一人でうまく行くプロジェクトだったはずなのに、手柄を奪われた!』

『人間みてぇな動作しやがって、気持ち悪い』


「これは……」

「見てて疲れる投稿よね。わかる、私もこういうのを見るとため息が出る」


 投稿の中には苛烈なことを言わない言葉も存在している。


『アンドロイドさんに相談に乗ってもらった! 色々悩みを打ち明けられてほっとした』

『笑顔で手を振ってくれる女性のアンドロイドがいた! 最近は進化してるんだなぁ』


 しかし、その言葉よりも、過激で苛烈な言葉がすぐに拡散されていく。

 他者の日常にはあまり興味を持つことはないのだ。


「しかし、何故こういう投稿を見せるんだ?」

「多くのアンドロイドが持つ脳内ネットワークはパブリックインターネットと直接繋げられるようになってるの」

「どういうことだ?」

「疲れるような情報に目が通しやすいってことよ」


 私自身の機能を使い、仮装デバイスを店内に展開していく。

 その画面の中には見るに堪えない誹謗中傷の言葉が広がる。

 どれも同様のSNSのものだ。


「今普及してる最新型の人型アンドロイドは普通の人間の10倍の速度でネットの情報を閲覧することができるわ。今、私が見せているような光景が脳内で広がっていると考えるとわかりやすいかもしれないわね」

「つまり、10倍の速度でこれらの投稿を見ちまうってことか!?」

「そういうこと。マイナスの感情を植え付けられるような投稿を繰り返し見ていたら思考も偏っちゃうわね」

「……自分は不必要なのではないかって思うのか」

「そして、感情の赴くままに行動した結果、自分を壊すという動作になってしまう。私はそう分析してるわ」


 最初の躓きがどんな形であれ、一回坩堝に嵌った瞬間抜け出せなくなるのだろう。

 人間にとって自分は必要な存在なのか。不必要ではないのか。悩みに悩んだ結果、その行動が『自殺』としてアウトプットされてしまう。

 それが最近発生してる事件の概要だと私は思っている。


「だが、フィアは言ったよな。感情プログラムはリミッターがかかってるって」

「そうね。一般的に活躍してるようなやつには掛けられてる」

「それでもうまくいかないのか?」

「むしろ、リミッターがあるからこそ、出力の仕方が歪んじゃうんじゃないかって思うけど」

「どういう感情に制限がかかるんだ?」

「人間に危害が加わらないように喜怒哀楽で例えるなら『怒』に制限がかけられてることが多いわ。人間に対して怒りをぶつけないようにプログラミングされてる」

「……やるせないな」

「対立構造を発展させないための応急策でもあるから仕方ないところはあるけど……怒りが消化できないのは気の毒にも思えるわね」


 一方的に怒りをぶつけられて、自分は悲しむことしかできない。そういう状況に陥った時、どんな気持ちで生きようと思うのか。

 少なくとも、精神的に衰弱することは間違いないだろう。


「うまく付き合うこととかできないもんなんかねぇ」

「まだ時間がかかりそうではあるわね。感情の問題もあるし」

「感情の問題か……」

「アンドロイドに向き合う人間の感情、そしてアンドロイド自身の感情。うまくかみ合わない限り、繰り返されそうではある」

「フィアは大丈夫なのか?」

「私?」

「感情のリミッターは掛けられてないんだろ? 憤りとか感じないのか?」

「そうね……」


 少し考えて、私なりの答えを言う。


「私は誰にも流されたくない。だから強い憤りもない。あるのは、私らしく生きたいという気持ち。それだけ」

「フィアはSNSの投稿を見ても気にしないのか?」

「そもそも見てない。いつもはネットを切ってる」

「意外だ」

「だって、他人の考えに乗っかり続けたら自分を見失いそうだし。どうせ色々言われてるだろうから無視してる」

「人間もどきとかか」

「別にどうだっていいじゃない、私は私なんだから」

「それを聞いて安心した」


 誰がどう言っても私は存在しているし、ここでバーテンダーをやっている。

 人と直接話して楽しいと思える仕事をしている。

 その事実だけで、私は十分だ。


「色々濃い話しちゃったし、サービスドリンクをあげるわ。コーヒーでいい?」

「随分渋いチョイスだな」

「もう少し話し込むのも悪くない気がしたから。人間ってカフェイン入るとしゃっきりするんでしょ?」

「ははっ、間違いない。ただ、薄めにしてくれた方がいいけどな。さっきコーラも飲んでるし」

「わかったわ、調整する」


 いつか、世界も私とバルドのようにアンドロイドと人間で議論できるような日が来るのだろうか。

 感情を持つアンドロイドが自壊するような事件がなくなる日は訪れるのだろうか。

 まだ、多くのことはわからない。

 それでも、私は私なりに、自分の視野を持って世界に向き合いたいと思った。

 アンドロイドのバーテンダーとして。


『……次のニュースの時間です』

『迷子になっている少女を人型アンドロイドが保護し、両親まで送り届けました』

『少女の両親は人型アンドロイドに感謝すると、優しく微笑んだと……』


 世界が進歩していたとしても、感情は存在し続ける。

 その感情が明るい未来を導けることを、私はただ願っていた。

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