33. だからこそ、怖れられた。
その夜、時刻は21時43分。Cタワーの主システムに、一件の外部コマンドが突如として接続された。
Priority:Omega-Red-1
Type:Irreversible Operation Notice
Postscript:「Echo Trigger 構造モジュール」は High-Risk と判定。該当ルート、Termination issued.
通知は責任者を経由せず、直接システム中核に送られた。
その十秒後——
タワー内で稼働していた全てのバイオ行動チェーンが即座に停止。
デバッグ室の照明が突如変化し、一部エリアでは主電源が強制的にカットされた。稼働中だったバイオ体は一度だけ瞬きをし、次の瞬間には全員が待機モードへと切り替わった。
その頭上、モニターに赤い警告フレームが跳ね上がる。
“Echo Trigger Module:Frozen.”
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通知が発信されてからわずか二分後、歴懐謹が主制御センターの扉を叩き開けた。
足早に入ってきた彼の手には、まだ発光中の端末。顔は氷のように冷えきっていた。
その姿に、室内の技術スタッフたちは全員立ち上がる。誰もがシステムの崩壊を疑った。
だが彼は何も説明しない。ただ奥歯を噛みしめ、一言——
「全員、作業中止。」
最初に項愈が反応した。「何が起きた!?データリンクが断たれた…でも、俺たちの問題じゃない!」
歴懐謹は彼をじっと見据え、声を落とす。
「君たちのせいじゃない。プロジェクト自体が終了した。」
空気が止まった。
彼は部屋を一巡し、ふと苦笑した。それは諦めでも怒りでもない、どこか乾いた自嘲だった。
「本当はもう少し粘るつもりだった。モジュール修正を口実にして、今月いっぱいまでは……」
「でも、上が正式に決めた。全面ロールバックだ。 Echo Trigger Line、完全廃棄だ。」
「既に配備された全バイオ体も含めて。完全回収、モジュール削除、識別番号を抹消。」
沈黙。
あの普段ほとんど口を開かない謝一凛すら、顔を上げた。唇が一度震え、何かを言おうとしたが、声にはならなかった。
項愈は信じられないという顔で一歩踏み出す。「ふざけてるのか?ここまで積み上げてきたのに——技術は確実に成功してた!」
歴懐謹は彼を見据え、その眼差しは信仰を失った者を見るようだった。
「——技術は成功してた。」
「だからこそ、怖れられた。」
沈見珣がコンソール前から立ち上がり、小さく問うた。「一部だけでも残せないか?Sシリーズの 曲率データ だけでも……最低限のフレームだけ、保存できれば——」
歴懐謹は首を振る。
「それは技術判断じゃない。これは 政治的判断だ。」
「上はもう、“感情行動の模倣が可能か”なんてどうでもいい。
彼らが懸念してるのは——バイオ生成体が『何を模倣するか』を、自分で選び始めることだ。」
重い沈黙。
その刹那、主調整台の上で、照明が真っ白に切り替わった。
システムが自動的に命令を読み取り、実行を開始する。
"Commencing Recovery Process — Target Units:
S-31、
S-22、
G-04、
R-11、
B-09、
……
K.0."
最後の行がスクリーンに現れた瞬間——林阮が静かに立ち上がる。
顔には何の感情も浮かんでいなかった。
ただ、その指先が、かすかに震え始めていた。
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