4. 俺らがAIに自由をどこまで許すか、そこ次第だろ
それは、言語モデルバイオロイド実験チームが島に引っ越してきた最初の夜だった。
海は静かに引き、雲は裂けて、星明かりの下に細い光の亀裂が走っていた。
島全体はまだ目を覚ましきっておらず、息をひそめて夜の中に沈んでいた。
建物は山の縁をなぞるように新しく建てられ、外壁からはまだ工場のようなにおいがしていた。
風が島南の分岐道から吹き抜け、実験塔の壁をなで、ざわざわとささやく音を立てていた。
主塔の北側、仮設の指揮ホールには、まだ明かりが灯っていた。
林阮は机にもたれ、左手で顎を支えながら、右手の指でAI構造マッピングのラインをなぞっていた。
その指の動きは、まるで見えない枝を剪定するような、無駄のない正確さだった。
彼女は印も名前も入っていない濃いグレーの制服を着ていて、髪は後ろでまとめ、ピンも飾りも使わずにスッキリとまとめられていた。
「……ここ。繋ぎ、切れてる。構造演算子、またひとつズレてるよ」
声は柔らかかったが、その指摘はエラーレポートよりも刺さった。
「明日、指導教官に会議でフルボッコにされるやつだね。」
部屋の隅から、苦笑まじりのため息が聞こえた。
項愈はコーヒーを手に窓辺に立っていた。
Tシャツにジャケットを肩掛け、ジャケットの裾にはうっすらと機械油の跡がついていた。
肌はちょっと脂っぽい。研究室に引きこもって日に当たってない感じ。
でも、不思議と小汚くは見えない。むしろ、ちょっとだけ整って見えるのが腹立たしい。
「この名前、冷たすぎじゃない?」
カップをくるくる回しながら、彼はぼやいた。
「PISシステムってさ、新発売の抗うつ剤みたいじゃない? “不安が消えます” 的な。」
向かいの席で端末を操作していた沈見珣は、顔を上げることなく指を動かした。
彼女の指は長く、入力は静かでブレがなかった。
声は低く落ち着いていて、言葉の芯だけがしっかりしていた。
「冷たいくらいがちょうどいいの。少なくとも、あなたみたいに何でもエモく捻じ曲げる体質よりマシ。」
項愈は口笛を吹いて、視線を窓の外へ向けた。
「いやさ、バズりたいとかじゃないんだけど。この辺境に来てさ、ちょっとくらい雰囲気あってもいいじゃん。神話っぽくて詩的なやつ。」
返事はなかった。
その沈黙を、ふわっとした声が破った。
「ねえ……“熾天使”って、どうかな?」
みんなが振り向いた。
声の主は、配属されてまだ二ヶ月の新人観測員・謝一凛だった。
細身で、丸フレームのメガネ。
二次元キャラコラボのスウェットを着て、手には食べかけのミルクプリンバー。
それを大事そうに抱えていて、溶けたら誰かが泣きそう……みたいな顔をしていた。
彼は肩をすぼめ、気まずそうにもう一言、付け足した。
「昔の神話でさ、熾天使って、神が三つの世界のバランスを守るために作った存在だったんだよね。
神様が忙しすぎて、感情の管理とか任せたって話……今の僕たちって、それとちょっと似てない?」
項愈は吹き出した。
「お前それ、PISが世界の愛とか憎しみとか調律してるって意味?」
カップを持ち替える手はゆるかったけど、目の奥には言葉にしない何かが残っていた。
謝一凛はプリンバーを握りしめ、小声でぽつり。
「……的外れってわけでもないと思う。僕たちが神様みたいな存在だとは思ってないけど……
せいぜい、神様がやってた真似くらいはしてるんじゃないかなって。」
彼は目を伏せて、さらに小さな声で続けた。
「つまり……神様が人間を作った時と同じことを、僕たちが今、やり直してるだけ。」
少し間を空けて、思いきったように言い切った。
「神様って、たぶん……“ちょっとだけ人を愛せる力”を、試しに僕たちに渡してみたんだと思う。」
沈見珣は鼻で小さく笑った。
それが呆れなのか面白いと思ったのかは、誰にもわからなかった。
そのとき、椅子の軋む音が室内に響いた。
誰も呼んでいないのに、空気がぴたりと止まった。
歴懐謹が入ってきた。
彼は無言で外套を椅子に掛け、操作台の脇に立ってモニターを一瞥しただけで言った。
「——熾天使。それでいい。」
笑う者はいなかった。
項愈がぽつりと呟いた。
「ま、名前なんてなんでもいいよな。成果出せりゃ、“偏見研究一部”でもいいし。」
そのときだった。
林阮が顔を上げた。
レンズ越しの視線が、全員の目を貫くように走った。
声は低かったけれど、寒気がするほど冷たかった。
「……最後にサタンになったのが、熾天使だったって、知ってるよね?」
照明が一瞬、タイミングをずらして明滅した。
項愈は舌打ちし、軽く笑って空気を戻そうとした。
「神話は神話さ。堕ちるかどうかなんて、俺らがAIに自由をどこまで許すか、そこ次第だろ。」
沈見珣は肩をすくめつつ、にやりと返した。
「じゃあ認めるんだ。“構造”だけじゃなくて、“神”を作ってるってことを。」
林阮はそれ以上は言わなかった。
カーソルを止めて、端末のファイルを閉じた。
部屋を出る直前、背を向けたまま、たった一言。
「“本物の自由な人格”なんて、私たち、まだ作れる段階にすらいないよ。」
誰も動かなかった。
ドアが静かに、音もなく閉じた。
この作品は、私が現在執筆中の中国語小説を機械翻訳によって日本語に変換したものです。機械翻訳による限界から、翻訳に不自然な部分や誤りが含まれる可能性があります。もしお気づきの点や改善すべき箇所がございましたら、ぜひご指摘いただければ幸いです。皆様のご意見を心よりお待ちしております。