表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/26

第十六話『二つの力』

ルナが屈託なく微笑み、修復されたリンゴをかじる。

その光景を前に、俺の思考は沸騰し、そして凍りついていた。


(正規アクセス権限……。俺の力とは、まるで違う……)


俺の《システム・インターセプト》は、例えるなら、城壁の綻びを見つけて侵入する、掟破りの「侵入者クラッカー」の力だ。

だが、彼女が今見せた力は、城の主から合鍵を渡された、正当なる「管理者アドミン」の力。


破壊や改変ではなく、秩序を正すための『修復』。

世界のことわりに愛された、聖なる権能。


俺は、ルナに悟られぬよう、平静を装って尋ねた。

「……ルナ。そのリンゴ、何か変わったことはなかったか?」

「え?いいえ、とっても美味しいです。……でも、なんだか、手に持っていたら、少しだけ温かくなったような……気もします」

「……そうか」


やはり、自覚はないらしい。

その無自覚さは、彼女の純粋さの証明であると同時に、とてつもない危険性を孕んでいた。

もし、この力が白昼堂々、誰かの目の前で発動したら?特に、セレスのような鋭い観察眼を持つ者の前で。


(隠すだけじゃ駄目だ。俺が、彼女の力を理解し、制御する手助けをしないと……)


俺の役割は、単なる「保護者」から、「管理者」へと変わった。

世界を揺るがしかねない、この奇跡の力を、俺が管理する。途方もない、重すぎる責務だった。


俺が新たな決意を固めた、その時だった。


コン、コン。


部屋のドアが、短く、しかしはっきりとノックされた。

そのノックの仕方だけで、誰か分かる。リリアーナだ。


「――っ!ルナ、クローゼットに隠れろ!絶対に声を出すな!」

「は、はい!」


俺は小声で指示を出し、ルナがクローゼットに駆け込むのを確認すると、一つ深呼吸をして、ドアを少しだけ開けた。


「……クレスフィールドさん。何の用だ?」


ドアの向こうには、予想通り、リリアーナが立っていた。そして、その後ろには、セレスもいる。まずい、二人一緒か。


「手に入ったわ」


リリアーナは、そう言って、一本の羊皮紙の巻物を俺に見せた。


「あの日の訓練に参加していた、全生徒、及び関係者の名簿よ」

「……仕事が早いな」

「当然よ。ここで話すのもなんだから、中に入れてもらえ――」

「駄目だ」


俺は、食い気味に遮った。

しまった、強く否定しすぎたか。二人が、怪訝な顔で俺を見る。


「……部屋が、散らかってる。とてもじゃないが、公爵令嬢を招き入れられるような状態じゃないんでな。ここで聞く」


苦しすぎる言い訳だ。だが、今はこれで押し通すしかない。

リリアーナは僅かに眉をひそめたが、追及はしてこなかった。今は、それどころではないのだろう。


彼女は、廊下の壁に、その巻物を広げた。

そこには、びっしりと、数十名の人名が書き連ねてあった。


「多すぎる……。この中から、どうやって犯人を……」


俺が呆然と呟くと、セレスが腕を組んで言った。

「一人ずつ、アリバイを調べていくしかないね。それと並行して、私は『汚染コード』の魔力パターンを検知できる簡易センサーの開発を急ぐよ。完成すれば、その人を調べるだけで、シロかクロか分かるはずだから」

「私は、この名簿の中から、素行に問題のある者や、禁術に興味を持っていると噂される者をリストアップしてみるわ。騎士団にいる兄に頼めば、ある程度の裏情報も手に入るでしょう」


二人とも、驚くほど手際がいい。

俺は、ただ頷くことしかできない。内心では、この名簿の全員をシステムビューでスキャンすれば、すぐに犯人が分かるだろうと思っていたが、そんなことをすれば、俺の正体がバレる。


俺は、もどかしい思いで、その長い名簿を眺めた。


その時、セレスが、難しい顔で呟いた。

「この『汚染コード』って、なんだか不思議なんだよね……。システムの法則を、無理やり捻じ曲げて、暴走させる力。まるで……」


彼女は、的確な言葉を探すように、少し黙考する。


「まるで、世界を()()()とする力の、正反対。世界を、無理やり()()()としているみたい」


その言葉に、俺は背筋が凍る思いがした。


世界を、治す力。

それは、まさしく、今、俺の部屋のクローゼットの中に隠れている、ルナの力そのものではないか。


敵の目的は、単なるテロや混乱ではないのかもしれない。

彼らは、「治す力」の対極として、「壊す力」を使っている。


だとすれば、彼らが最終的に狙うのは――。


俺は、固く閉ざされた自室のドアを、まるで初めて見るもののように見つめた。

敵は、ルナを狙っている。

その可能性が、今、限りなく濃厚になった。


俺は、とんでもない嵐の中心に、自ら飛び込んでしまったのだ。

その事実に、今更ながら、気づかされていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ