表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/26

第二十話『最初の容疑者』

「――狩りの時間よ」


リリアーナのその言葉は、俺たちの関係性が、新たな段階に入ったことを示す号砲だった。

もはや、ただの学生ではない。俺たちは、学院に潜む見えない敵を追い詰める、秘密の狩人となったのだ。


翌日。俺たちは、再び中庭に集まっていた。

リリアーナは、昨日手に入れた容疑者の名簿を広げる。その中の一つの名前を、彼女は細い指で示した。


「最初の標的ターゲットは、この男にするわ。ギデオン・アシュフォード。三年の上級生よ」

「ギデオン先輩……。確か、平民に近い下級貴族の出身で、実力でのし上がることに固執しているって、あまり良くない噂を聞くね」


セレスが、自らの情報網を付け加える。


リリアーナは頷いた。

「ええ。騎士団の兄から得た情報によると、彼は過去に、自らの能力を底上げするため、禁術に分類される『魔力増幅』の研究に手を出していた形跡があるそうよ。今回の『汚染コード』に興味を示したとしても、不思議ではないわ」


動機としては、十分だ。

問題は、どうやって彼を調べるか。真正面からセンサーを向けるわけにはいかない。


「それなら、いいものがあるよ!」


セレスが、得意げに胸を張って、鞄から一冊の分厚い魔導書を取り出した。

彼女がその表紙を軽く叩くと、表紙に埋め込まれた小さな水晶が、かすかに光を放つ。


「昨日、改良しておいたの!『ノイズ・チェイサー』を、この本に組み込んでみたんだ。これなら、すれ違いざまに調べても、絶対に気づかれないよ!」

「素晴らしいわ、セレス君。用意がいいのね」


リリアーナが感心する。

こうして、俺たちの最初の「狩り」の計画は、着々と進んでいった。


計画は、こうだ。

ギデオン先輩が、午後の自習時間、よく図書館の第四閲覧室にいることを突き止めた。そこは利用者も少なく、接触にはうってつけだ。

まず、リリアーナが偶然を装って彼に話しかけ、注意を引きつける。

その隙に、セレスがセンサーを仕込んだ本を手に、彼のすぐ側を通り過ぎて、反応を確かめる。

そして俺は――二人の死角を警戒し、万一の事態に備える、見張り役だ。



放課後の図書館。

ひんやりとした空気と、古い羊皮紙の匂いが、俺たちを迎えた。


第四閲覧室の奥で、標的のギデオン先輩は、熱心に書物を読みふけっていた。

リリアーナが、俺たちに目配せをし、優雅な足取りで彼へと近づいていく。


「ごきげんよう、ギデオン先輩。熱心ですわね」

「ク、クレスフィールド嬢!?な、なぜあなたがここに……」


突然、学院の華であるリリアーナに話しかけられ、ギデオンは狼狽を隠せないでいた。

よし、注意は完全に逸れた。


「――今よ、セレス君」

「うん!」


俺の小声の合図で、セレスが動く。

彼女は、何食わぬ顔で、ギデオンのいる書架のすぐ側を通り過ぎる。その手には、例の魔導書。

俺は、息を殺して、その本の表紙に埋め込まれた水晶を凝視した。


――頼む。


その、瞬間。

水晶が放つ純白の光が、僅かに、しかし、確かに。

どんよりとした、濁った灰色へと変化した。


黒ではない。だが、白でもない。

「グレー」だ。


セレスが、俺の方を向き、小さく、しかし力強く頷いた。

間違いない。陽性ポジティブだ。


ギデオンは、俺たちの企みなど露知らず、憧れのリリアーナと話せることに舞い上がっている。

やがて、リリアーナが適当な理由をつけて会話を打ち切り、俺たちの元へと戻ってきた。


「……どうだったの?」

「陽性だよ、リリアーナ。間違いなく、あのコードの反応があった」


セレスの言葉に、リリアーナは「そう……」と、静かに呟いた。

その表情は、安堵と、新たな決意とが入り混じった、複雑なものだった。


俺たちは、ついに見つけたのだ。

この学院を蝕む、病巣の一つを。


だが、安堵している暇はなかった。

俺たちは、確かに容疑者を見つけた。だが、それはゴールではない。

これから、どうする?

自作のセンサーに反応があったからといって、騎士団に突き出すことなどできない。証拠としては、あまりに弱い。


リリアーナは、冷徹な狩人の目で、本棚の陰からギデオンの姿を見つめながら、言った。


「……尾行するわよ」

「えっ」

「彼が誰と接触し、どこへ向かうのか。この目で確かめる必要があるわ。彼がただの実行犯なら、その背後には、必ず指示役がいるはずよ」


正論だ。だが、それは、あまりに危険な行為だった。

俺たちは、ただの学生なのだ。


だが、リリアーナの瞳には、一切の迷いも、恐怖もなかった。

セレスもまた、ゴクリと喉を鳴らしながらも、覚悟を決めた顔で頷いている。


こうして、俺たちの最初の狩りは、獲物を見つけると同時に、より危険な、次なるステージへと、その舞台を移すことになった。

俺は、この二人の天才の、その常人離れした行動力と覚悟に、もはやため息をつくことしかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ