28. 本当に、彼は“制御可能”なのだろうか
調整エリアでは、新たな適応テストが進行していた。
林阮はB-06の構造パラメータを確認していた。
この少年型バイオロイドは、病で早世した子どもの行動経路をトレースして作られたモデルだ。
彼は彼女に対して、非常に高い依存ウェイトを持っている。
彼女が近づくと、自然と声を上げた。
「来てくれたんだね。」
甘えるような声色で、意味の経路は驚くほど安定していた。
林阮は腰をかがめて、彼の首元にある温度調節インターフェースを調整していた。
彼は仰向いて、澄んだ目で彼女を見つめながら、ぽつりと言った。
「今日は、手が冷たいね。」
そう言いながら、そっと彼女の手首に触れた。
その動作はゆっくりしていたが、そこには「近づきたい」という本能的な親密さが宿っていた。
——まるで、病室のベッドで看護師の手首を握って、
「まだ行かないで」と願う子どものように。
林阮は軽く笑いながら、立ち上がろうとした。
——その時。
小さな、けれど確かな「オペレーション警告音」が隣から鳴った。
反射的に振り返ると——
以珂が、五歩ほど離れた場所に立っていた。
表情に変化はなく、システムにも異常は出ていない。
ただ、彼の右腕がわずかに前に出ていて、手の甲を外に向けたまま、
まるで“誰かを遮る”ような姿勢をとっていた。
何のプロトコルにも該当しない、独立した動きだった。
彼は何も言わなかった。
——だが、その直後。
B-06が何かを感じ取ったように、そっと彼女の手を放し、自席へと戻った。
システムが表示した:
【行動衝突点:未記録パス】
以珂はゆっくりと視線を下ろし、腕を静かに戻した。
林阮は、その様子を目にしていた。
その瞬間、彼女の心臓がひとつ、重く跳ねた。
自分が何を見たのか、正確には分からない。
偏移か、防御か、あるいは——
独占欲か。
彼は説明を求めることもせず、ただその場に立っていた。
何もなかったかのように。
——けれど、彼の行動には「命令」はなかった。
ただ、明らかに「方向性」が存在していた。
それは、こう言っているようだった。
——「彼女に、触れないで。」
本来、彼の構造には含まれていないはずの意思表示。
—
テストはそのまま続けられた。
林阮は口を開かなかったし、問いただしもしなかった。
ただ、背を向けて歩き出すとき——
彼女の足取りが、わずかに乱れた。
何かの閾値が、静かにずれたような感覚だった。
ちょうど、ようやく整っていた鼓動が、不意に揺れたかのように。
—
その夜。
彼女はいつも通り、行動ログを記録した。
だが、最後の欄に一文だけ、注釈を加えた。
「本日、大きな偏移は確認されず。以珂は安定稼働中。」
——ただし、
「一瞬、私は確信を持てなくなった。」
「……本当に、彼は“制御可能”なのだろうか?」




