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第五話『二つの疑念』

あの騒動の後、第三実技訓練場は立ち入り禁止となり、午後の授業は全て自習に変更された。

俺にとっては好都合だった。さっさと寮に帰って、今日の精神的な疲労を癒したい。


だが、どうやら二人の天才少女は、俺を解放してくれるつもりはないらしい。



王立魔導学院が誇る大図書館。その一角で、リリアーナ・クレスフィールドは、山と積まれた難解な魔導書に囲まれていた。


(ありえない……)


彼女は、先ほどの出来事を何度も頭の中で反芻していた。

『魔力共振による装甲材の脆弱化』『マナ粒子間の斥力増幅現象』……考えうる限りの理論を当てはめても、説明がつかない。彼女が放った魔力弾の威力では、あのゴーレムの装甲を貫通し、ましてや制御核を寸分の狂いもなく破壊することなど、絶対に不可能なのだ。


まるで、誰かが「ここを撃て」とばかりに、最高の舞台を用意してくれたかのようだった。


(私ではない、何者かの力が介入した……?だとしたら、一体誰が、何のために……?)


彼女の脳裏に、訓練場の生徒たちの顔が一人ずつ浮かんでは、消えていく。

もちろん、その中にアッシュ・ヴァーミリオンの姿もあったが、即座に候補から外された。

あの劣等生に、これほどの超高度な魔導法則への介入ができるはずがない。


リリアーナの美しい眉間に、深い皺が刻まれる。

彼女の誇りが、この不可解な「奇跡」の正体を突き止めるまで、決して思考の停止を許しはしないだろう。



一方その頃、セレス・シルフィードは自らの研究室で、昨日アッシュに助けてもらった球体スフィアをじっと見つめていた。


(やっぱり、似てる……)


今日のゴーレム事件と、昨日の球体暴走事件。

一見、全く異なる事象だ。だが、彼女の天才的な直感が、二つの出来事の間に奇妙な共通点を見出していた。


「ありえない場所」が、「ありえないタイミング」で、弱点になる。


昨日は、アッシュが「目障りだ」と指差した装飾紋。

今日は、リリアーナの魔法が着弾する寸前に、なぜか剥がれ落ちた胸部装甲。


そして、二つの事件の現場には、必ずアッシュ・ヴァーミリオンがいた。

彼はいつも気だるげで、やる気がなくて、肝心な時には何もしていないように見える。


(でも、本当に……?)


セレスの脳裏に、助けてもらった時の光景が蘇る。

リリアーナ様の魔法はすごかった。でも、その少し前、アッシュ君が、確かに私を助けようと走ってきてくれていた。あの真剣な顔……。いつもの彼とは全然違った。


(もしかして、アッシュ君が、リリアーナ様の魔法が当たるように、何かをした……?)


馬鹿げた考えだ、とセレスは一度頭を振る。

だが、一度芽生えた仮説は、彼女の探究心に火をつけた。

あの劣等生という仮面の奥に、とんでもない秘密が隠されているとしたら?


それは、どんな古代遺物の謎よりも、彼女の心を惹きつける、最高のパズルだった。



「――アッシュ君!」


寮への道を急いでいた俺は、背後からの明るい声に、思わず足を速めた。しかし、無駄な努力だった。あっという間にセレスが隣に追いついてくる。


「待ってよ!今日のこと、お礼を言わせて!」

「礼ならクレスフィールドさんに言え。俺は何もしてない」

「ううん、違うの。リリアーナ様が助けてくれたのは分かってる。でも、アッシュ君も、私を助けようとしてくれたでしょ?」


まっすぐな瞳が、俺を射抜く。

俺は視線を逸らしながら、しらを切った。


「勘違いだ。俺はただ、驚いて逃げようとして、派手に転んだだけだ」

「ふーん……。でもね、なんだか昨日と似てるなって思ったんだ」

「……何がだ?」

「アッシュ君が近くにいると、不思議なことが起きるの。普通じゃ絶対に見えないはずの『問題の核心』が、なぜか見えるようになる。まるで、答えを教えてもらっているみたいに」


心臓が、ドクンと跳ねた。

この天才は、俺の能力の本質に、すでに気づき始めているのか。


「……偶然だろ。じゃあな」


俺はそれだけ言い捨てて、今度こそ早足で彼女から離れる。

幸い、今度は追いかけてこなかった。


背後から、楽しそうな声が聞こえる。


「そっかー、偶然かー!じゃあ、その偶然の正体、私が突き止めてあげるね!」


俺は背筋に冷たいものを感じながら、歩みを速めた。

なんて面倒なことになったんだ。


今日の厄介ごとは、これで終わりだ。早く部屋に戻って休もう。

そう思い、俺は人通りの少ない裏路地を近道として選んだ。


その時だった。

路地の奥から、バチッ、と空気が弾けるような音が聞こえた。

違法な、そして悪意に満ちた魔力の匂い。


そして、か細い、助けを求めるような声が、俺の耳に届いた。

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