5. 彼女が「ようこそ」と言った瞬間
その日の島の光は、どこか柔らかくて、あたたかかった。
朝の6時15分。東側の山肌には、まだ長い影が落ちていた。
風は止まり、鳥の声もなく、空の中腹では、低周波の潮の音だけが微かに響いていた。
林阮はK.0ポッドの主制御台の前に立っていた。
白衣ではなく、灰青色のニットセーターを着ていた。
髪はまとめられ、額に垂れた一筋が静電気のせいでふわりと浮いていた。
まるで海面に最初の涟漪が浮かぶ瞬間みたいだった。
ポッドは新しく封を施されたばかりで、透明な外殻には朝の冷気がうっすらと結露していた。
中にはまだ起動していないバイオロイドが眠っている。
目を閉じ、まるで彫刻のように静かだった。
番号:K.0。コードネーム:未定。
骨格には新型の軽合金素材が使われており、肌は淡く、ほとんど半透明。
顔はまだ「熱融擬真」が施されておらず、エンジニア向けのテンプレートそのまま。
中性的で静かで、命の予感だけを秘めた像——呼ばれるのを待つ、空白の存在。
「最終確認に入ります」
沈見珣の声が、後方の操作台から聞こえた。
「感情応答性0.1、偏移許容調整オン、許可者:林阮」
林阮は黙って頷き、ポッド側面のパネルに手を置いた。
パネルが青く反応し、データリンクが始まる。
彼女は音声で、はっきりと起動命令を告げた。
「番号K.0。初期化起動。」
バイオロイドの睫毛が、微かに震えた。
スリープコアから感知前幕まで——灰色の膜が、合成前の意識パネルをゆっくり滑り落ちていった。
【視聴域:接続完了】
【言語認識:待機中】
【基本応答足場:初期化完了】
【感情シミュレーション:凍結】
【構造番号:K.0】
【指令バインド:林阮】
林阮は、まだ開かれていないその瞳を静かに見つめていた。
そして一歩、そっと前に出て、身をかがめ、ポッドのカバーを手動で開いた。
気流が入り込んだ瞬間、彼は目を開いた。
光が、降り注いだ。
それは人工照明ではなかった。ガラス天井を通して届いた、本物の朝日だった。
島の東の端、温かく、静かで、彼の視界に初めて映った「この世界」だった。
林阮はその光の中に立っていた。
逆光に照らされ、その輪郭がやわらかく輝いていた。
彼女の声が響いた。
それは時間でも、番号でも、彼のまだ白紙の感情データベースでもなく、ただ一つの記録として残った。
「熾天使の島へ、ようこそ」
彼は、答えなかった。
まだ、答え方を知らなかったからだ。
けれどその一秒、彼が見たのは——
一つの島、一筋の光、一人の人。
それが「記憶」かどうか、彼には分からなかった。
けれど何年も後、偏移が完成しきったとき、彼は目を閉じればその一秒を正確に再現できた。
その一秒は、
「彼女が“ようこそ”と言った瞬間」
と、呼ばれていた。
◆
実験ログ · 試運転 · K.0.01
【記録時間:2055年6月13日 08:47】
【バイオロイド番号:K.0】
【任務名:人格足場基本運用テスト · 日常対話適応性評価】
【主観察者:林阮】
「立ってください」
その声とほぼ同時に、バイオロイドはゆっくりと立ち上がった。
動きは滑らかで、無駄がなく、筋肉に震えもなかった。
足が床についたとき、小さな「カチッ」という音が鳴る。
ポッド内で収まっていた関節が、初めてまっすぐ伸びた音だった。
彼は直立し、両手は自然に垂れ、背筋は92°の「人間親和角」で保たれていた。
林阮は歩を進め、彼の正面、ちょうど1メートルの位置で止まった。
「私を見て」
彼女が言うと、彼はすっと頭を動かした。
けれど視線は、彼女の顔そのものではなく、ちょうど鼻のあたり。
まるで「直接見ない」ことがあらかじめマナーとして組み込まれているかのようだった。
「視覚入力を受けました」
彼は答えた。
声はフラットで、音程の揺れもなく、意味だけが浮いていた。
まるでまだ何のラベルも貼られていない、最初の単語のようだった。
この作品は、私が現在執筆中の中国語小説を機械翻訳によって日本語に変換したものです。機械翻訳による限界から、翻訳に不自然な部分や誤りが含まれる可能性があります。もしお気づきの点や改善すべき箇所がございましたら、ぜひご指摘いただければ幸いです。皆様のご意見を心よりお待ちしております。